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吐血する最強回復魔法師のスローライフ  作者: ぼちゃっそ
1章 ヴィーバ村編
7/17

7話 眠る君に救済を

案内された部屋はやけに魔術的だった。

広い部屋の真ん中にはベットが1つ。

壁四面、天井、床には白い魔方陣が敷かれている。

ベットの上でぴくりとも動かない少年は生贄か。

儀式的な不気味さを感じる部屋だった。


電気はなく、部屋を照らすのは魔方陣の淡い白い光と

カーテンの隙間から漏れる陽の光のみ。

到底人間の暮らす環境ではなかった。


ベットに近寄ってルッシュの容態を窺う。

あまり期待はしない。


「どうでしょうか」


チェフキンスの言った「どうでしょうか」がどういう意味か分からない。

治せそうか?と言う意味か。

酷いでしょうという意味か。

前者ならば「まだ分からない」し、後者ならば「それはもう」と応えるだろう。


ルッシュはミイラだった。

まず彼には右手が亡かった。

右肩には白い包帯が巻かれている。

胸、腹、首。

上半身は皮膚より包帯の面積の方が多いだろう。


しかしそれだけでは状態は分からない。

包帯を外そうと手にかける瞬間、碧の瞳と目が合った。

深い深い碧色の濁った目と。

言葉は発しなかった。口をむっと閉ざしている。


包帯を取り去ると思わず顔をしかめる。

彼の体も魔術的だったからだ。


喉元には緑の光を放つ魔方陣。

緑の魔方陣は回復系を意味する。

式を見てみると酸素を取り入れる術式となっている。

体中に施された術式はほとんどがこれと同じで、

体内に酸素を送る役割のものだった。

あと目立つ外傷といえば、首の側面は青黒く内出血している。


「ここらでよく出没する大凶熊に運悪く首元をやられまして呼吸器官が・・・」

「そうですか」


チェフキンスの話を聞きながら、部屋の白い魔方陣を眺める。

白の魔方陣。

意味するのは移動・振動を司る。


陣の色は最終的に起こしたい効果によって分かれる。

例えば最終的にリンゴを空に浮かせたいのならば、

最終効果を『浮遊』を司る魔法文字にセットすることになる。

魔法文字にはそれぞれ色が付けられており、

『浮遊』の魔法文字は移動系に含まれるので白の魔方陣になる。


と、色によって効果の識別が出来るというのは中等学校レベルの話。

魔法文字種類、効果、式の組み立てと深く掘り下げるのは大学レベル。

とはいえ、文字の効果を暗記し、

研究して歴史の解明や新たな発見に繋げる「考文学」は今や廃れており、

前時代的な奇人変人どもしか研究しない。

今はもう魔法文字の情報を埋め込んだ機械があり、

何度もシュミレーションをして新魔法を生み出す「機文学」の方が一般的なのだ。

なので今の時代魔法文字の効果を頭に入れている人間など極めて少数しかいない。


ただまぁ、前時代的だからこそ発見できることもあるだろう。

そしてその前時代的な発見は意外と役に立ったりするものだ。


「壁の陣はルッシュに何かあったときに知らせるための陣になります」

「というと?」

「ルッシュの声を感じてすぐに私の部屋のベルが鳴るようにセットしてあります」

「息子思いのいいお父様ですね」

「いえいえ・・・」


なるほど。

声の空気振動を察知するためにこれほど大きな陣が敷いてあるのか。

たしかに今の彼の状態だと消えそうな声しか出せなさそうだしな。

果たしてその時が来るのかと問われればNOと言わざるを得ないのだが。


チェフキンスはおどおどと何かにおびえた様子でそわそわとしている。

線のように細い目からたまに現れる瞳が俺に強く問いかける。


はやく治療しろ、と。


「では彼の救済を始めますので、チェフキンスさんは外で待っていてください」


え。

チェフキンスは顔をしかめた。


「こ、ここで見守る訳にはいきませんか?」


首を横に振る。


「ダメです。気が散りますので。息子ルッシュ君のためにも、外でお待ちください。2時間後また、戻っていてください。その頃にはきっと終わっています」

「に、2時間で・・・!」

「はい2時間で十分です。私は最強の回復魔法師ですから」


ルッシュのため、と強く念を押したのが効いたのだろう。

チェフキンスは「それなら」と不満そうに部屋を去った。


これでOK。

2時間あれば仮に吐血して器官を失っても回復できる。

ルッシュを治すこと自体はすぐだが、

自分の回復に時間がかかるのは辛いな。


さて、治しますか。

と言いたいところだが、まだやるべき事が残っている。


「ルッシュ君、耳は聞こえるか?」


細い首が縦に小さく揺れた。

どうやら聴覚は生きているようだ。

ならば結構。


俺は深く深呼吸をし、彼にゆっくりと問いかける。


