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HIPHOPブーギー  作者: 純一郎
12/14

夢のカケラ

 流石のNET社会。俺がフリースタイルバトルできなかった映像は次の日にYOU TUBEにアップされた。当然レコード会社の人間が削除したが、B‐BOY PARKに出てたって経歴も相まってすぐに噂は広まった。それくらい有名になってたって事だが、TVやラジオの出演後の出待ちのファンの中に混じって俺を詰る奴もちょくちょく現れる様になった。

 「おいワールド。俺と勝負しろよ」

 「フリースタイルもできねえでラップしてんのか?」

 バッチリ耳には入ってきたが俺は言い返す事はできなかった。プロデユーサーの今井に禁止されてたし、何よりも俺がそんな気にはなれなかった。

 WAVとしての活動。その為にHIPHOPを忘れていた事実。もう何が正しいのかわかんなくなってた。

 「気にすんな。あんなの売れてない奴らの妬みだ」

 バイブは俺にそう言ったが、気にしないわけにはいかない。何せ愛している世界にいる奴らにDISされてたんだぜ?

 それでも仕事は順調そのものだった。アルバムは大ヒットして、取材、テレビ出演も毎日のようにオファーがあった。アルバムのインストアライブも満員だったし、雑誌とかの表紙にもなった。武道館ライヴまでは後一カ月を切っていた。

 そんな折に、今井から次のアルバムの制作に入ると告げられた。正直休みたかった。武道館が終わったらしばらくは何もしたくなかった。さすがに疲れてたんだ。

 「武道館後に延ばせないですか?」

 バイブが俺の状況を見かねてそう進言してくれた。しかし、今井も吉田も岡本もそれを許してはくれなかった。

 「それは君達の寿命を縮める事になる。プロモーションへの予算も昔と比べると減っている。そんな中で露出を減らしたらすぐに消費者の記憶から新人の君達は消えてしまう。話題性を失ってはいけない。僕達が作っているのは消費される音楽なんだ。市場が枯渇しない様に常に与えなくてはならない」

 そう言うだろうと思った。俺達の曲は確かに売れた。だけど百万枚売れたわけでもなかったし、主はダウンロードだった。言い分としては間違いない。パッと出の新人が休んだら確かに忘れられる。

 「大丈夫。やりますよ」

 俺はバイブを制して言った。逃げ道はないんだ。やるしかないって自分に言い聞かせて。


 早速家に帰って作詞を始めた。だけど全然だめ。言葉が湧いてこない。誰かの為に書くリリック。最初は新鮮さがあった。周りの人間の喜ぶ顔を見る事はモチベーションになった。けど、ある程度その目標が達成されてゴールを感じた時、それ以上に書く事が浮かばなかった。

 いや、書こうと思えば書けたんだ。前のアルバムと同様にありそうな言葉を並べる事はできた。だけど、そこに気持は入らなかった。誰かの為にじゃない。それは売れる為の詩だと気付いた。

 初期衝動は嘘ではなかった。愛だ恋だ夢だ。求められるなら、俺は自分の中ら絞り出して書こうと思った。それにあの時は気持ちが乗っていた。

 俺はこの時、自分の為に書きたくなってたんだ。ライヴへの新人の乱入。飛ばされるB‐BOYからのヤジ。すべてはショックではあったが、その中でHIPHOPへの衝動、自我が蘇っていた。

 だけど、それをやる事が今の地位を失くす事であるのもわかってた。まだHIPHOPが受け入れられる土壌はできていない。そして会社のスタッフも、WAVのファンもそんなもん求めてないってな。完全な板挟みよ。

 「武道館。お父さんもお母さんも来るって」

 姉ちゃんがいつも通りノックしないで部屋に入ってきて言った。俺はノートを見つめながら途方に暮れてた。

 「え?」

 「だから、武道館お父さんもお母さんも来るってさ」

 「そう」

 正直そんな事どうでもよかった。両親とはここ数年会ってなかった。まあ、別に嫌いってわけでもなかったが、それぞれ別のパートナーもいるみたいだし小さい頃からそんなんだったから特別な思い入れもなかった。ま、せっかくだから招待しただけだった。

 「すごい喜んでたわよ。あんたをテレビで見る度にまわりに自慢してるって。そうだ、サイン頼まれてたんだ。色紙置いておくから書いといてよ」

 「ああ」

 「ちょっと、あんた聞いてんの?」

 「聞いてる」

 「疲れてるの?」

 「いやあ。そんな事ないけど・・・なあ、俺やめよっかなあ。WAV」

 「はあ?なんで?あんた今やめたらプーじゃない」

 「そうなんだけどさあ。なんかなあ」

 「まあ、別にやめたければやめれば?」

 それはけっこう意外な一言だったな。俺は姉ちゃんが一番喜んでると思ってたから。

 「いいの?」

 「いいわよ。あんたがやりたい事やんなさいよ。私は弟が有名人なのは嬉しいけど、そこまで特はないからね。ま、そのかわりちゃんと働いてもらうけどね」

 おいおいって思ったな。俺がデビューを決めたのは姉ちゃんの為っつーか、喜ばせたかったのがでかかった。安心させたいってな。なんか拍子抜けたね。

 「でも・・・」

 「でも?」

 「武道館はやんなさいよ。決まってる事をキャンセルするのは失礼よ。それに、一回くらいお父さんとお母さんにいいとこ見せなさいよ」

 「いや、まだやめるって決めてるわけじゃないけど」

 「あっそう。どっちでもいいけど」

 自分のやりたい事・・・突き詰めるとそうなる。近くの人を喜ばせる。その目標はある程度達した。じゃあ次は?

