猫、春ヲ待タズ
当たり前に一生懸命に生きている猫を物語にしました。
うーん。少し寒いかしら?
三毛の若い雌猫が伸びをした。
ここに居るとたまにご飯をもらえる。
人の女性が持ってくるのはカリカリしたのでおいしい。
子供たちが柵から投げ入れるものの中には、食べないほうが良いのもある。
その時の空腹具合で食べたり知らん顔したり。
木々は葉を散らしている。
カサカサと枯葉を踏むのが好きだ。
食べ物の余りを狙って、小鳥やネズミも来る。
暑かった頃は、ちっとも捕まえれなかったけれど、今は半分くらいは取れるようになったの。
猫が得意げに思った。
ほうら、今もネズミがご飯に釣られてやってきた。
すぐに飛びつきたいけれど、ガマンなの。
この時は尻尾だって動かしたらイケナイの。
待って待って、ネズミが食べ物を口に入れて
去ろうとする瞬間に飛び掛かるの。
飛びつく時、私を見たわ。きっと終わりだと思ったでしょうね。
首の後ろに噛みついて、噛んだ上にもう一度牙を喰い込ませるの。
牙の下でブルブルっと命が終わるのがわかるわ。
それまで気を抜いたらダメなの。
大きいネズミ。美味しい。
食べると体がホカホカするの。嬉しい。
最近寒くなったのはなぜかしら?
雄猫がいやらしい目で見るわ。
鳴くまでしないけれど、それでも嫌よね。
それとも、私もお母さんになるのかしら?
お母さんって何だろう。
私のお母さんは、どうしたんだろう。
よく覚えていないけれど、温かな毛皮に包まれて
舐めてくれたのを覚えている。
おっぱいも飲んだの。
それを思い出すと前足がニギニギしちゃう。
でも、今は寒いからしないわ。
ある時、兄妹達と箱に入れられてこの場所に居たの。
お母さんが居なくなって怖くて動けなかったけれど、
箱の上から空が見えて、風が「いきなさい」って言ったの。
だから兄妹の中で最初に外にでたわ。
皆と丸まっていたかったけれど、その時はこんなに寒くなかったしね。
少しずつ周りを冒険したら、食べたことのあるカリカリがあった。
ちょっと古い臭いがしたけれど、構わず食べた。
そうしたら、小心者の他の兄妹も出てきたのよ。
私より体が大きいくせにドン臭いったら。
兄妹たちは、ひとり、またひとりと居なくなった。
気付かないうちに消えちゃった子もいるし、
大きなものに踏まれてペシャってなっちゃったのもいた。
私それを見て、そこの少し広い場所に出るのがこわくなったの。
カラスも来たわ。
いちばん大きなお兄さんがカラスと見つめ合って目を突かれた。
次の日死んじゃったわ。そして、カラスが兄さんを持っていっちゃった。
だから、私覚えたの。
広いところ出るの危ない。空からの羽音、危ない。
良く見たら、高い棒の上にも、空を横切る線の上にもカラスが居るの。
私は上も気を付けなきゃいけないの。
いつの間にか、一人になっちゃった。
まあ、それは昔のことよ。
今はお腹がいっぱいで温かくて気持ちいいわ。
最近、寝る場所を探すのが大変なの。
白い箱に布を敷いてあるのが幾つもあるけれど、
大きな大人に取られちゃっている。
ああ、あそこが良いかしら。
建物の外側に付いている箱で暖かくなるの。
他の場所で見つけたけれど、嫌な大人に盗られたわ。
あ、見つけた。見つけた。
まだ冷たい。じきに暖かくなるのかしら?
とりあえず、ネズミがお腹が踊っているから、少しくらい寒くても気持ちいい。
でも、箱が温まらないわ。まだ待たなきゃいけないのかしら。
ぼんやりしていたら、眠くなっちゃった。
はあーっふ。
口から入る空気が冷たい。
前足を折り込んで腹ばいになり、間に顔を埋める。
ああ、これだと鼻も空気も暖かいわ。
どれくらい寝ちゃったのかしら?
私が熟睡するなんて、なんてはしたないのかしら。
あら、空から白い冷たいのが降りてくる。
まあ、私の周りも真っ白じゃない。
失礼ね。お腹に溶けたのが水たまりになって気持ち悪い。
でも、なんでだろう。
動きたくないの。
誰かが「眠りなさい」って言うの。
良いのかしら。伸びをしたいのに。
大きく口を開けて欠伸をしたいのに。
また聞こえた。「眠りなさい」って。
白い向こうから聞こえてくる。私の周りの白いのが、もう溶けない。
もう、うるさいったら。
そうね。わかったわ。少しだけ眠るわ。
春、エアコンの室外機の上に冬を越せなかった若猫が、香箱座りのまま冷たく硬くなっていた。
若猫が目を覚ました。
小さなころ、箱から空を見上げた時に聞いた声が聞こえる。
「おいで」
若猫はするりと飛び上がった。
あら、身体が軽い。寒くない。
周りを走り飛ぶ。
雪解けの中、何とか冬を越せた猫にそうでないもの。
ああ、私ってこんなに狭い場所に居たのね。
そこは空き建物の1階の庭だった。
こんなところじゃ大人に負けちゃうわね。
ちょっかいをかけていた雄猫の鼻先を通ってやった。
雄猫は鼻を上げてスンスン風の匂いを嗅いでいた。
電線のカラスたちには逆風になって羽を逆向けてやった。
驚いてギャーギャー鳴いている。
おっかしい。
そうして、くるくる回って笑いながら空に昇った。
不満はないわ。一生懸命に生きたもの。
でも、次は温かい場所でたくさん撫でられたいわ。
彼女は涙ひとつこぼすことなく、太陽に吸い込まれていった。
そして、空が、風がいうのだ。
「生きなさい」と。
次の生が温かなものであると良い。
空も風も太陽も、願っても何の約束が出来ないことを
命を慈しくむも、憐れんでいた。
雪国では、雪解けの時期になると、室外機の上に香箱座りで冷たくなった猫を時折見かけます。
もっと生きたかったろうに。次は温かい場所に産まれてくるんだよと願いを込めて書いてみました。