FILE2 虐殺 2
甚振り尽くして殺す殺人鬼の話。その二。
棘館。
洋館の屋敷をもとに建設された高級マンションである。
見てくれだけではマンションとは思えない。資料館や美術館と言われたほうがしっくりくる。それくらい豪華な建物だ。
玄関をくぐるとだだっ広いホールがある。ホールの中心には螺旋階段。階段の奥にあるダイニング。こんなにやらなくてもいいのではないかと思うほど凝った造りになっている。
住むのはどんな金持ちかと周辺住民の興味の的だが、そんな華やかなものではない。
そこは魔窟である。
住む者全員が殺人鬼。
関係者も裏社会の犯罪者。
間違って侵入し金品を強奪しようと目論むものなら、次の日にその命がある保証はない。
殺人鬼クラブのほとんどは、帰る家がなかったりすでに死んでいることになっていたりと、事情は様々だが住む場所に困っている者が多い。その悩みを導くべく、殺人鬼クラブの責任者である謀殺が建てたマンションが、ここ、棘館だ。
毒殺はふたつ部屋を借り、一部屋は物置として、もう一部屋は寝る場所として確保しているが、実際は棘館ではない他の土地に作った研究室でほぼ毎日を過ごしている。寝る場所は研究室に置いてあるソファだと、本人の口から聞いたことがある。
なにを隠そう、虐殺もここに住んでいる。
ちなみに未成年なので家賃は免除だ。
二階にある自分の部屋のドアに手をかけ、「ん」と、気付く。
鍵が開いている。そして。
殺気を感じ取った。
自分自身が殺人鬼なので、そういうものにも敏感になった。というより、周りが振りまくので覚えざるをえなくなったのだ。
その殺気は、虐殺の部屋の中から感じる。
――侵入者か。
だとすると、ほかの殺人鬼たちが気付かないわけがない。こんなにあからさまな殺気を撒き散らしているというのならなおさら。
だが誰も反応しない――いや、反応したくない理由は、虐殺にも身に覚えのあるこの殺気の主だろう。
「……絶対あの人だよな」
そうなると、開けなければそのあとが恐ろしい。
意を決して、虐殺はドアを開いた。
「あ、おかえり、虐殺ちゃん。思っていたよりも早かったね」
彼女は悪夢のようにそこに立っていた。悪夢だったらどれだけよかっただろう。
「おかえりって言ったんだよ。おかえり」
「……ただいま」
眼光が鋭い、とはこういうことを言うのだろう。目が合っただけで緊張が走る。虐殺もあまり目つきのいいほうではないが、この人と比べるとまだマシなように思えてきた。笑顔だが、その笑みがなによりも怖い。捕食者の目だ。
「鍵は、かけたつもりなんですけど」
「鍵? あんなの、ヘアピンがあればなんとかなるよ。針金とか、爪楊枝とかでもね」
爪楊枝……?
ピッキングに使えたっけ、それ?
「不法侵入ですよ」
「僕にそれを言っちゃう?」
長い髪が、ゆらりと揺れた。
「僕はしのびだからね。そんな犯罪食べたことないなあ」
「ボケが中途半端ですよ……鷹姫さん」
鷹姫さん――尾鷲鷹姫。
この人は現代を生きる忍者だ。
尾鷲忍軍が頭領、尾鷲鷹姫と言えば、裏社会の誰であろうと恐れ慄く『化け物』。
忍者はもういないのだと普通の女子中学生だった頃は思っていたけれど(いや――そのときはいたとも思っていなかった)こちらの世界にはそういうフィクションの設定が当然のように蔓延っていた。
鷹姫を始めとする忍者。殺し屋。暗殺者。そして殺人鬼。
常識が通用しない世界というのは、型にはまった存在である中学生にとってはとてつもなく魅力的に見えた。単に思春期だっただけかもしれないが。
今でもこちらのほうが心地よいと思う。
「きみも随分染まってきたね」
「え?」
「初めて会った日なんて、すごくびくびくしてたじゃないか。びくびくしてて、おどおどしてて、殺したくなった」
「………………」
「まあ、二年も過ごせば慣れるよね。最初の数ヶ月で死ななかったんだから、きみは意外と長生きするんじゃないかな?」
鷹姫はそう言って、底意地の悪い顔で笑った。
誰をも安心させる謀殺の笑顔とは違う、敵意満面の笑み。
「長生きして、大人になるんじゃないかな」
「大人……」
見透かしたような発言だ。あまりにタイムリーな物言いだ。
その言葉が出たことで、虐殺はそのことを鷹姫に訊ねなくてはいけなくなる。
けれど彼女に、この質問をする意味があるのだろうか?
