第3話
日課は朝だけで、昼休みや放課後は暴行を受ける事など無い。
何故なら、昼休みは戸嶋兄弟は何かの研究に駆り出されて教室には居らず、放課後は三科凛子とのデートやら何やらでこちらに構おうとしない。本当に朝だけの、意味の無い暴行である。
いじめとはそう言うものなのだろう。
さて、的場薫も放課後は忙しい。
何せ『人類統一連邦政府日本軍』のインターンがあるからだ。
インターンの内容は極めてシンプル。
コンセプトは“『ハイヒューマン』に頼らず『ハイヒューマン』並みの戦闘を行えるパワードスーツを造る”である。
その試作機が『QPS(Quantization Powered Suit)』である。
「おはようございます」
軍の駐屯地に設えられた『QPS』の研究室を訪れた薫は、狭苦しくて薄暗い部屋の中でパソコンとにらめっこをしている三人の女性へ挨拶をする。
「おう、薫! ちょっとこっち来いよ!」
入室早々、挨拶も無しに薫は一番手前で作業をしていたボーイッシュな印象を受ける女性に声を掛けられた。
女性の名は一ノ瀬優といって、主に武装関係を担当している。
「どうしたんですか、イチさん」
「見ろ! “ヒトラーの電動ノコギリ”を量子化してやったぞ!」
そう言ってパソコンの画面を指差すと、量子変換されデータ化された『MG42』が表示されていた。
「口径は七・九ミリでドラムコンテナ型のマガジンを搭載した第二次世界大戦当時のままの機関銃だぜ! 手間掛かったぁ」
正直言って、プロジェクトメンバーである薫は物質をデータ化する技術を全く知らない。機密漏洩を防止するため、正規軍でない薫には一切知らされてないのだ。だから、『MG42』をデータ化するのにどれ程の苦労があったか共感する事は出来なかった。
ところで、何故、最先端の兵器ではなく第二次世界大戦当時の武器を量子化しているのかと言うと、ただ単に一ノ瀬優の趣味であることは否めない。いや、絶対に趣味である。
この前も『MP40“シュマイザー”』を武装に追加していたところを見ると、どうやら彼女はまだナチスがドイツを牛耳っていた頃の武器が好きなのだろう。
まぁ、薫としては“撃って狙った所に当たれば”何でも良いので、文句は無かった。
「次は『Kar98K』を狙撃銃として組み込むぞ!」
「はぁ、そうですか」
「何だよ、ノリ悪いなぁ」
「いや、あれって木材と鋼鉄の小銃でしょ?」
「ははぁん、信頼性を心配してるんだな? だが、そこは大丈夫だ。何せ俺が直々に造り上げるんだからな」
自信満々に女性らしい胸を張る一ノ瀬優。
造り上げるとは小銃を自分で、という意味だろう。そこはかとなく不安が募る。
「薫、ちょっとこれを着けて見てくれないか?」
一ノ瀬優と話し込んでいると、部屋の一番奥で作業していたポニーテールの女性が声を掛けた。
彼女は天真時雨と言って、『QPS』その物を造り上げた技術者だ。
そもそも『QPS』とは、強化外骨格つまりパワードスーツを量子変換して携帯端末で持ち運びが出来、有事の際に高速展開し瞬時に装着出来るよう造られたハイテク装置である。
そんな技術の最先端を行く装備をたった一人で造り上げた技術者は、意外と若くまだ二十代前半の印象から言えばサムライと言った感じの人物である。これは因みにだが、胸の大きさは三人の中で一番大きい。
「時雨さん、これ何ですか?」
「“グラップル”だ」
そう言って渡されたのは、手甲に着けるマジックハンドの先っぽだけのような代物だった。
「まだ完成率七十パーセントで使い物にならないが、貴様の腕に合うかどうか試したくてな」
言われるがままに、薫は“グラップル”を右手の手甲に付けた。が、「逆だ」と怒られた。
「それは左手用。右手は別の装備を考えてる」
「“電動ノコギリ”とか“グラップル”とか、どんどんカウボーイから遠ざかってませんか?」
「気にするな。元々、コンセプトのカウボーイは貴様の『適性銃器』に合わせただけだからな」
そんな事を話ながら、薫はグラップルを左手甲に装着する。
「どんな具合だ?」
「少し重いですね。後、左手の動きがこのマジックハンドみたいな部分に邪魔されます」
「ふむ、やはり手甲に着けるのは得策ではないか。これは一から練り直しだな」
