8話 仮面のメイド
「ここいい場所ですね。なによりお酒がおいしい」
メイドは言った。
その姿は飄々としていて、敵意は伺えない。
この女は何なんだ。
何が目的だ。
殺意はあるのか。
そういえば-と彼女は思い出したようにわざとらしく言った。
「外にいた獣人の女の子は、あなたの娘なのでしょうか?」
「お前、リンゴをどうした!?」
リンゴの名前を聞いた瞬間、俺の頭は錯乱していた。
体の痛み、現状況の打破を考えていた脳は一切の思考を停止した。
心臓が握りつぶされるような感覚と恐怖が全てを支配し、吠えた。
メイドは笑う。
彫刻のように作られた顔は俺の恐怖を一層煽る。
「安心してください。彼女はこちらです」
そういうと、おもむろにスカートをまくり上げた。
足首まで伸びる布の中にはリンゴがいた。
リンゴと目が合うと、彼女は一目散にこちらに駆け出し俺の背中に隠れた。
「よく懐いていますね。いい信頼関係です」
「それはどうも。それであんたは何者だ」
「その質問は筋違いですね」
「なに?」
メイドはつまらなそうな顔をして拳銃に弾を詰め込む。
俺たちを殺そうというのではない。
ただ、手元が退屈で暇つぶしをしているようだ。
「人間であれ魔物であれ、多様な仮面をつけて生きています。その仮面の一つを尋ねたところで仮面は仮面でしかなく、絶対に顔へは辿り着かないわけですよ。そういう意味では、あんたの素顔は何だ、と尋ねる方がまた正解に近いですね。まぁ言葉は仮面を通して発せられるので結局顔へは届かないわけですが」
要するには教えない。
ただそれだけのことか。
分かるのはコイツがただのメイドではないということだ。
では誰だ。
チェフキンスの弟子か継承者か?
「そう怖い顔をなさらないでください。いずみの魔法師さま」
「・・・まただ」
「はい?」
「いずみの魔法師、俺はそんな銘を受けた覚えはない」
チェフキンスも俺のことをそう呼んだ。
奴も俺をいずみの魔法師と認知した瞬間に目の色が変わった。
意味があるのだ、奴の研究に俺の何かが。
「そうですね、あなたがその銘の意味を知るにはまだ青いでしょう」
「青い・・・?」
「ええ。ただヒントぐらいはお教えしましょう」
「そいつはどうも」
「あなたの現代の魔法技術では絶対に到達できない異常な治癒魔法にも関係することです。ただ間接的に、ですけれど」
こいつ、俺の治癒魔法のことを知っているのか?
考文字学者でも読解不可能な謎の術式で組まれた治癒魔法。
俺ですら原理を把握できていないのだ。
それに、そもそもここでは治癒魔法を一切使っていない。
なのになぜこのメイドは俺の特異な治癒魔法を知っている?