「鷹姫さん」
「なんだい?」
「大人って、どうやったらなれますか?」
「………………」
きょとんとする鷹姫。突拍子もない質問だろう。
彼女は二十三歳。年の数では立派な大人に分類されるはずだ。
「……僕にそれを訊いちゃう?」
鷹姫の眼光が緩み、どこか哀愁の感情が見え隠れする。
「こんな玄関口で話す内容じゃない。座って話そう。いいお茶とお菓子を持ってきたんだ」
そう言って、鷹姫は虐殺に背を向けて部屋の中へ入っていった。
……いや、この部屋の主人はアタシなのだけれど。
我が物顔だな。
なんていうツッコミは言わないほうが身のためだ。命のためだ。
靴を脱いで、虐殺も鷹姫と同じように部屋へ入っていく。
とても広い部屋だ。毛足の長い絨毯に花柄の壁紙。女の子らしい調度品の数々。見るからにふかふかのベッド。ベッドの上には数体の大きなぬいぐるみが置かれている。女の子が憧れる部屋を、そのまま表現したような様式だ。この有様は、虐殺がこの部屋に住むことになった際に謀殺から「こんな部屋にしたいという要望はありますか」という質問に対して、できるわけがないと思っていやがらせ的にリクエストしたものである。結果は、ものの見事に現実にされたわけだが。
個人的にも気に入っているのでそのまま使っている。おそらく今からでも謀殺に言えば、半日と経たないうちに要望通りの模様替えを行うことができるだろう。
「相変わらず、謀殺君の拘りには頭が下がるよ。和室を望めばそれ専用のマンションがあるんだっけ? お金持ちってなに考えてるんだろうね」
テーブルに置かれたティーカップにお茶を注ぎながら、鷹姫は呟く。テーブルの上にはケーキスタンドが置かれており、そこに輝くようなスイーツの数々が並べられている。
金持ちがなにを考えているのかわからない点には同意見だが、虐殺からしてみれば鷹姫も似たり寄ったりの思考回路を持っている。
なにを考えているのかわからない。なにを企んでいるのかわからない。
慣れた手つきで(他人の部屋で)お茶会をセッティングする手際の良さはある種不気味だ。
「どうぞ」と着席を勧められ、虐殺は促されるままに鷹姫の向かいに座った。
「紅茶、ですか」
「うん。えっと、ダージリン……だったかな。インド産だよ」
「スコーンと、マカロン?」
「二時間並んだよ」
得意げに胸を張る。彼女はかなり成熟した肉体を持っているうえに薄着(今は秋も終わるころで肌寒いというのに)なので、その身体のラインがより強調された。ううむ、羨ましい。
「……で、どうしたら大人になれるか、だっけ?」
「はい」
鷹姫がオレンジ色のマカロンをつまみ、虐殺が紅茶を一口含んでから、そんな風に鷹姫から切り出した。虐殺は小さく頷く。冗談みたいに美味しい紅茶だった。紅茶に詳しくない虐殺でもわかる美味しさの圧倒的説得力を持っていた。飲み物はコーヒーの方が好きだが、紅茶もいいな、と思えてくる。
「知っているかもしれないけどね、僕は大人とは言えないんだ」
「……はい」
もちろん知っている。
彼女、尾鷲鷹姫は、意図的に、その年齢の成長を止めている。
身体はともかく、精神が。
十三歳のまま、止まっている。
虐殺はそう聞いただけだが、彼女と関わるうちに納得した。年不相応に、鷹姫は子供っぽいのだ。
頭はいいが、それ以外が成長していない。
それは幼さ。幼さゆえの、残虐性。
虐殺の同類である遊殺と通じるものがある、幼児性。
「そんな僕にそんな質問をするのは酷ってものだよ、虐殺ちゃん。まあ、僕が自分の意志でそうしているのだから、自業自得と言えばそれまでだけど」
いやらしく、鷹姫は笑う。
子供のような、嗜虐的な笑み。
浴びせられる殺気は生きた心地を根こそぎ奪い、今すぐにでも死んでしまいそうだ。
「……なんてね」
と、鷹姫は肩をすくめて殺気の矛先を収めた。安心の汗がどっと溢れる。
「……意地悪ですね」
「性格が悪いのさ」
「自分で言っちゃうんですね」
