第7話
ドイツ製の武器がほとんどですが、別にナチスが好きという分けではありません。ドイツ製の銃器が好きというだけです。
けど、一番好きなのは『M1ガーランド』なんですよね、これが。
『グロスフスMG42』はナチスドイツで使用されていた軽機関銃である。当時の軽機関銃に比べ『7.92×57mm弾』を毎分千二百発で撃ち出すというずば抜けた発射速度を誇り、被弾した兵士が真っ二つに裂かれる程の威力があった。
『QPS』専用にリメイクされた『MG42』は同様の威力を持つにも関わらず、銃身の過熱対策が十分に取られており銃身を素手で保持していても火傷の心配が無く、マズルフラッシュも抑え目となっていた。
的場薫は左腕に『バリスティックシールド』を展開した状態なので、『MG42』を片手で保持して射撃しなければならなかった。流石に『QPS』で強化された腕力をもってしても『MG42』の発射速度から来るはね上がりを抑制するには多少の工夫が必要だった。が、問題なく射撃する事が出来ていた。
やがて五十発のドラムマガジンを撃ち切った時、難聴気味の薫の足元には薬莢が五十発分転がっているのと同じ様に、三科凛子の身体も無惨な姿となって床に転がっていた。
「お見事です、薫様。射撃システムを『狙撃モード』に切り替え、弾数で圧倒することで逃げ場を無くし対象を殺傷するとは、考えましたね」
ターナーが機械的に称賛の声を上げた。
薫が三科の『加速』に対して取った策は、ターナーの言った通りである。『QPS』のHUDに表示される射撃システムを『狙撃モード』に変更することによって、全感覚を極限まで高める事で高速で移動する彼女の位置を正確に把握し後は進路と退路を塞ぐように『7.92×57mm対不死人弾』をばら蒔くだけで良かった。結果的に逃げ場を無くした彼女は、蜂の巣の如く身体中を穴だらけにして息絶えたのだ。
「こうするしか、無かったのかな…………」
無惨な亡骸となった三科の姿を見下ろしながら、薫はポツリと呟いた。
殺してしまった。
まだ薫と変わらない年齢の女の子を、軽機関銃で蜂の巣にしてしまった。
仕方がなかった。殺らなければ、薫が殺られていた。
だから、これは仕方の無い事なのだ。
そう心に言い聞かせても、胸の内から沸き上がる罪悪感という感情に負けそうになる。
薫が軍のインターンを受けているのは『不死人』の増殖を止める為である。決して人殺しがしたいからではない。
だが、これは『不死人』が関係無い殺しである。
ただ女の子を守りたいが為の殺しだ。
「本当に殺す必要があったのだろうか…………?」
誰にともなく問い掛ける薫。
「薫様の判断は正しい、と私は思います。どの道、あんな能力を持った『ハイヒューマン』を相手に殺さず取り押さえる事は難しい事でしたでしょう」
ふと、ターナーが気になる言葉を口走った。
「ターナー、“あんな能力”ってどういう事だ?」
「はい、軍のデータベースに記録されていた三科凛子の『ハイヒューマン』としての能力の事です」
「具体的には?」
「“接触した『ハイヒューマン』の能力をコピーする”とありました」
成る程、と得心する薫。
三科凛子が“治癒”の他に“高速移動”や“怪力”の能力を持っていたのは、他の『ハイヒューマン』の能力をコピーしていた為であったか。それならば説明が付く。
そこで薫は恐ろしい事に気が付いた。
“接触した『ハイヒューマン』の能力をコピーする”という事は、戸嶋兄弟の能力もコピーしているという事になる。
戸嶋兄の能力は“高速移動”。そして戸嶋弟の能力はーーーー
「ターナー、直ぐに予備のドラムマガジンを出してくれ。今すぐ!」
「はい、しかし、三科凛子は死亡したと思われるのですが?」
薫は疑問を呈するターナーを無視して、『MG42』に新たなマガジンを装填する。
それとほぼ同時に、倒れ伏した三科が咳払いを二三度した。
「薫様。三科凛子の生命反応が回復して行きます」
「分かっている。三科凛子は戸嶋兄弟といつも一緒に居る。ならば兄弟の能力をコピーしていて可笑しい事は無い」
薫は慌てて三科の亡骸から、いや、最早亡骸とは言えないが、ともかく彼女から距離を取った。
すると、確かに死んでいた筈の彼女が、咳き込みながら立ち上がり始めたではないか。
戸嶋弟の能力、それは如何なる傷も瞬時に治す事が出来る“超自己再生能力”である。実験では試されていないだろうが、例え殺されたとしても蘇生する事が出来るという。今、その仮説が証明された。
「ケホッ、成る程、“死ぬ”とはこういう感覚ですか。勉強になります」
立ち上がった三科は、自分の身体を眺めながら呟いた。
そして薫の方へ顔を向ける。
「おめでとうございます、薫ちゃん。私を殺すまで追い詰めたのは、貴方が初めてです。ある意味で私の初めてを奪ったという分けです。誇って下さい」
三科はゾッとする程の綺麗な笑みを浮かべる。
イカれてる、と薫は恐怖で身をすくませた。
「それにしても、容赦無く殺しましたね? そんなに私が憎かったですか?」
三科は小銃のマガジンを変えながら問い掛ける。
まだ戦闘を続けるつもりなのだろう。薫は『MG42』を構えた。
「まぁ、憎まれても仕方ありませんよね。何せ私は、貴方が“サンドバッグ”にされていても無視してただ治療して更に殴れるようにしていたのですから」
その言葉に、薫は「誤解している」と答えた。
「僕は任務に私情は挟まないとは言えないが、私情を挟むとすれば誰かの命が掛かっている時だけだ。人の命、安全な生活を守る事が、軍人として僕が行うべき勤めだと心に決めている。例え憎い相手だとしても、軽々しく人の命を奪ったりはしない」
「薫様…………」
「へぇ、それはご立派なこと。快楽で殺し回る私とは大違いですね。ーーーーあ、という事は、私が貴方の初めての殺人という事になりますか?」
不意に三科は子供のような表情を浮かべた。
薫は黙って頷いた。
『不死人』の命なら数え切れない程奪ってきたが、『ハイヒューマン』を殺したのは初めてだ。
「やった! 薫ちゃんの初めてを貰っちゃいましたね、私!」
喜ぶポイントが今一つ分からない。
そんなに嬉しい事だろうか、と疑問に思いながら、薫は警戒を続ける。
「では、セカンドバージンも貰っていただきましょうか」
来る、と直感的に感じ『バリスティックシールド』を展開した薫。が、予想外の事態が起こった。
「高熱源体出現。上の階です」
ターナーが機械的ながら早口に警告の言葉を告げる。
上の階で高熱源体、というワードだけで、薫には何が起こるか想像が着いた。
「三科さん、逃げて! ここは崩れる!」
「え?」
次の瞬間、何か巨大な物体が天井を突き破って一階フロアに落ちてきた。
凄まじい衝撃と瓦礫の雨が二人に放り注ぐ。薫は窓際に立っていた為、バックステップで逃げるだけで良かった。が、フロアの一番奥に居た凛子は逃げ遅れ、瓦礫の山に埋まってしまった。何せ四階分の瓦礫である。いち早く『加速』を使っていれば逃げられただろうが、行動が遅れてしまった分、逃げ遅れてしまったようだ。
「三科さん!」
外に出た薫は、瓦礫の山に向かって叫んだ。
しかし、返ってきたのは三科の声ではなく、地獄の底から唸るような咆哮であった。
化け物が現れたのだ。