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殺人記  作者: 巡ほたる
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FILE2 虐殺 1

甚振り尽くして殺す殺人鬼の話。

 虐殺という殺人鬼の少女は、殺人鬼クラブの中で最も殺人鬼らしい殺人鬼である。

 たとえば毒殺という殺人鬼は、大切な妹のために人を殺していると言っても過言ではないし、謀殺という殺人鬼はある人間ただひとりだけを殺すための布石として人を殺しているようなものだ。

 彼らには殺人に理由がある。

 しかし彼女にはそういった大義名分がない。

 もちろん、理由なく人を殺すから殺人鬼なのだろうけれど。

 当時十四歳だった虐殺は、普通の家庭に生まれ、少しキラキラした自分の名前に辟易し、悪人のような目つきを気にし、かっこいい男の子に憧れ、特に特徴のない公立中学校に通う、普通の女の子だった。

 そんな彼女が何故殺人鬼になったのかと言えば、それはもう、本能でそうなったとしか言いようがない。

 道徳や倫理観など無視して、彼女は夕食を食べ終えて揃ってテレビを眺めている両親を、自宅の物置にあった斧で虐殺した。

 彼女には人を殺す才能というものがあったのだろう。

 幸運にも、なのか、不運にも、なのかは定かではないが。

 殺害したあと、誰かに教えられたわけでもないのに、適切な処置を施したうえで両親の死体を持って逃亡し、家族全員行方不明という形で警察や世間の目を欺いた。

 冬の初めのころだった。

 クリスマスムードの漂う都会で、金銭を強奪するために人を殺し、寝床を得るために人を殺し、ただなんとなく人を殺し続けていたある日の夕方、彼女は笑顔の殺人鬼と出会った。

 一ヶ月も逃げ続けているというのに、案外警察には見つからないものなのだなと思っていた。

 殺して奪ったマフラーに顔をうずめ、ショーウィンドウに飾られたオシャレな服を眺めていたときだった。

「すみません」

 と、そんな風に。

斧崎(ふざき)ありすさん――ですね?」

 鬼は、人を安心させるような笑みを湛えてそこにいた。

「率直に言います」

 彼の誘いは、足りなかったパズルのピースを見つけたような気分を伴って彼女へ届いた。

 普通の女の子は、殺人の鬼となっていた。

 ならば同質の存在が寄ってくるのは当然の摂理。

「『殺人鬼クラブ』に入りませんか?」

 こうして、斧崎ありすは殺人鬼クラブの『虐殺』になった。


 ◆◆◆


「またですか……」

 正面に座る男、謀殺は眉を顰める。

 銀縁の眼鏡をかけ、緩やかに首を振るその姿は、いかにも『育ちのよい』感じだった。

 実際、育ちのよさは折り紙つきらしいが。

 彼の表の顔は世界屈指の大財閥、蝶咲家――の分家にあたる蓮璉家の御曹司である。

 分家とはいえその経済力は底知れないわけで、映画やドラマでしか見たことのないような豪邸に住み、別荘を数多く所有しているとかなんとか。

 向かい合うのは、長い黒髪を三つ編みにした少女である。三つ編みは腰まで過ぎ、その様子は鞭のようにしなやかだ。そんな髪型で連想するような大人しい印象は微塵もなく、まるで野生じみた雰囲気を醸し出している。それは彼女の顔つきがそう思わせるのだろう。鋭い瞳は黒目が小さく、白目が広い。普通に目を開けているだけで、見開いているような威圧感を相手に抱かせる顔立ちだった。

 彼女が虐殺である。

 最前謀殺の経済力について例に挙げた、数多く所有している別荘の内のひとつである過度に豪奢な邸宅に呼び出されても。眉ひとつ動かさない。殺人鬼クラブのまとめ役が話しているにも関わらずよそ見をする始末だ。

 時折、黒い鳥の顔を模したような仮面を着けたメイドを見かける。

 メイド自体は同類である抉殺で見慣れているけれど、この鳥の面のメイドたちは殺人鬼クラブのメンバーでもないのに殺人の話をしても平然としているので、裏社会の人間なのだろう。