「君は生と死、どちらを望む」


すべては壊れるようにできている。

彼の体はすでに壊れてしまっている。

この質問は彼の精神が壊れているかを確認する最後の質問。


数分の沈黙の後、俺は再び問いかけた。


「俺は君を助けることが出来る。どっちを望む」


瞬間。

少年は弱り切った左手をゆらゆらと持ち上げ、宙に文字を描く。

マジック・ペイントだ。


数分かけてゆっくりと書かれた文字を確認する。


「分かった。俺は君を救おう」


彼は安堵したように目を瞑る。

心なしか笑っているような気がする。

「何か」から解放されたような、安堵の表情だ。


「リンゴ、道具箱を」

「分かりました」


リンゴはただそう一言返事して、道具箱を持ってきた。

その時の彼女の顔は驚くほど冷静で、躊躇はない。

ただルッシュ君の側でじっと彼の顔を見て、一言だけそっと呟く。


「こういう救い方もあるんですね」


---


コンコン。

ドアの音がする。


ちょうど2時間か。


リンゴは窓から出して待機させてある。

ここからが本当の修羅場だな。

背筋をピンと張り、息をしっかりと整える。


どうぞと返事をするとすぐに、チェフキンスは入ってきた。

目を真っ赤にして早足でベットに向かう。


手が震える。

真っ赤に握られた拳の震えが腕に、体に、頭に。

今にも殺さんばかりの殺気を放った目で睨み付けながら、

ドスの効いた恐ろしく低い声を発した。


「・・・これはどういうことですか?」


それもそうだろう。

もっともな反応だ。

任せろと言っていた回復魔法師が、

息子を「毒殺」していたのだから。


「ルッシュ君の意志により、バイセンカを投与しました」


バイセンカ。

無呼吸状態になり痛みを感じずに死に至る薬。

戦時中、敵に包囲され捕虜にされるのを避けるために開発されたもので、

バイセンカと呼ばれる毒花から抽出した劇薬。

特徴として顔に青紫の斑点が出ることで有名。

第三次ボルカ・アガルータ戦争で初めて使われたもの。

反応が特殊なのでチェフキンスもその薬を知っていたようだ。


ギリギリと歯の擦れる音。

殺意の目。

荒い呼吸。


「ふざけるなァ!!!ふざけるなァ!!!」


左肩に激痛が走る。

顔が歪み、その場にうずくまった。

押さえた肩からは赤黒い液体がどっと外へ流れ出る。


顔を上げるとチェフキンスの手には光る銀色の塊。

火薬の臭いを吐き出しながら穴がこちらを覗いている。

拳銃だ。


バン

バン

バン


足下に3発、銃弾が床を抜けた。

怒りで手が震えて標準が合っていない。


「死を選んだのは彼の意志だ」

「だから殺しただ!?ふざけんなァ!回復魔法師ごときが人間の生死を決めるなんぞ、神にでもなったつもりか!?」


違う。

俺は神なんかじゃない。

人間が、人間如きが同胞の命を奪っていいはずがない。

俺はただの―


「狂人だよ、お前と同じな」


チェフキンスの動きが止まる。


「あの傷は大凶熊の傷じゃない。専門家を騙せるとでも思ったのか?」

「何を言ってる。ではあの失った手をどう説明する。あんなもの魔物でなければ不可能だ」

「超過魔力供給による人体の構造分解」

「それは・・・」

「知らないはずがないですよね。あなたが書いた論文なんですから」

「誰だ、お前は」

「アルンハイムではお世話になりました。チェフキンス博士」


--


第三次ボルカ・アガルータ戦争。

当時人間側ボルカ帝国は敗戦濃厚だった。

肉体の強い魔物側アガルータはついに海を渡り、

ボルカ帝国の絶対国防圏であった内陸の進行を許した。

そしてそのまま首都付近での攻防が続いたが、兵力が消える一方であった。

この報道により人間側は落胆し、魔物側は歓喜し、そのまま戦争は終結するかのように思われた。


しかしボルカ帝国には切り札があった。

ボルカ帝国最北に位置する研究施設―アルンハイム研究所。

チェフキンス・ラブカスを筆頭にアルンハイムはある魔法装置を発明した。


【魔力供給理論】

人間の持つ魔力を収集し、保管・変換・運用出来る装置。

これにより、戦闘魔法を使えない人間から魔法を集め、

戦闘魔法師や賢者に無限に供給し続けることが可能になったのだ。

この装置の運用により、

ボルカ帝国は一気に持ち直し半年後にはアガルータの防御圏を落とし圧勝した。

その後条約が結ばれ、多額の賠償金と領土を少し得た。


なんと素晴らしい発明だろうか。

誰もがそう思っていた。


人間は体内に保管してある魔力を全て使うことはできない。

全体の40%を切ると脳のリミッターが作動し

気絶させて魔力の使用を強制的に止めさせる様に出来ている。

人間は保有量の40%しか使えないのだ。

ではもし保有量が0になったらどうなるのか?