「きみは否定してくれないんだね」
虐殺と鷹姫は軽口を言い合えるくらいには親しい間柄だ。もっとも、鷹姫の人脈はかなり幅広いので、そういう関係の人間は掃いて捨てるほどいるようだが。文字通り、切って捨てることもできるほど。
「大人の定義なんて僕は知らないけど」
そんな風にマカロンの欠片を口に放り込みながら、鷹姫は彼女なりの考えを話す。
「自立してる人を『大人』って呼ぶんじゃない?」
「自立している?」
「経済的にも、精神的にも」
今度はティーカップに手を伸ばす。
「そう考えると、殺人鬼クラブの子たちは随分と大人だよね。謀殺君が殺しの依頼をして、それをこなすことで報酬をもらう。報酬はそのまま生活費にあてたりするんでしょ?」
「まあ、ある程度は」
報酬がなくても謀殺に頼めば補助金が出るので、謀殺の依頼をこなす必要は、実はない。
もちろんその補助金は、謀殺の同胞であることが条件だ。
「ああ、でも、虐殺ちゃんは謀殺君の依頼を蹴ったんだっけ?」
うぐっ。
流石忍者。早耳である。
というか、早すぎる。
「殺人鬼が仕事で人を殺したら、それはただの殺し屋だから……」
「そう言ったのは謀殺君だもんね。でもね、生きるためには働かなくちゃいけないんだよ」
ごもっともなご高説だ。
ごもっともすぎて、つまらない。
「きみは好きなことが仕事になってるうえに、その報酬は大きいんだから、できるうちにやっておいたほうがいいよ。最近なんて、『好きなことが仕事なのだから』という建前で、労働者を安くひどく使う悪徳会社が多いんだからね」
「それは、そうだけど……」
アタシは。
誰かの言葉で動くつまらない人間にはなりたくない。
これは虐殺の本音だ。
「そんなの結局、操り人形じゃないか」
「甘ったれるな」
……え?
今の声はどこから聞こえてきた? 遠雷のような、地響きのような、低く響くその声は、確かに目の前にいる鷹姫から聞こえてきた。
「『誰かの言葉で動くつまらない人間』? はっ! 滑稽だ! まさに『子供』の意見だね」蔑み、嘲る視線を虐殺へと送り、揶揄する言葉を羅列する。「つまらない人間? そう言ってる時点できみはもう十分につまらない人間さ。『子供』は本当に特別であろうとするね。なにをそんなに怖がっているんだい? 特別になってなにがある? いい意味での特別ではなく、悪い意味での特別になる意味はどこにある? 自分の意見を持つことは素晴らしいことだが、それは他人を貶していいことではないんだよ」
「………………」
「ああ、きみはそういう風に『厭世的な自分かっこいい』という幻想に酔っているんだね。『立派な大人の意見を指摘する自分は大人でかっこいい』と。だけど悲しいかな、そういう考えはなによりも浅ましく、なによりも子供だ。大人に反抗するのは子供の特権だが、いつか痛い目を見るよ。そうだな、きみは殺人鬼なのだから、その考えに囚われて見るも無残に殺されてしまうのだろうね。表社会の子供のように、手痛いしっぺ返しを食らうだけでは飽き足らず、命までもを奪われてしまうのだね」
鷹姫は哄笑する。背を反らし、大口を開けて大笑する。
「その結末はなかなか滑稽だ。『子供』であるきみには相応しい最期だ!」
「ふ――ふざけるな!」
耐えかねて、虐殺はスカートにしまってあった果物ナイフを鷹姫へ向けた。
殺人鬼が人を殺す道具を人へ向けたのだ。それがなにを意味するかは、明白だろう。
「宣戦布告かい?」
虐殺に対する鷹姫の態度は極めて冷静だ。逆上した自分が恥ずかしいと思えるほどに。
「違う、脅しだ」
「どういう脅しかな?」
「それ以上喋ったら、アンタを殺す」
「この僕を?」
殺せるか殺せないかで言ったら、今の虐殺では殺せないだろう。
そもそも虐殺は、鷹姫と違って戦う者ではない。殺す鬼ではあっても戦う鬼ではない。戦うことに慣れていない、人を殺すことしかできない殺人鬼が、幼い頃から殺すことと、さらに戦うことを学んできた忍者に挑むなど、無謀にもほどがある。謀殺が聞いたら卒倒してしまうようなプランだ。