その点から見ても、異質に見えることに変わりはない。

 ――なんというか。

 ――無個性に徹しているような気味の悪さ。

 ――それとも、無個性じゃなくて没個性なのか。

 個性がないのではなく、個性を隠している。

 みんな一律に同じ面で同じ髪型で同じメイド服で、まるで個性を出すのを嫌がっているような――。

「聞いていますか?」

 上の空で、長々と語る謀殺の話を聞き流していると、すかさず指摘された。

「え、ああ、いや……聞いてませんでした、ごめんなさい」

 ちっとも悪びれずに謝る。

 何故ならアタシは悪くないから。

「貴女が先日仕留め損ねた抹殺対象の話ですよ。いえ、仕留め損ねたというより、わざと殺さなかった……のでしょうね。貴女が人を殺さないなんてミス、するわけがありませんから。抹殺対象は逃走中……手掛かりは貴女が戯れでつけた顔面の傷のみ……難しいですね」

「照れる」

「褒めてません」

 叱責しているんです。

 珍しく笑顔を消して、謀殺は厳しい口調でそう言った。

「だって、アタシの意思で人を殺すわけじゃないし」

「貴女のその思想は美徳だとは思いますが、活動は活動です。つつがなくこなしてもらわないと、結果的に困るのは貴女なんですよ」

「………………」

「学校で出される宿題は、自分の意思とは関係なくやることでしょう。それと同じですよ」

「まるで人を殺すことが義務みたいな言い方だな」

「義務ではありません。本能です。しかし、やるべきことではあるのですよ」

 まるで教師のような言い方だ。

 教師でなければ親か。

 殺人鬼が誰かの命令で人を殺したら、それはただの殺し屋だと――そう言ったのは謀殺なのに。

「ああ、そういえば言いましたね、そんなことも」

「大人なのに自分の言ったことに責任持てないんだ?」

「挑発的ですね。子供らしくて素晴らしいです」

「子供?」

 虐殺の目尻が、ぴくりと動いた。

「好きで子供でいるわけじゃない」

「私も、好きで大人になったわけではありませんよ」

 こうなってくれば売り言葉に買い言葉だ。

「大人になりたいのでしたら、貴女の住んでいるマンションの家賃を自分で払うところからやってみませんか?」

「いやだね。それにあれは子供じゃなくて未成年だからだろ。言葉を捻じ曲げるなよ」

「言葉を捻じ曲げたつもりはありません。私はいつだって、私の利益になることを成している」

「大人だね」

「大人です」

「汚い大人だ」

「清らかな大人がいたら会ってみたいものですがね」

 果物ナイフを袖口から取り出す虐殺。

 服の中に暗器を仕込むことは、この二年で覚えた。

「アタシは虐殺。相手をいたぶり尽くして殺す殺人鬼だ。謀略を駆使して人を殺す謀殺さんとじゃ、もし単純に戦った場合、アタシの方が勝つと思うけど?」

 ナイフの切っ先を謀殺へと向ける。

 ナイフも鋭いが、彼女の視線がなによりも鋭い。

「…………ふ」

