第9話
「薫様、何をされているのですか?」
ターナーの疑問に、薫は「人助けだ」と答えた。
的場薫は今、崩落した雑居ビルの瓦礫撤去に精を出していた。目的は三科凛子を助ける為である。普通なら死んでいるだろうが、彼女がコピーした“超自己再生能力”があれば希望はあろう。
スコーピオンは完全に沈黙していた。
至近距離で二発も『不死人因子』を破壊するロケット弾を食らえば、流石に死んだであろう。元々死んでいる『不死人』に死んだというのも不自然な話だが。
「差し出がましいようですが、三科凛子はこのまま瓦礫に埋もれている方が良いと考えます」
「本当に差し出がましいね。理由は?」
「瓦礫から抜け出し回復した三科凛子は、再び薫様を襲う筈です。弾薬を消耗した今、戦うのは得策とは思えません」
ターナーの指摘はもっともだった。
確かに瓦礫から救出された三科は、回復し次第薫を襲うかも知れない。先程のスコーピオンとの戦闘で弾薬を消費した薫に、勝ち目があるかどうか分からない。それでもーーーー
「それでも、助けられる命があるなら、助けたいんだ」
「薫様ーーーー」
「分かってる。これは僕のエゴだ。それよりターナーは駐屯地のダメージコントロール班に連絡して、あれの片付けやらの手配をしてくれ」
「私は人工知能ですが、今、私は薫様に呆れています」
ターナーはそう言うと、わざとらしく溜め息を吐いた。人工知能らしからぬ挙動である。
薫は気にせず、せっせと瓦礫を撤去する。
「分かりました、好きにして下さい。駐屯地には私から連絡しておきます」
「悪いね、ターナー。頼んだ」
薫は苦笑した。
確かに馬鹿げた行動である。
つい数分前まで殺し合っていた敵を、今はいつ完全に崩れるか分からない瓦礫の山の中で助け出そうとしている。偽善にも程がある。
けど、自分で言うのも何だけど、これでこそ的場薫なのだと思う。今、目の前の命を見捨てるようでは、薫は薫で無くなってしまうのだろう。そんな予感があった。
「あ、見付けた」
どれくらい掘り進めただろうか。
ようやく三科凛子の、その体の一部を発見した。左手である。
薫はその手を取ると、力任せに引っ張った。もしかすると肩の骨が外れるどころか、悪くすれば腕が千切れるかも知れないが、お構い無く引っ張った。
すると、まるでところてんを押し出すかの如く、小気味良く三科の体が瓦礫から抜け出した。
「生命反応、完全に停止しています。暫くすれば回復するでしょうけど」
「そうだね。取り敢えず安全な場所に運ぼう」
薫は三科の体を抱き抱えると、雑居ビルから退避した。
そして数メートル離れたところで、彼女を道路に横たえた。
三科の状態は、酷いものだった。全身に、それこそ頭から足に掛けて瓦礫の屑が突き刺さっており、見るも堪えない姿であった。
それも今だけだろうが。
「ーーーー回復しないな?」
「回復しませんね?」
数分待って見たが、三科の傷は癒えず意識を取り戻す事も無かった。生命反応も停止している。
先程は数十秒で回復したというのに、可笑しな話だ。
「ターナー、原因は何が考えられる?」
「暫くお待ち下さい。関連文書を調べます」
そのまま待っているのも何だったので、薫は三科に刺さった瓦礫の屑を抜く作業に移った。
“超自己再生能力”を持っていても、痛覚は人と変わらないらしいので、死んでいる今のうちに抜いた方が痛みが無くて良いと考えての行動だ。言わなくても分かっている。馬鹿らしい事は百も承知だ。
「分かりました、薫様」
「何だ?」
「“自己回復能力”を持つ『ハイヒューマン』も、脳への致命傷は治せないとあります。何か彼女の頭部を損傷させる物がありませんか?」
「脳を損傷させる物、ねーーーーこれかな」
三科の頭をひっくり返して見ると、後頭部に鋭い瓦礫が突き刺さっていた。
薫が瓦礫を抜いていたのは足の方からだったので、今まで気付かなかった。
早速、その瓦礫に手を掛け引き抜いて見た。
すると、十秒もしないうちに三科は咳き込み始めた。
「成功だな」
「はい、同時に弱点も判明しました」
確かに、殺しても死なない人間を殺すには、頭を狙えば良いという事が分かった。
対『ハイヒューマン』戦闘の折りに役立つだろう。けど、そんな状況はごめんである。
「ここは…………? あら、薫ちゃんではありませんか…………?」
「元気そうで何より」
「私は…………そう、死んだのですね。そして貴方に助けられた」
三科は体を起こし立ち上がると、フラフラと歩き出す。薫はその姿を佇んだまま見ていた。
「まぁ、概ね合ってる」
「あの“変異種”は? 薫ちゃんが殺ったのですか?」
三科はスコーピオンを指差す。
薫は「うん、まぁね」と答えた。
「私としたことが殺しそこねた『不死人』が居たようですね」
「全くだ。適当な仕事して」
「ふふっ、ごめんなさい。ーーーー貴方には借りが出来ましたね。大きな借りが」
別に貸し借りで助けたわけでは無いのだが、と言おうとして、ふと良い考えが過った。
「そう思うなら、あの女の子を殺すのはやめてくれ」
「それは…………保証出来ますか? あの子が本当に二度と『RED SHOT』に手を出さないと」
「彼女は酷く怯えていたし反省もしていた。警察でこっぴどく叱られるだろうし、大丈夫だろう」
薫の言葉に三科は暫く考え込んだ。
自分の事を“快楽で殺す”と言っていたが、彼女なりに『不死人』が蔓延しないよう考えているのだろう。薫とは決して交わらない方向だが。
「ーーーー分かりました。貴方を信じてみましょう。けど、彼女が今度もし『RED SHOT』に手を出したならば、容赦無く殺します」
「あぁ、分かった。これで貸し借り無しだな」
「いえ、この程度では借りを返しきれたとは言えません。まぁ、返し方は色々ありますので、楽しみにしていてください」
そう言って三科は不適に笑った。
背筋が凍り付くような感覚に襲われたが、恐らく厄介な事になるのは間違いないだろう。薫は溜め息を吐く。
「薫様、もうそろそろダメージコントロール班が到着すると思われます」
ターナーが告げた直後、道路の向こう側からトラックやら輸送機やらが列をなしてこちらに向かって来るのが見えた。
「長い実地試験だったな」
薫は今回の事件を締め括るように、もう一度溜め息を吐いた。