・・・。
・・・。
・・・。
考えても分かんねぇわ、聞こ。
「俺の魔法のこと、何か知っているのか?」
「いえ何も。『それら』は到底私達が理解できるような代物ではございません。ただ」
「ただ?」
「その力に選ばれたのでしたら、使うのが吉だと私は思います」
チッ。
いちいち裏のある言い方をしやがる。
俺の知らない何かを知っているようだがこれもお教え頂けないようだ。
「今度は私から質問させていただいても?」
「・・・。ああ」
メイドは軽くお辞儀をして、「では」と微笑む。
「スダチ様はこれからどう生きていかれるおつもりですか?」
「どう、というのは?」
「そのままの意味でございます。あなたと家族を魔法に変えた恨みの種チェフキンス・ラブカスはもう死にました。残りの人生、どうお過ごしになられるのかと」
はぁはぁなるほど。
こいつか俺に依頼状を送ってきた奴は。
初めから俺と接触するために仕組んでやがったのか。
ますます気味の悪いメイドだ。
何の為にそんなことしやがったのか、まるで検討もつかねぇや。
ただコイツは勘違いをしている。
俺は別にチェフキンスを殺そうと思って依頼を受けたわけではない。
「別に大したことはしないさ。今までどおり好きに世界を回ろうと思う。恥ずかしながらこの年になって『生と死』『善と悪』が分からなくなってきたもんで学び直そうかと考えている」
そうですか。とメイドは納得したような顔し、
こちらにゆっくりと向かってあるものを受け取るように言われた。
手渡されたそれを見ると、どっしりとした重みを感じる。
「拳銃は初めてですか?」
「ええ。私は貴族の出ではないので」
銃が貴族だけが持てる特権アイテムだ。
銃自体は軍に配備されているのだが、個人の所有は認められていない。
しかし、多額の税を納める貴族だけは特例として所持が認められている。
だから貴族はいつも自慢げに銃を腰元に常備する。
メイドは簡単にだが銃の扱い方、整備の仕方を教えてくれた。
引き金を引くだけで人を殺せるとは、魔法より簡単だなと皮肉ったことを考えてしまった。
「でも、なぜこれを俺に?」
「なかなかスダチ様の考えが面白いので、私の仮面をひとつ貸そうかと思いまして」
「はぁ」
怪訝な顔をしているとメイドは小さな紙を俺へ握らせた。
「この村から南に下って川を越えると水の都ウォータルがあるのはご存じですよね?」
「ええ。ボルカ帝国随一の観光名所ですから」
「その街でこの住所を尋ね、この銃をお見せください。面白い男に会えますよ?」
「・・・。それはいい意味でしょうか?」
「さぁ?それはどうでしょう」
胡散臭いこと極まりないのだが。
得体の知れない女から貰った得体の知れない住所。
子供でも危なそうだと分かる。
ただまぁ、行く当てがあるわけでも依頼があるわけでもない。
「分かりました。行ってみます」
「それがよろしいかと。それと-」
メイドはちらりと腰を下ろし目線を下げる。
嘘くさい笑顔を作りながらリンゴの手をそっと握る。
「リンゴ様もずいぶんと青いようですから、精進なさってくださいね」
「・・・」
こくりと頷く。
彼女の鋭い爪が俺の背中に食い込む。
力んでいるのか、爪が獣化している。
痛い痛い痛い。
爪仕舞ってくんねぇかなぁ・・・。
「ではそろそろ解散いたしましょうか。おふたりは宿にお戻りください。ここで傷を癒やすのは気が気ではないでしょう」
「ええそうします。それで主を殺してしまったあなたはどうするおつもりで?」
「そうですねぇ・・・」
初めて困ったような顔を見せた。
しかし俺は動じない。
これもきっと嘘なのだろう-そう思った瞬間だった。
メイドはそこから消えた。
代わりにそこに立っていたのは
「チェフ、キンス・・・」
線のように細い目。
小太りの体。
白髪頭。
そのすべてがチェフキンス・ラブカスだった。
「この村結構気に入ってるので、もうしばらくいることにします。何よりここがはお酒がおいしいですから。明日はルッシュ君の葬式をするので是非参加してから出発してくださいね」
声までも本人だ。
一体こいつは・・・。
「これが私の新しい仮面ですよ」
最後の最後にトラウマを植え付けにくるとは、全く趣味が悪い。
---
昨日の宿に戻る。
荷物を降ろし、肩の回復を終えた頃には一歩も動けなかった。
生きて帰ってこられた。
その安堵感を自覚すると腰を抜かしたのか全く体が機能しない。
リンゴも相当精神を磨り減らし気疲れしたようすで、
俺にもたれ掛かりながらうとうとと微睡んでいた。
「お疲れさん。ただもうちょっと上手く巻こうな」
「・・・ふあい」
左肩にへたくそに巻かれた包帯。
傷はふさがって大丈夫だと何度も行ったのに無理矢理巻いてくれた包帯。
そのきごちない包帯が帰って日常感を感じさせ、さらに安堵感が加速する。
ドンドンドン
ん?