 やがて、謀殺がその表情を綻ばせた。

 いつも通りの、人を安心させるような笑顔である。

「やめておきます。無謀ですからね。まあ、今回はその威勢のよさに免じて、不問に付しましょう」

「……ありがとうございます」

 呟いて、虐殺は踵を返した。長い三つ編みが鞭のように動く。

「それでは虐殺さん、また会う日まで、息災と、殺害を」

 お決まりの台詞を投げかけられたが、虐殺はそれを黙殺した。乱暴に閉じられた扉の音が、返事の代わりである。


 ◆◆◆


「あ、虐殺ちゃんじゃん。お説教は終わったの?」

「げ」

 長い廊下を歩いていくと、そこにひょっこりと金髪碧眼の男が顔を出した。

「あらら、ナイフなんて危ないもの持っちゃって。そこまで謀殺に手厳しく怒られちゃった?」

 虐殺が手に持っているものを見て、わざとおどけた調子でからかう。

「刺殺さんこそ、こんなところ歩くなんて危ないじゃないか」

「え? それどういう意味? あ、ところで今夜空いてる? 一緒に夜を過ごさない?」

「そういうところだよ」

 危ないじゃないか、アタシが。

 アタシの貞操が。

「そもそも未成年なんて誘うなよ。ほら、銃殺さんはどうだ? 手頃なメンヘラだぞ」

「同胞をそんな風に言うもんじゃないよ。俺は愛がなければ女の子は抱かないの」

 ならなんでさっきアタシを誘った。

 へらへらと笑う彼は、仲間内では好色として有名なのだ。警戒して悪いということはないはずである。

「ていうか、その容姿で流暢に日本語喋らないでくれる? 違和感しかない」

「ひどいなあ。俺は日本生まれ日本育ちなのに。でも一応英語とフランス語は話せるよ」

 金糸のような髪を緩めに縛った刺殺は、朗らかに笑った。

 よく笑う男だ。そんな彼を見て、ふと、先ほどの謀殺とのやりとりが脳裏をよぎる。

「……ねえ、刺殺さん」

「なに?」

「大人って、どうやったらなれるの?」

「そんなの簡単さ。俺と一夜を共にすれば……ごめんごめん冗談だからほんとごめんナイフ向けないで」

 刺殺に向けていたナイフをおろし、向き直る。ナイフ自体は手に握ったままだが。

「アンタとそんなことしたら、殺された挙句に食われるだろうが」

「食べないよ~。虐殺ちゃんは同胞だもん。食べたら美味しそうだけど……」

「………………」

 本気で引いた。

 危険すぎる。

「……で、大人になるって話題だよね」

「う、うん」

 直前の台詞と打って変わり、突然の真面目な声のトーンにぎくしゃくと頷く。切り換えが早くて戸惑う。

「気の持ちようじゃないかなって、俺は思うけど」

「気持ち?」

「うん」

 頷いて、刺殺は優しげに微笑んだ。

「俺は自分のことを大人だと思うよ。今年で二十六だしね。殺人鬼だけど、それなりに分別もついてるつもりだし、色々と自分でやらなきゃいけないからね。だけどそれができない、身体だけ育っちゃった子供もいる。電車で大騒ぎする人とか、そんな感じじゃない?」