「へ? 七十パーセントも完成してるのに、ですか?」
「当たり前だ。現場で使い物にならない物を造っても、それは科学者の傲慢でしかない。現場が役立つ物を造ってこそ、初めて科学者は科学者になれるのだ」
よく分からない持論だが、実際に装着する薫には有難い話だった。
「薫、ターナーが呼んでる」
時雨の作業を眺めていると、部屋の中央付近でパソコンと向き合っていた女性が薫を呼んだ。
この褐色肌をした小柄でスレンダーな女性はクララ・クラーク・クランと言って、『QPS』に搭載されている“AI”を造った技術者である。彼女は元々“アンドロイド”のAIを作製するプロジェクトに参加していたらしいが、ヘッドハンティングされてこっちに来たらしい。ここだけの話し、こっちの方が仕事がしやすいとか。
薫はクララに挨拶しながら、彼女の手繰るパソコンのディスプレイに浮かんだ“顔の無い女性”に「やぁ、ターナー」と声を掛けた。すると、「ごきげんよう、薫様」と答えた。
「今日の予定を教えてくれ」
「了解。ーーーー本日はこれより一ノ瀬技術少尉が新たに搭載した装備のテストを行います。一七〇〇時までにアリーナへ向かって下さい」
「新装備って、『MG42』の事?」
「はい、量子変換から実体化までのプロセスの確認と、その後の試射もあります」
「了解」
ターナーは薫の事をあらゆる面で補助してくれている。主に駐屯地に居る間のスケジュール管理等だ。
戦闘に於いても彼女無しでは『QPS』の真価を発揮する事は難しいだろう。何故なら、『QPS』はカウボーイをモチーフにしているとは言え、多岐に渡る装備が施されている故に全てをマニュアル操作出来ないのだ。彼女の補助あってこそ、戦闘が成り立つと言える。
「いや、全ての予定をキャンセルしてくれたまえ」
不意に入り口から声がしたかと思うと、クララを含む全員が規律して敬礼をした。薫も倣い敬礼する。
入り口に居るのは我らが“大君主”、咲浪霧也大佐であった。
白髪なれどまだうら若き大佐は、『QPS計画』の立案者にして直接の責任者で、名前の通り『咲浪学園』の学園長である咲浪権蔵のご子息である。
「やぁ、的場くん。今日も派手にいじめられていたそうだね。全く、我が父ながら嘆かわしいよ。たかだか数十億円の企業グループに頭が上がらないとはね」
薫はこの大佐の事が苦手であった。
人が隠したい事、忘れていたい事を思い起こさせるこの大佐が、どうしても好きになれずにいた。
ほら見たことか。
大佐の暴露でプロジェクトメンバーの三人の女性から同情の目が向けられている。クラスに居る時と同じだ。皆、見て見ぬふりをする癖に、一丁前に同情の目は向けてくる。
それがどれだけ辛いことか、本人達は分かっていない。
「おっとと、話が逸れたね。総員、これより戦闘準備をしてくれ。街で『アンデッド』の反応が検知された。既に『ハイヒューマン』が一人向かっているが、どうも新兵らしくてね」
「我々はその『ハイヒューマン』の援護をしろ、と?」
「その通りだ、天真中尉。可能なら『アンデッド』を撃破して良い。出撃はこれより五分後とする。以上、質問は? ーーーー一ノ瀬少尉」
「派手にぶっぱなして良いんすか?」
「現場は街の中だ。建物を壊さない程度なら構わない」
「なら“電動ノコギリ”の出番だぜ、薫!」
「ははっ…………」
「他になければ、早急に出撃準備を整えてくれたまえ。以上、解散!」
再び全員が敬礼すると、咲浪大佐は研究室を出ていった。
さて残された人員は早速戦闘準備を始める。
「薫様、街中で軽機関銃の発砲は控えるべきかと」
「分かってるよ、ターナー。臨機応変に対応するさ」
薫はターナーの懸念に答えながら、スマートフォンを薄くしたようなデザインの端末を手に取り、左手首に巻き付ける。
「薫、気を付けて」
「『ハイヒューマン』に手柄持ってかれんなよ!」
「私の『QPS』の実力、見せてやってくれ」
それぞれから言葉を貰った薫は、一度全員に敬礼し研究室を出ていった。
『QPS-P03』とは、『QPS』の試作3号機という意味である。
試作1号機、試作2号機と違って、試作3号機は的場薫専用として開発された『QPS』だ。