案の定、鷹姫の反応も予測通りだった。
「きみが、僕を殺すって言うのかい? 二年前に殺人鬼になったばかりのきみが、生まれてからずっとこの世界で生きてきた僕を? 生まれてたかが――いや、生まれてさえいないきみが? ははは! 冗談が上手だね!」
「ぐっ……」
鷹姫は畳みかける。嘲りと挑発を混ぜてそのすべてを虐殺へと向ける。
「そういえば今日は謀殺君にもそれを向けたんだっけ。『もし戦った場合、アタシの方が勝つと思うけど?』だっけ。おいおい、随分大きな口を叩くじゃないか」
「……アタシじゃ、謀殺さんに勝てないっていうのか」
「勝てないねぇ」
「そりゃあ何日もかけた計画のもとで戦ったら勝てないだろうけど、シンプルな肉弾戦だったら、アタシのほうに分がある!」
「ないね」
「はあ!?」
激情を隠そうともしない虐殺。もう自分では歯止めが利かなくなっていた。
「きみはなんにも知らないね」
優しげに目を細めて、鷹姫はゆっくりと立ち上がった。
「謀殺君は分家とは言え蝶咲家の人間だよ。そんな人間が、普通の学校に通うと思う? 通わないよね。なんにも知らないお子様に親切なお姉さんが教えてあげよう。彼の母校は『蜜薔薇学園』だ」
◆◆◆
『蜜薔薇学園』を説明するとなると、さらにその根幹部分である一族――蝶咲家を説明しないわけにはいかなくなる。
先にも説明した通り、蝶咲家は世界屈指の大財閥である。それこそ、世界を支配していると言ってもいいほど。『蝶咲家はこの世の王』とまで言われ、今や世界中のどこを探しても、蝶咲家の息がかかっていない表舞台の組織はないのだという。彼らの指先ひとつで首は飛び、彼らの微笑みひとつで家が滅ぶ。そんな幻想がまことしやかに囁かれるほど、絶大な組織――人呼んで『蝶咲帝国』。
そして蝶咲家の持つ様々なパイプのひとつが、学校法人『蜜薔薇学園』。世界各国の未来を背負う要人の二世、三世を育成し、養成する教育機関。噂では、『なにかひとつでも秀でたものがあれば入学できる』学校である。
蜜薔薇学園を管理するのは、蝶咲家の分家である鳳来寺家。
――表向きは。
ならば裏の顔は別の家が管理しているのかと言えばそうではなく、もちろん鳳来寺家の直轄であることには変わりない。変わりないが――問題がある。
『蜜薔薇学園』は、裏社会とも深い関わりを持っているのだ。
そして学校そのものが武装集団なのである。
生徒はひとりひとつずつ、好きな武器を所有することが許され、カリキュラムの中には当然のように『戦闘』が含まれている。通っている生徒は、もちろん上流階級のご子息ご息女もいるが、全員残らず軍隊ばりの戦闘訓練を受けなければならない。
上流階級にいるとそれだけで命を狙われるような昨今だ。通う学校がそんな風になってしまったのも頷ける――が、少々過剰すぎる。
「まあ、れっきとした紳士淑女を育てるための『蜜薔薇学園』でもあるから、清濁併せ呑む教育機関なわけだ。きみもこちらに来たとき謀殺君に教えてもらったはずだから、知ってるね?」
「………………」
もちろん、知っていた。
それどころか、同類である惨殺が編入予定でさえある。
しかし失念していた。
何故アタシは気付かなかった。蝶咲家の分家である蓮璉家のご子息ならば、そういう学校出身であっても不思議はなかったのに!
「…………っ」
これでは子供だと揶揄されても仕方がない。
自分は強いと驕って、真実へ目を向けずに粋がって……。
なんて幼い。
幼稚な子供だ。
「心に隙ができた」
ひゅん。
と、鷹姫の声となにかが風を切る音。
次の瞬間、虐殺の目の前には、刀の切っ先が向けられていた。
「……う、ぅ」
冷や汗が頬を伝う。
鷹姫が少しでも踏み込めば、虐殺の命はない。
死ぬのだ。
死んでしまうのだ。
こんなに簡単に。
……いやだ。
アタシはまだ……。
まだ?
