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殺人記  作者: 巡ほたる
10/41

FILE3 謀殺 2

謀略を尽くして殺す殺人鬼の話。その二

「それで?」

 と、毒殺は持っているグラスをテーブルへ置きつつ先を促した。今日は珍しくガスマスクをしていない。

「殺人鬼のまとめ役が誕生した瞬間は、いつになったら話してくれるんです?」

 すでに話に飽きてきた様子だ。グラスに付着した水滴を指でなぞったりつついたりして、つまらなさそうに言う。

「だから、つまらない話です、と前置きしたではありませんか」

 謀殺は肩を竦めた。

「『謀殺』という殺人鬼が生まれるのは、このときから三年以上もあとですよ」

 聖夜。

 殺人鬼クラブのクリスマスパーティもお開きになり、それでは残った私たちで晩酌でもしましょうか、などと提案したら、自分の過去を話す羽目になってしまった。

 酒の肴には丁度いい話題かもしれない。

「まあそう言うなよ、毒殺。謀殺が殺人鬼になった頃を知ってるやつなんてもうほとんど死んじゃったんだから、本人からその話を聞けるなんてレアな体験だなーくらいに思っとけばいいんだよ」

 酒類のアルコールによって頬を赤く染めながら、金髪碧眼の麗人、刺殺は髪をかき上げた。

 彼の掲げるワイングラスは赤く、丸いなにかがぷかぷかと浮かんでいた。

「ボクも謀殺さんの話は興味ある」

 と、絞殺。

「ワタシも気になる」

 と、扼殺。

 ふたりは大きなソファの真ん中に身を寄せ合って手を繋ぎながら座っている。

「抉殺さんも気になるでしょ?」

 謀殺の傍らに控えている給仕姿の抉殺を仰ぎ見て、扼殺は同意を求めた。

「さあ、どうでしょう」

 謀殺の忠実なるしもべである彼女は、肯定とも否定とも取れない曖昧な返事をした。

「まあ、この先を詳しく話しても意味はなさそうですから、かいつまんでお話しさせていただきます」

 ソファの背もたれに寄りかかり、過去を逡巡する。

 もう、十五年も過去のことなのか。

「私は鷹姫さんと計画して、とある実験をしました」

「実験?」

 刺殺が首を傾げる。

「実験って、普段毒殺がやってるような?」

「違いますよ」

 謀殺はゆっくりと首を振った。

「『自分が人を殺せるか』実験したのです」

「………………」

 静かになる聴衆。次なる言葉を待っている。

「父親を殺すには、その周辺にいる者たちも片付けなければいけなかった。私が直接手を下す場合も、誰かを使って殺す場合も、殺人行為に罪悪感を覚えるようでは駄目なんです。平気で、鼻歌交じりに殺せるくらいでないと」