ホントは見えていたんだ。それに気付きながら俺は手に入れたものを失って、また元の生活に戻る勇気がなかった。


 スタジオには微妙な空気が流れていた。セカンドアルバムのレコーデイング。三枚目のシングルになるはずの曲。バイブは流行りのエレクトロビートを使った軽快なトラックを用意してきた。今井は即決でその曲を気に入り、すぐにレコーデイングって話になった。

 話題性を考えて女シンガーをフューチャーしようって事にもなった。VEX RECORDS一押しのKANONって言う十八歳のシンガーよ。

 彼女がサビのメロの歌詞を考え、俺がラップ部分を作る事になってた。だけど当日になっても俺は詩を完成できなかった。心が迷いの最中にいたからだ。メジャー一辺倒にも、HIPHOP一筋にもなれない中途半端な気持ちの中でライムの置き場所を見つける事ができなかった。

 思い切って、ガンガンHIPHOPな詩を書いてやろうとも思った。だけどそんなん、今井に許されるはずもない。だったらまたスゲーメジャーな詩を書いてやろうとも思った。

だけど、それはそれで前みたいに言葉が出てこなかった。俺は何を書いていいのか全然わかんなくなっちまってた。

 「おい。ワールド。お前もう天狗か?」

 白紙の俺のノートを指差して今井は呆れたように言った。

 「一曲目からこれじゃあ、アルバムがいつできるかわからないな。もっと気合入れろ。ファンが待っているんだぞ」

 そんな事はわかっていた。俺だって言葉を紡ぎ出そうと必死だった。自分達のファンが求める詩。それを書かない事には俺らの未来はない。

だけど、出てこなかった。ただ求められるものを書く事がホントに正しいのか。それは自分の本当の気持なのか。嘘をついてる事にならないか。

HIPHOP界からのDISが何かが違うと俺に問いかけてきていた。

 「わかっています。少し時間をくれますか?彼女のレコーデイングから先にお願いします」

 KANONはすでに詩を完成させていた。フライガールとは言えねえ、ちょっとギャルっぽいシンガーよ。雰囲気はあったな。彼女が書いてきたサビは男女の恋のすれ違いをテーマにしていた。俺はそこによくある男の言い分ラップをのせる予定だった。


 すれ違いが切なさを加速させる 


 君にとても会いたくてしょうがない


 わかってよこの気持ち わからないの?


 夢の中でもずっと待っているよ


 なかなかやるシンガーだって思った。いや、KANONの声や詩が俺に響いたわけではなかった。歌唱力で言えば並。今さらだが、やっぱ明子の方が上手いと思った。

 俺が関心したのはそんな事ではなかった。その歌詞の商業性よ。冬にリリースされる事を前提とした雰囲気。誰もが共感しやすい優しい言葉。こいつは十代のくせにバッチシ売れる事を考えているって思った。俺と違って迷うことなく淡々と言葉を歌にする姿はベテランかと思える程だった。

 「なあ、どんなラップをのせて欲しい?」

 休憩中、俺はKANONに聞いた。彼女の詩が先行の曲だからなるだけそれに合わせたものを書いた方がいいと思ったんだ。したら、KANONはスゲー冷めた表情で言った。

 「どんなって。そんなのもわかんないんですか?よくある事を書けばいいんですよ。切ないとか、冬に出すんだから寒いとか。あとは君を待ってるとか。ようするに、恋のあるあるネタですよ」

 なんだこの十八歳はって思ったね。こいつは冷め過ぎじゃねーかってな。したら今井も入ってきやがった。

 「何回も言うがな、今の若いコ達は音楽なんて聞かないんだ。ダウンロードとか気軽に音楽を入手できるシステムが確立したくせに、音楽への興味を失くしてる。それは娯楽が増えたからだ。スマホにユーチューブ。金と時間を使いたいと思うものが他にたくさん現れた。そんな中で音楽に求められるのはわかりやすさだ。どっかでたまたま聞いた曲。それが難解だとお友達に話す時にめんどくさいし、共感を得られない。だけどその曲がわかり易ければ共感できてみんなの話題にできる」

 「つまり俺達は、その場一瞬の話題提供の為に音楽を作ってるって事ですか?」

 「そうだ。そこに食い込まない限りは俺達は飯を食ってゆけない。悲しい話だ。だけど、これが現実だ」

 俺はこの先そのスタンスで曲を作ってゆく自信はないかもしれないと思った。ただ一時の会話の為だけに流れるように捨て去られてゆく曲をずっと作らなきゃいけないのか?

