第8話
瓦礫の山が動き、黒い巨体に全身に赤い筋が毛細血管のように走った化け物が鎌首をもたげる。
いや、首だと思ったそれは、人の顔が付いた尻尾であった。本当の顔は、巨大な対なすハサミの間に埋め込まれていた。
「“サソリ型”の『アンデッド』。“変異種”です」
ターナーが冷静に分析してくれる。
こういう時、人工知能は役に立つ。薫は恐怖と動揺で冷静に状況分析など出来ないで居た。
『不死人』の“変異種”とは、その名の通り“人型”の『不死人』が何らかの原因で変異し、巨大化し、何かの生物の特徴を交えた化け物である。
今回の“変異種”は、全長四メートルはあるサソリ型の『不死人』だ。尻尾の先には人間の顔があり、凶悪な巨大なハサミとその間の人面がおぞましい正しく化け物だ。
恐らく三科が仕留めそこなった『不死人』が変化したのであろう。
“変異種”に人間的感情など無い。変異の衝撃で人間性は破壊され、ただ破壊と殺戮を求める怪物と化してしまうのだ。
「解析します。十秒下さい」
「十秒も待ってくれるか!」
次の瞬間、サソリ型の『不死人』、面倒だから“スコーピオン”と名付けるが、そいつが薫を目掛けて突進してきた。図体の割りに速いが、『加速』を使うまでも無い。
薫は素早く左横に飛び退き突進をかわすが、スコーピオンは止まらず向かいのビルの一階壁面に激突して破壊した。
瞬間、スコーピオンの動きが止まった。
薫は素早く体勢を立て直すと、『MG42』を乱射し『7.92×57mm対不死人弾』をスコーピオンの巨体に撃ち込んだ。が、弾丸は弾かれるばかりで効果は見込めなかった。
「硬いな、コイツ!」
あっという間に五十発を撃ち切ってしまった。
それを見越したかのようにスコーピオンの尾がゆらりと動き、薫を薙ぎ払うように振るわれた。今度の攻撃は速い。薫は反射的に左腕を防御姿勢に持っていき、『バリスティックシールド』を展開した。
刹那、凄まじい衝撃が左腕を襲った。不可視の盾に亀裂が入り、左腕の骨が軋んだが、何とかその場に留まった。
あの尻尾。人面かと思えば人で言うところの口から鋭い針が伸びている。生身なら、左腕ごと身体を貫かれていたところだろう。
「薫様、あの『アンデッド』の甲殻は銃弾を通す事は出来ません。恐らく五十センチはあるかと」
「有益な情報どうも。で、対策は?」
「『パンツァーシュレック』なら、あの甲殻を破壊出来るかと思われます」
そうこう話している内に、スコーピオンはビルから這い出て薫と対峙した。改めておぞましい容姿をしている。
薫は『バリスティックシールド』を閉じながら『MG42』を量子変換しストレージにしまうと、代わりに『QT-RPzB54“パンツァーシュレック”』を装備した。
これもナチスドイツで使用されていた対戦車ロケット発射器である。八十八ミリ口径のロケット弾を発射する兵器で、命中すれば当時の戦車のほとんどの装甲を貫通する威力があったと言われている。
当時は射手と装填手の二組で運用し、 発射筒に発射薬の電気着火用コードを接続するなど面倒な手順が必要だったが、『QPS』用に改修された『パンツァーシュレック』ではその手順を全て廃止されていた。姿こそ発射時に噴射される燃焼炎を防止する防盾が取り付けられている等、当時のままの姿をしているが、中身は一切異なる最先端のロケットランチャーである。
薫はスコーピオンの尾かハサミが動く前に、『パンツァーシュレック』を構え『88mm対不死人ロケット弾』を発射した。ロケット弾は白い尾を引きスコーピオンの顔面目掛け飛翔する。
命中。
凄まじい爆発と爆音が周囲を震動させる。
「おい、マジかよ…………」
しかし、スコーピオンをほふるには至らなかった。
なんと巨大なハサミを閉じ合わせ、顔面を防御したのだ。ハサミの装甲は一部破壊されているものの、決定打では無かった。
「ターナー、『加速』は使えるか!?」
「リチャージを中断すれば、一度なら」
「十分だ! 加速!」
薫は左手に予備のロケット弾を呼び出しながら、『加速領域』に入った。
丁度、スコーピオンの尾の顔から伸びる針が、まるで弾丸のように射出された瞬間だった。
「Count Start」
『加速領域』に入った刹那、スコーピオンの脇腹を取る位置に移動しながら『パンツァーシュレック』の後部からロケット弾を装填し、一番甲殻の薄そうな部分を目掛けて狙いを定めた。
「これで!」
刹那、『88mm対不死人ロケット弾』を発射。
ロケット弾はスコーピオンの胴体と足を繋ぐ付け根に向かい飛翔し、見事、命中した。凄まじい爆発と共に足の一本が吹き飛び、『不死人因子』を破壊する爆炎がスコーピオンの甲殻内部を蹂躙する。
「3、2、1ーーーーTime Over」
「■■■■■ーーーー!」
スコーピオンはこの世のものとは思えない悲鳴のような咆哮を上げ、その巨体を道路に沈ませた。
「もう一発!」
薫は念のため再度ロケット弾を撃ち込み、完全に沈黙するのを見届けた。
「お見事です、薫様」
ターナーの称賛に薫は溜め息を吐き、「意外と簡単だったな」と強がりを口にした。薫なりのジョークである。面白いかはさておき。