「それを考えたのは当時十四歳の子供でしょう? 随分突飛でいかれたことを考えましたね」

 毒殺が真っ黒な瞳を少々見開いた。

「十四歳といえば立派な思春期でしょう。むしろそれくらい考えるのが普通なのでは?」

「思春期でも考えるだけで、行動に移したりなんかしませんよ」

 毒殺がうつろな瞳で謀殺を見据える。

 彼は殺人鬼になってもなお、表社会における常識的な観点を持っている、珍しいタイプの殺人鬼だ。

 倫理観の欠落した空間の中にある常識的な観点は、非常に貴重で、ありがたい。

「謀殺さんの実験のモルモットは誰がなったの?」

「それともモルモットじゃなくてスケープゴート?」

 絞殺と扼殺が興味津々といった様子で身を乗り出した。

「スケープゴート。言い得て妙ですね」

 謀殺は苦笑する。

「私が初めて殺したのは、家の執事です」

「羊?」

「執事」

 茶々を入れた毒殺が肩を竦めた。

「金持ちっぽい単語だ」

「殺しましたけどね」

 刺殺がにやにやと笑いながら訊ねた

「どうやって?」

 さも愉快だと言わんばかりに、目尻をぐっと下げ、唇を歪ませる。。歪んだ表情さえ、美しい彫像のように整っている。

「ナイフ? 銃? ロープとかも風情があるなぁ。金持ちらしくブロンズ像とかで撲殺もありかも」

「ご期待のところ申し訳ありませんが、私が直接手を下したわけではないんです」

「へえ?」

「ただ単に、少し仕事をやりにくくして、情報操作をして、本人も気付かないうちに追い詰めていっただけです」

 仕上げには、執事の部屋に様々な道具を用意した。

 気付かぬうちに嬲られ続けた執事は、その道具のひとつを使って、自殺した。

「計画から一年ほどかかってしまいましたがね。その実験のおかげで、私は人を殺すことに罪悪感を抱かない、どころか、この行為こそが私の神髄なのだと判明しました」

 父親と同じ場所に立ってしまったという嫌悪感もあったが、それ以上に幸福が全身を支配していた。

 数式を解くよりも手に馴染んだ殺人計画。

 計算に基づき、言葉、動作、すべてをもって人を殺す。

 やっと本当の自分を見つけたのだ。

 父親に言いなりの操り人形ではなく、自分の意思で動く存在になれたのだ。

 それが幸福でなくてなんだろう。

 蜜薔薇学園で戦闘を学んでいても、それは結局戦闘訓練でしかなかった。

 本当の命のやりとりをしているわけではなかった。

 物足りなく感じていた。

 当然だ。

 何故なら私は殺人鬼なのだから。

 人を殺さないで戦うだけなんて、物足りない。

 ましてや、殺されないためだけの戦術など、退屈でしかない。

「やっぱり殺人鬼の発露ってのは美しいね。Merveilleux!」

 刺殺が讃美する。

「謀殺の殺人は特に愛に満ち溢れてる。殺すことによって示される愛の、なんと背徳的で美しいことだろう」

 刺殺はアルコールか自分の言葉か、もしくは両方に酔い痴れている様子だ。

 流石に謀殺は自分の殺人に愛が存在しているなんて思ってもいないが、彼の言葉は素直に受け取っておいていやな思いはしないはずだ。

 様々な国の血が流れている彼はその場しのぎの嘘やお世辞を使わない。

 そのとき、がちゃりと部屋の扉が開いた。

「ん、謀殺さん……」

 遊殺だった。

 同胞のひとり。

 十三歳の、幼い少女。

 目が覚めてしまったのだろうか。

 先日誂えたばかりのパジャマは、もうすでに左半身がボロボロになっている。

「あ、ジュース飲んでる……」

 眠たげな目つきで部屋を見渡し、「いいなぁ」と呟く。

「わたしも、飲みたい」

「これはジュースではなくお酒ですよ」

「えー」

 遊殺は唇を尖らせた。ふらふらとおぼつかない足取りで謀殺のもとまで来る。

「ひとくち、ちょーだい」

「ですから、お酒です」

「ちょっとだけ」

「駄目です」

「けち」

 そう言うと、今度は刺殺のもとへ行った。

「ちょーだい」

「だぁめ」

「なんで」

「これは大人の飲み物」

「じゃあ、今大人になった」

「ははっ!」

 吹き出す刺殺。

 あまりにも幼い発想に驚いたのだろう。

「抉殺ちゃん、遊殺ちゃんになにかあげたら?」

「そうしたいところですが、こんな時間になにか飲んだら、虫歯になってしまいます」

「ああ、それはいけないね」