 そんなの虚し過ぎると思った。音楽はそんなもんじゃないはずだ。少なくとも、俺が作りたいものは違う。

 簡単な言葉の継ぎはぎだけで言葉を紡ぐのが音楽だとしたら、それは俺でなくたっていいはずだ。誰でも簡単にそんな曲はできる。俺の想いや、考えている事、主張や何かへの批判が必要とされないのならば、個人なんて必要ないじゃないか。

 「現実ですか・・・」

 当然、それが全てであるとは言わない。自らの言葉を紡いだアーテイストが売れる事もまだあるし、何の思いも入ってない音楽はやっぱり売れないし、CDを買う人間だってそこまで無機質な奴らばかりじゃねー。

 だけど実際、俺はそういうものを作らないといけない立場にいる。そしてそれは俺の意図とする場所じゃない。

 俺は無性にあの頃に戻りたくなった。自分の言いたい事を、誰にも邪魔されずに放つ事のできたただの一ラッパーだったあの時代。はは。時代って言う程前じゃねえ。だけど、スゲー遠い世界に自分がいるような気がした。ここは俺の場所なのか?そんな自問自答が頭の中を廻っていた。


 結局俺はその日、詩を完成させる事ができなかった。今井は帰り際「また元に戻りたくなかったら書いて来い」と急かす様に言った。

 帰りのタクシーの窓から、渋谷の街並みが見えた。派手な髪して、細いパンツ履いている奴らが多い。次に多いのは普通のパンピー。B‐BOYはホントに疎らにいる程度。

宇田川町の奥に隠れてるのか?いや、そうじゃねー。やっぱりHIPHOPはまだマイノリテイの文化なんだ。街にB‐BOYが溢れる程、定着していない。そう考えると確かに普通の奴らに届ける音楽を作らないと食ってはゆけない。

 だけど、俺はそんな文化をどうしようもなく愛している。そしてそこに俺らの、恥ずかしい言い方をすれば青春があった。フープラとのバトル。B‐BOY PARK。明子との出会い。あの頃、俺は迷いなくこの街で言葉を紡いでいた。辛くて不安でもあったが、俺らしく生きていた。それが今はどうだ?

売れる為だけに、捨てられるってわかってる曲を誰かも使ってる言葉を利用して書いている。こんなんマジリアルじゃねー。HIPHOPじゃねー。

ヤバいくらい叫びだしたい衝動が沸き上がってきた。全てを捨てて、この街にもう一度飛び込みたい。そんで、思いっきりラップがしたいと思った。煩わしいモンは全部捨てて最初からやり直したいって。

そん時タクシーがスクランブル交差点で止まった。すると、同じ様に渋谷の街を見つめてたバイブが呟いた。

「俺ら、このままやっていけるのかな」

いつも冷静沈着なあいつの弱気な言葉に俺は耳を疑った。

「さあな。少なくとも、お前はやってけるさ。お前のトラックは今井達も認めてるんだ」

「そんなん、どうでもいい。どんなにあいつらに褒められたって、どんなに売れたって、これはHIPHOPじゃないって思いは消えねえ。だけど、この現状は真実でもある」

バイブも迷ってるなんて俺は気付きもしなかった。だけど、考えてみればそれは当然だと思った。あいつには本場の血が流れてる。そんな奴が日本の、しかも媚び売る様な市場の為にトラックを作る事に納得いってるわけがねえ。

「なあワールド。悪かったな。お前ばかりDISの矢面に立たせて。ホントなら俺の方がやられるべきだ。俺がお前を誘ったんだからな」

「バカ言うな。そのおかげで、今の俺達があるんだろ?」

バイブを励ますなんて、俺がビックリだったぜ。

「なあ、今の俺達ってイケてんのかなあ。ていうか、このままHIPHOPできねえのかな」

HIPHOPがこのままできない・・・そんなの考えた事もなかった。

売れて、DISされたって、いつかは戻れるとどっかで思っていた。だけど確かにこのまま進んでいったら一生愛する世界から遠ざかったままで音楽を続けなきゃいけねーかもしんねえ。

想像してみると、マジヘビーな状況だと思った。そんなん、生きてる意味ねーじゃねーかってくらい。

「まさか・・・」

 俺はそう言いながら、遠ざかってゆく渋谷の街並みに後ろ髪を引かれていた。

戻るなら今なんじゃないか。今しか、俺らに戻るチャンスはないんじゃないか。さっき今井に言われた言葉は、何かを暗示していたんじゃないか。

 内側で、少しずつ何かが固まってゆくのがわかった。それは、元々あったのに壊れてしまった強い意志だった。

ゼッテー曲げねえ。失くさねえって思ってたのに、何かの弾みで崩れ去ってしまったモノ。夢の欠片の様なその意思が恐怖と期待と共に少しずつ形になってゆく。

 あとは、ほんの少しの凝固剤を待つばかりだった。

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