というのは魔法の歴史の中で難題を極め、永らく解明されることはなかった。


しかし最近その謎が解明された。

脳のリミッターを外すことに成功し、

魔力を供給し続け「させる」ことに成功したのだ。

答えは酷い物だった。

保有量が0になっても、脳の信号で魔力供給を続けるのだ。

人体を強制的に魔力へ変換することによって。


その痛みは【死よりも惨い】と評価されており、

変換され、失ったはずの部位が裂かれるような激痛が続くとされている。

そんな魔法歴史の難題と呼ばれた問題がついに解明されたのだ。


魔力供給理論。

またの名を―人体魔力分解理論。

魔法史上最悪といわれる、人間を使った魔法理論。


「使ったんだろ。息子にも」

「そ、そんなわけないだろう。私はもう研究からは足を洗ったんだ」


声が上擦っている。

目泳ぎ、呼吸が幽かに荒い。

しかし言い逃れをする余裕はあるようだ。


「それに部屋の本棚を見ただろう。私は息子を治す研究をしているんだ」


たしかに彼の部屋の本棚に薬学書、医学書があった。

年季の入った本が。


「苦しい言い訳だな」

「・・・何を根拠に」

「医学ってのは日進月歩でな。どんどん新しく、どんどん正確になっていくんだよ」

「何が言いたい」

「本気で息子を救おうとしてるなら最新版を買うよな普通」


チェフキンスの部屋で見た医学書は相当前の文献だった。

息子を救おうとする健気な父親を村人に演出するために

倉庫から適当に引っ張り出してきたのだろう。

本当に杜撰で、上っ面な愛情だな。


「・・・」


だんまりか。

チェフキンスは顔を下げ、一言も発することはない。

ただじっと、床を見つめている。


「それだけじゃない。この部屋の魔方陣、壁は防音の陣、床は移動の陣だ。式を見るとこの部屋ごと下に下がる仕組みだ。どうせ、地下室にでも実験室があるんだろう」


壁に張られた白の陣。

奴は息子の大事を知らせる陣だと言った。

だが俺にはすぐにそれが嘘だと分かった。


壁の陣は防音。

空気の振動が外部へ伝わるのを防ぐ。

では何の音を防ぐのか。

それが床に敷かれたもう一つの移動陣。


そう、この部屋は地下に下がるのだ。

地下こそが彼の実験場。

屋敷が外観より狭く感じたのはきっと地下通路が張ってあるからだと思う。

ハナちゃんが聞いたという爆発音はこの通路から外部に漏れたものに違いない。


通路はきっと村の外にも繋がっている。

奴は息子を外に連れ出し、息子が魔物に襲われたフリをした。

本当に狂っているコイツは。


「フフフ・・・」


笑っている?

瞬間。

奴は不敵な笑みを浮かべながら顔を上げる。

もうそこに、村長としての姿は亡い。


「思い出したぞ・・・いずみの魔法師・・・フフフ」


いずみの魔法師?

何を言ってるんだコイツ。

今も昔もそんな名称で呼ばれたことはない。


「一瞬で式を読み解く速さと知識・・・!それほどの考文学精通者はこの国に一家しかない。お前・・・リードル家の次男か・・・!ハハハ!」


奴の目つきが変わる。

まるで亡くしたはずの玩具を見つけた子供のように、

爛々と輝かせながらこちらに歩み寄ってくる。

2年前、アルンハイム研究所で見た好奇の目。


「息子も素質があったがお前程ではなかった。だから壊れてしまった・・・へへへ」


不気味な声を出しながらどんどん近づいてくる。

理性を失った人間ならざるものの前に、体が拒絶反応を起こす。


ヤバい、逃げなくては!


しかし体が動かない。

足がすくんだのか、打たれた腕の痛みのせいか

体が思ったように動かないのだ。


「ずっと、ずっとお前を探してんだ・・・いずみのまほ―」


バン


一発の銃声が鳴り響く。

打たれた。




・・・?

打たれて、ない?

痛むのは先ほど打たれた肩のみ。


一体何が起きた?


目を開ける。

足下には赤黒い水たまりが広がっている。

しかし、俺のものではない。


視線を上げる。

そこにはチェフキンスの体があった。


後ろを振り返る。


「粗相が過ぎますよ。旦那様」


栗毛色の長髪は少し痛んでおり、顔には小さな染みが見える。

白と黒の服を着込んだメイドが立っていた。


しかしその顔は崩れることのない笑顔のまま。


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