まだ、なんだ?
アタシはなにに執着している?
なにかをしたいわけじゃない。
なにかをやり残したわけでもない。
なにもない。
殺す理由も。
ない。
ならば今死んだって、なにも変わらない。
鷹姫にナイフを向けたことが間違っていたのだ。
いや、それ以前から、殺人鬼になったことから間違いなのだ。
因果応報ということである。
死んだって、いい。
死んだほうが、いい。
「………………」
「………………」
「…………やめた」
そう呟く前に、鷹姫は刀を鞘へと戻していた。
「は……?」
「なに変な声あげてるのさ。もしかして殺してほしかったの?」
重く迫るような圧迫感は変わらないが、鷹姫からの殺意がほんのわずかに薄らいだ。
「いやだねえ、きみのような年頃の女の子は。すぐに死のうとする。ああいやだいやだ。僕の刃は死にたがりを殺すためにあるんじゃないのに」
「………………」
「僕は死にたがりを殺さない。そんなのつまらないもの。僕はね」
耳元まで口が裂けたかのように、彼女は笑った。
「希望を持った人間を頓挫させるのがいいのさ」
そしてくるりと、身体を出入り口へ向けた。
「お茶とお茶菓子、ごちそうさま」
長い髪を揺らして、鷹姫はその場から去ろうとする。
彼女の性格から推測するに、このままではもう二度と、虐殺の前には現れないだろう。
「ま――待って」
唇から漏れた声は弱々しく、情けないくらいみじめだった。
けれど、ここで素直に退室を認めたら、鷹姫は虐殺を軽蔑したままだろう。虐殺が死ぬまで、もしくは鷹姫が死ぬまで。
いつか虐殺が死んだとき、鷹姫はいつも通り笑って「ほらね」と呟くのだろう。
いつまでも虐殺を嘲笑い続けるのだろう。
そんな。
そんな屈辱があってたまるか。
彼女に殺戮対象として見られない屈辱を抱えたまま生きるなんて。
アタシは『虐殺』だ。
誰もが恐れる『殺人鬼クラブ』の虐殺だ。
くだらない『恥』を晒して生きるなんて、まっぴらごめんだ。
「アタシは死にたいだなんて思わない」
一時の気の迷いに流されるなんて、まるで子供じゃないか。
それは本当に、滑稽だ。
「証明してやる」
鷹姫は振り返らない。
しかし、立ち止まっている。
虐殺の話を、聞いている。
ならば宣言するまでだ。
聞いているのなら、聞かせればいい。
「アタシが『つまらない』だなんて、二度と言わせない! アタシは――」
鷹姫は、どんな顔をして聞いているのだろう。
「――殺人鬼『虐殺』だ!」
◆◆◆
鷹姫は帰った。
気づけばあんなに青かった空がほんのりと赤く染まっている。
冷め切った紅茶を飲む気にもなれず、虐殺は投げ出された己の長い三つ編みをほどいた。毛先がつま先近くまで来ている。そろそろ切り時かもしれない。
この長い黒髪を洗うのは骨が折れるが、入浴自体は嫌いではないので大して苦ではない。
「……お風呂、入ろう」
呟いた。
声に出さないと行動に移せないような気がしたからだ。思っているだけではなにも変わらない。行動に移さなくては。
「…………あ」
浴槽を洗っていないことに気付く。これでは満足な入浴ができない。
どうにもままならない。
鷹姫相手に啖呵を切っておいて、その言葉のひとつひとつを気にして立ち止まっている。
ぐるぐると思考を巡らせるうちに、空はどんどん暗くなる。
謀殺の言う『殺人鬼の住みよい時間』だ。
思い返してみれば、殺人鬼クラブに入っていなかった頃の虐殺も、今の虐殺も、夜の暗い時間に行動していたように思う。
夜のとばりは、大好きな阿鼻叫喚を響かせる絶好の舞台なのだ。
人の死にゆく瞬間に流れる絶叫の、なんと甘美なことか。
波打つ黒髪を眺めながら、ふと、外に出たくなった。
人が放つ死の間際の絶叫が、恋しくなった。