誰か階段を凄まじい勢いで上ってくるな。
「医者のあんちゃん!!酒持ってきたぞおおおおおおおおおおお!」
「うわああああああああ!!」
いきなりのおっさんの登場にリンゴが飛び上がる。
ドスの聞いた凄まじい声に夢の扉を開けつつあったリンゴが一気に現実に引き戻されたようだ。
おかえり。
「門番んとこのおっさんじゃねぇか」
「俺よおさっき村長とこ行って聞いたんだけどよお・・・ルッシュ坊だめだったんだな・・・」
「ああ、俺の責任だ」
「バカヤロオオオオオオ!」
殴られる-!
と思ったらハグされてる。
ミシミシと骨が軋む。
「村長言ってたゼ!もう声も聞けないと思ってたけど最後の最後にちょっとだけ話が出来るところまでさせてくれたって!!村長言ってたゼ!」
お、おう・・・。
ずいぶんと改変してんなあいつ。
ただまあ。
村長が息子を実験道具にしてて俺等が殺したってなるとあいつがここに住み辛いしな。
妥当な嘘といえば妥当か。
「最後の言葉にありがとう。だとよ・・・。泣かせるなああああああああああ!!」
「あの・・・そろそろ俺の骨が粉末になる前にやめっ・・・!」
「先生お疲れなぁ!ほら酒持ってきたから!リンゴちゃんも、リンゴ持ってきたからァ!」
その後、半ば強制に小宴会が始まった。
おっさんは事前に相当飲んでたらしく、
酒を5,6杯飲み終える頃には寝てしまった。
禁酒はどうした禁酒は。
しかも俺のベッドでしっかり寝てやがる。
宿泊費返せ。
時刻は18時。
日が落ち黄昏となる。
「スダチさん」
「何だリンゴ」
結局おっさんのせいで寝付けず、今度こそ限界が来たみたいだ。
うとうとと振り子のように頭が揺れる。
「・・・私たちっていったい何のために生きてるんでしょうね・・・」
「リンゴはどう思う?」
リンゴは眠い目を擦りながら淡々と話し始める。
ゆっくりと自分の考えを纏めながら。
「・・・もう何も分からないです。・・・いつもどこかに傷ついている人は必ずいて、中には死ぬことを選ぶ人もいる。・・・そもそも死ぬって何でしょうか?死が救いなら初めから生まれてくることに意味なんてないはずなのに。・・・もう、何が正解で何が間違いか分からなくなりました・・・」
窓からは気持ちのいい夜風が火照った体を撫でる。
その風は俺とリンゴの意識を乗せてまた外へと飛び出していく。
「・・・俺にもさっぱりだ。ただ・・・そうさなあ。いい機会だ、ゆっくり世界を回って、世間で言われる正義とか悪とか世界の真理とか正解とか不正解とかに触れて、時には実践したりなんかしてさ、自分の中に通るぶっとい芯ってやつを探そうと思うんだ。なあリンゴ、お前もそのクソみたいな旅に付いてきてくれるか・・・?」
リンゴは最後に一度こくりと縦に振り子したのを最後に、体ごと俺にもたれかかる。
俺も最後の風が頬を撫でたのを境に、ふと意識が落ちる。
第1章 ヴィーバ村編 完
章完結によりあとがきさせていただきます。
まず最初に、たくさんのブックマーク・評価本当にありがとうございます。
ページを開く度に大変嬉しく思います。
更新速度がゆっくりなため章完結まで時間がかかると思いますが、
応援していただければ幸いです。
さて次回は2章 人形師編です。
こちらでも歪んだ「世界」を提供できればなと思います。
では次の2章完結のあとがきまで失礼します!