 遊殺からグラスを遠ざけつつ、抉殺と会話を楽しむという器用さを発揮しながら、刺殺は遊殺に唇を近付けた。

「じゃあジュースの代わりに俺のヴェーゼを……」

「いや――――っ!」

 遊殺が絶叫した。

 抉殺がツルハシを振りかぶった。

 扼殺と絞殺がソファの影へ退いた。

「ああ、いつも通りの大惨事ですね」

 自分の飲む分の酒だけを確保しつつ、毒殺がのほほんとのたまった。

「その通りですね」

 謀殺も目の前で繰り広げられるコントのような事態に、笑いを噛み殺しながら同意した。

 もしもあのとき殺人鬼になっていなかったら、こんな愉快な同胞と出会うこともなかったのだと思うと、人生とは奇縁なものだと感じてしまう。

 謀殺は人ではなく、鬼だというのに。


 ◆◆◆


「痛い」

「でしょうね」

 翌朝。クリスマス当日。

 屋敷に泊まった刺殺が、腫れた頬を水嚢で押さえながら広間に入ってきた。

 広間にはいくつかテーブルがあったが、そのまま真っ直ぐ謀殺の向かいに座り、勝手に謀殺のコーヒーに口をつける。

「抉殺ちゃんは容赦がないね。ツルハシの金属部分じゃなく柄の部分で殴られるとは思わなかったよ」

「悦んでいたではないですか」

「まあね」

 金属部分で殴られてたら流石に死んでただろうし――と、妖艶な笑みを漏らす。

 この笑顔でやられた女性は数多くいるだろう。ほとんどが死んでしまっているだろうが。

「仕事はないのですか?」

「今日はお休み」

 声の調子が少しばかり眠たげだ。

「おや、珍しい。大人気モデルだというのに」

「マネージャーが取ってくれた。今日は好きなことをする日」

「ではどこかへおでかけですか」

「そうだね。どこかにベルファムがいるといいな」

 刺殺はときおり、会話の端々に外国語が混じる。カタカナの発音に混じる多少の巻き舌が彼の生まれをほのめかす。

「母親の父親、まあ俺のじいさんがフランス人だから、その影響は強いかも」

 これはいつかに、刺殺が言った言葉だ。

 コーヒーを飲み干し、ソーサーへカップを置く。

「クリスマスに美人と甘い夜を過ごす。最高じゃないか」

「そういうものですか」

「……ま、抉殺ちゃんがいる謀殺には関係ない話か」

「私と抉殺さんはそんな関係ではありませんよ」

「そうなの?」

「知っていて仰っているでしょう」

 整った顔を意地悪く歪め、刺殺は言う。

「知ってるよ。けど本人の口から聞きたいな。お前と抉殺ちゃんの関係ってなんなの?」

 なに、と訊ねられると答えに困る。

「……主人と従者の関係ですかねぇ」

「うわ、言葉だけで聞くとかなりやらしい」

「そうですか?」

「そうだよ。やらしい作品の題材なんかじゃよく使われる関係性だろ」

「……はあ」

 気のない返事になってしまう。

 謀殺はそういった趣向の本や映像は、あまり見たことがない。

 スプラッター映画などならよく見るが。

「欲がないね。俺だったらあんな美人なメイドが従属してくれたら、すぐに手を出しちゃう」

「貴方は欲にまみれすぎなのでは?」

「おっと、手厳しい」

 そのとき鳥の頭を模した仮面を着けた給仕が、刺殺へ朝食のサンドイッチを運んできた。

 彼女を含めた仮面を着けた給仕は、全員が尾鷲忍軍から雇っている者だ。殺人鬼の出入りする屋敷に普通の給仕など置けるわけがない。

 早急に立ち去ろうとする給仕を、刺殺は口説き始めた。

「ねえ、今夜俺とどう? 最高の夜にするよ」

 給仕は刺殺の言葉など歯牙にもかけず一礼して立ち去ってしまった。

 名残惜しげにその背中を見つめる彼を見て、「よく飽きませんね」と声をかける。

「できればこの屋敷の給仕は殺してほしくないのですが」

「殺さないで愛する方法だってあるさ」

 刺殺は気障っぽく両手を示す。

「おや、愛によって人を殺す殺人鬼とは思えない台詞ですね」

「恋愛は恋愛として楽しむことができる。まあ、俺はまだそういう相手に出会ってないけど」

「意外です」

「そうかな?」

「恋愛……ですか」

 恋。そして愛。

 意味なら理解しているつもりだが、体験したことがあるかと言われたら、ない、と言わざるを得ない。金持ちの息子という理由で寄ってきた人もいるが、不要と判断したので無視したり殺したりと、ことごとく排除してきた。