「大きくなっても、大人にはなれないってこと?」

「ちゃんと中身が伴っていれば大丈夫。きっと虐殺ちゃんも素敵なレディになれるさ」

 無遠慮に頭を撫でる刺殺の手をぱしんと払う。払われた手を特に気にした風もなく、刺殺は締めくくった。

「まあ、急いで大人にならなくてもいいんだよ」

「……どうも」

 身体だけでも、大人になれるとは限らないのに。

 こんな裏社会に生きている自分が、そう易々と大人になれるはずがない。

「遊殺ちゃんみたいにずっと幼いままでもいいし、銃殺ちゃんみたいにもがいてもいいんだよ」

「それは勘弁してほしい」

「ははは」

 いつも女の人をナンパしたり食べたりしているから誤解しがちだが、刺殺も立派な大人なのだろう。見直した。

「ところで、虐殺ちゃん」

「ん?」

「ウィッピングって興味ある……?」

 秒速で見損なった。

「ちょっと! ちょっとだけ俺の尻を鞭でしばくだけだから! ね!?」

 それこそなにかの本でしか見たことがないような形状の鞭を取り出し(バラ鞭?)、虐殺の手に握らせようとする刺殺。虐殺は必死になって抵抗する。

「え、ちょ、やめ……っ、いやだぁぁぁあああああああ!」

「おやめなさい」

 がつん。

 とても痛そうな音が刺殺の脳天に炸裂した。

 見ると、踵落としを決めた姿勢のままのメイドが佇んでいた。謀殺に仕えるメイドであり殺人鬼クラブのひとりでもある、抉殺だ。

「け、抉殺さん……」

 長いスカートをふわりと舞わせ、見惚れてしまうほどに優雅に、抉殺は虐殺を慮った。

 殺人鬼クラブの中で虐殺が最も話しやすいと感じるのは、この抉殺である。

「大丈夫? そこの変態ったら、なにをさせようとしたのかしら。本当、いやねぇ」

「抉殺ちゃんこそ邪魔しないでよ」

 穏やかな微笑で虐殺に笑いかける抉殺に、刺殺が後頭部を押さえながらぼやく。

「いたいけな子供に鞭でしばくのを強要するのが大人のすることですか」

「虐殺ちゃんの代わりに抉殺ちゃんがやってくれてもいいんだよ」

「断固拒否します」

「えー」

 殺人鬼の会話だというだけでも危険なのに、ドエムとメイドと女子高生が同じ空間にいるという現実がなによりも危険な気がしてきた。

 気がしてきたということは、すなわち危険なのだろう。

 今すぐダッシュで逃げたい。

 せめて刺殺がいなくなってくれたらいい。

 ドエムとメイドの口論に居心地悪く、逃げ場もないのでとりあえず同席している女子高生は、上下に左右にきょろきょろと視線を泳がせた。すると、

「あれ」

 廊下の奥に、救いを見つけた。

 彼はゆったりとした足取りで、鼻歌を歌いながら歩いてきた。

 そして口論している刺殺と抉殺、それを苦い顔で見ている虐殺に気付く。

「絞殺さん」

 すらりと伸びた身体に凛とした顔立ち。殺人鬼でなければモデルになっていても不思議はない。

 ……いや、殺人鬼でモデルになっている者はいるのだけれど――そこのドエム。

「………………」

 絞殺は三人に気付くや否や、歩調を速める。

 つかつかと、スニーカーが床を叩く音が近づいて――

 ――そのまま通り過ぎて行った。

「待って!」

 見て見ぬふりしないで!

 思わず絞殺の肩を掴む虐殺。

「ちっ」

 え、舌打ち?

「なに、虐殺? ボク急いでるんだけど」

「ちょっとでいいから助けて! ほんのちょっとでいいから!」

 男のくせに化粧をした顔が、迷惑そうに歪んでいる。

 まあ、どう見ても面倒くさそうな現場だもんな。虐殺だってそうするだろう。

「仕方ないなあ、ちょっとだけだよ。これ貸してあげるから、あとは自分でなんとかしてね」

 おざなりにそう言って手渡されたのは、一本の長いロープだった。とても頑丈そうな、工事なんかでも使われるやつ。

 どうしろと?

「別に。あいつエムでしょ。適当にあいつを悦ばせたら満足するんじゃないの」

「え……?」

「もう、鈍いなあ。あとは自分で考えて。ボクもう行くね」

「え、待って絞殺さ……」

 にべもなく、絞殺は廊下を曲がって見えなくなってしまった。

 仕方がないので、使い方を抉殺に訊ねることにする。

「抉殺さん、これ……」

「あら、ありがとうございます。助かります」

 え? 使い道わかったの?

 アタシが鈍いだけ?

 と思った矢先に目にもとまらぬ早業で、抉殺が刺殺を受け取ったロープで縛り上げた。

 ちなみにすまきである。

 肩から足首までくまなく巻かれているので、エビフライみたいになった。

 喚く刺殺。満足する抉殺。

「え、抉殺ちゃん、ロープで縛るって言ったら普通亀甲縛りでしょ! あ、でもこれもいいかも……」

「行きましょう」

 抉殺に促され、虐殺は歩き出す。

 階段に差し掛かったあたりで刺殺の「ねえ! これって放置プレイ!?」という声が聞こえてきたが、ふたりは無視を決め込んだ。

「今日はもう帰った方がいいわ」

 と、抉殺が勧める。

 虐殺も正直帰りたい気分だったので、そうすることにした。

 結局、大人とはどういうものなのか、わからずじまいになってしまった。

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