第4話
現場への移動手段は専用のビークルで、と言いたいところだが、まだ完成していないらしく軍用ジープでの移動である。
勿論、未成年の薫は免許など持っていないので、駐屯地の兵隊さんに運転して貰っている。もっとも、薫は駐屯地のどこの部署の兵士にも好かれていない為、会話など全く無いが。
さて、現場は廃墟となった雑居ビルだった。周辺に野次馬が居ないのは、警察がこの辺りを立ち入り禁止にしているからだろう。
既に戦闘が始まっているのか、中から銃声が聞こえてくる。
「一足遅かった様ですね」
ジープを降りた直後、ターナーが無感情に言った。
「『QPS』を起動する」
「了解。『QPS-P03』量子データから実体へ変換。装着者、的場薫二等兵。ーーーー各システム、オンライン」
コンセプト通り瞬時に『QPS-P03』が展開装着され、薫はカウボーイの出で立ちとなった。
「ターナー、『シュマイザー』を頼む」
「了解」
瞬間、薫の右手に光が収束し『QT-MP40』が装備された。
二度目となるが、この短機関銃は第二次世界大戦当時のナチスドイツが主力短機関銃として使用していた『MP40“シュマイザー”』を現代風にリメイクして量子変換に適応出来るようにしたもので、『QT-MP40』という。今回はサウンドサプレッサー無しである。
因みに『QT』とは『Quantization Tactical』の略称だ。
「建物内をスキャン。銃声は四階からです」
「了解。ーーーーイチさんには悪いけど、取り回しを考えると『シュマイザー』が一番無難なんだよね」
「近接戦闘が予想されますからね」
薫は『MP40』のコッキングハンドルを射撃位置へ持っていくと、表の階段に足を掛けた。
銃声が聞こえている以上、戦闘状態な事もあって、その行動はゆっくりであった。一階一階をチェックし、『不死人』が居ないことを確認しながらの行動なので、亀のように鈍かっただろう。
やがて三階を過ぎて四階へ向かう階段へ足を掛けたその時、階上からドタバタと音を立てて誰かが降りてきた。
「『連邦日本軍』だ! 止まれ!」
三階と四階を繋ぐ階段の踊場で、その女子生徒は立ち止まった。
「撃たないで! 私は『アンデッド』じゃ無い!」
女子生徒はこの辺りの私立高校の制服を着ていて、泣きじゃくったようにメイクがぐちゃぐちゃになった酷い顔をしていた。
薫は直ぐ様「ターナー、スキャンしろ」と指示を下す。するとターナーはサングラスに備えられたレーダーで女子生徒のスキャンを始めた。
「陰性反応。この方は『アンデッド』ではありません」
その報告を聞いた薫は、危うく罪の無い市民を銃殺するところだったと肝を冷した。
薫は『MP40』の銃口を下げると、もう一度「『連邦日本軍』の者です」と身分を明かした。
「助けて! このままじゃ、私、殺されちゃう!」
「兎に角、落ち着いて。さぁ、こちらへ」
そして動転する女子生徒を三階のフロアに入れてやり、壁際で座らせた。
「何があったか、説明出来ますか?」
薫はバックパックから水筒を取り出すと、蓋を開けて女子生徒へ渡す。彼女は震える手で持って、水を一口含んだ。
そう言えば銃声が聞こえなくなっている。が、この場合は民間人の保護が先だろうと勝手に判断した。
「わ、私ら、先輩に“最高にブッ飛べる薬がある”って言われて、ここに来たの…………。で、何か変なオッサンが居て、そいつが“赤い液体”の入った注射器を私らに渡して…………」
“赤い液体”とは『RED SHOT』の事だろう。
『RED SHOT』とは、最近ここ日本で流行りだした新型の麻薬で、使用者に多幸感やら何やらを与える薬だ。ただ副作用として、人間としての生が終わり『不死人』としての死が始まるのだ。
先日、取引現場を押さえたというのに、まだ出回っているのか。
「それで、どうなったんですか?」
聞くまでも無いが、一応確認せねばならない。
「皆、ブッ飛んでた。もう今までに無い以上に。そしたら、急に可笑しくなって、肌の色が死体みたいになって、目の色も赤くなって…………」
『不死人』の特徴と一致している。
「私、薬ヤるの初めてだったから、怖くて…………隅っこの方で震えてたんだ…………そしたら、あの女が来て!」
「あの女?」
「凄く美人で、でも何か銃とか持ってて! それで何だろうって見てたら、急に友達を撃ち始めて、それで!」
「オーケー、落ち着いて下さい。大体状況が呑み込めました」
この女子生徒が言う“女”というのは、咲浪大佐が言っていた『ハイヒューマン』の事だろう。
察するに、事前警告無しに『不死人化』した友人を射殺し、ディーラーであるオッサンと銃撃戦となったのだろう。
素人が目にするには、刺激が強すぎる内容だ。
「薬は? まだ持ってますか?」
「に、逃げる時に捨てて…………」
「懸命な判断です。あれは“悪魔の薬”です。持っていて良いことは無いでしょう」
『RED SHOT』は普通注射器で摂取する物だが、経口摂取や皮膚からの摂取も可能なので、持ったまま居るのは不味い。もし容器が割れたりしたら、誤って摂取してしまうかも知れない。
「ねぇ、早く逃げなきゃ! 私、殺されちゃう!」
「大丈夫です。恐らくその女性も『連邦日本軍』の兵士です。『不死人』で無い限り、殺される事はありません」
「本当…………?」
「えぇ、ですから落ち着いて下さい」
薫の言葉に安心感を得たのか、女子生徒は深く溜め息を吐いた。
しかし、それにしても警告無しに発砲とは、やり方が野蛮過ぎる。
確か“新兵”と言っていたか。初陣で緊張して焦ったのだろうか。
そんな事を考えていると、不意にターナーが「薫様、四階より誰か降りて来ます」と口早に言った。
薫は女子生徒に待つよう伝えると、『MP40』を持って階段の方へ向かう。
確かに階段を踏み締める足音が聞こえて来ていた。