 恋愛。

 恋愛。

 恋愛ねぇ……。

「あいにく私は、恋愛というものに興味がないんですよね」

「女の子に興味ないの? ああでも、確かにお前の周りは可愛い子がたくさんいるのに、お前には浮いた話もないよな」

「そうですね」

「もしかして少年趣味? 惨殺なんかはドストライク?」

「違います」

「じゃあ毒殺や俺? 俺は別に構わないけど」

「構ってください」

「今夜どう?」

「どうもしません」

「食事だけでも」

「それ食べられるの私でしょう」

「先っぽだけ」

「爪も髪も許しません」

「いけず」

「どうとでも」

 溜息をひとつつき、カップに新しいコーヒーを注いだ。

 刺殺は朝食のサンドイッチを美味しそうに咀嚼している。

 そしてふたつめのサンドイッチに手を伸ばしたとき、サンドイッチは、テーブルごと吹っ飛んだ。

「やあおはよう! 朝早くから親愛なる友人の顔を見ることができて嬉しいよ! クリスマスイブは素敵な夜を過ごせたかい?」

 真冬だというのにタンクトップにショートパンツ。防寒具と言えばその上に羽織っている生地の薄いコートくらいだ。しかし目を引くのは服装よりもその髪。膝まで届くかと思われる茶髪は、毛先だけが透き通るほど白い。猛禽類のような鋭い瞳を笑みの形に象って、彼女――尾鷲鷹姫は哄笑した。

「僕に気付かず、ずっとふたりだけでおしゃべりしていたのが気に食わなくてね、邪魔なテーブルは退場してもらったよ。壊れちゃったかな? まあいいさ。謀殺君ならテーブルのひとつやふたつ、余裕で買えるだろう?」

「余裕で買えたとしても、壊されるのはあまりいい気分ではありません」

 苦言を呈するが、そんなものが通じる彼女ではない。

「ごめんね。ちょっとテーブルを揺らす程度のつもりだったんだけど、力加減ができなくて」

「揺らすつもりで蹴り飛ばすとは、恐ろしい限りです」

「思っていたよりも軽かったんだよ、あのテーブル」

「軽い!? あれが!?」

 刺殺が驚愕で声を張り上げる。

 驚くのは当然だ。どう見ても重量のある、彫刻まで施された大理石のテーブルだったのだから。

 普通の女性だったら、持ち上げることも叶わない。

 けれど、尾鷲忍軍を統括する彼女なのだから――しかも足技を得意とする彼女なのだから――重いテーブルを蹴り飛ばすくらい、朝飯前なのだろう。

「それで? なんの用です? まさかテーブルを壊すために来たわけではないでしょう」

「だから壊すつもりはなかったんだって。綾唄家の家長サマからお手紙を預かってきただけだよ」

「綾唄?」

 思わず、反応してしまう。

「それから蝶咲家のご長男からも」

「なに」

「モテモテだねえ謀殺君、男の子に」

 からかいながら、鷹姫は私に手紙を差し出した。

 綾唄と蝶咲。

 少々面倒くさい組み合わせだ。

「モテたところで、私には許嫁がいるんですから、無意味ですよ」

「そうだったね」

 別のテーブルから椅子を引っ張ってきて、それに座る鷹姫。やたらと訳知り顔だ。まあ、彼女の情報網ならば突き止められない情報はないのだから、そんな顔になってしまうのも頷ける。

 味方であるうちは、頼もしい限りだ。

 殺人鬼クラブの有力な協力者であるうちは。

「へえ、謀殺、お前許嫁なんていたんだ」

 感心したように刺殺が薄く笑う。

「初めて知った」

「昨日言ったでしょう」

「冷たいねぇ」

 謀殺は鷹姫から受け取った手紙の差出人を確認だけして、スーツの内ポケットに納めた。

「手紙は読まないのかい」

「どうせ同じことしか書いてありませんから」

「同じことって?」

「綾唄の家長からの手紙は前からもらっている手紙とほとんど同じ内容でしょうし――蓮凰君は……もうすぐ元旦でしょう」

「そうだね……ああ」

 元旦――つまり一月一日。

 その日は、蝶咲家に生まれた双子の兄妹の誕生日なのだ。

 十六歳の誕生日。

 女性だったら、結婚できる年齢だ。

「ってことは、謀殺君にも年貢の納めどきが来たってわけだ」

「白スーツ着る謀殺とかすげぇ見たい」

 自分の言いたいことを好きに話し合うふたり。

 美男美女でなかなか絵になる。

「結婚式には呼んでね」

「ええ、もちろん」

 冗談でも言うように投げかけられた言葉に、謀殺は誠意を込めて頷いた。

 私は己の謀略のもと、人を殺す鬼。

 父親を殺すために、父親が望む結婚をする。

 策としてはありだ。

 けれど、妻を持つつもりは毛頭ない。

 許嫁という存在は――邪魔だ。

 邪魔ならば――排除すればいい。

 いつも通り、謀略の限りを尽くして。

「結婚できればの話ですがね」

 謀殺しよう。

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