6話 ラブカスの館
村は魔物や賊からの侵入を防ぐために鉄格子で囲われている。
鉄格子とはいっても簡素なもので、隣町のような要塞感はない。
これが財力の差というものなのだろう。
村長の家は最奥に位置しいたため、家の背後が鉄格子の壁となっている。
腰ほどの小さな門までくると家の大きさが際立つ。
他の村人のものの3,4倍はある。
客人を迎え入れる用なのか、部屋がいくつもある。
レンガ作りの2階建てで一階が大きく、家全体が凸型で立派な屋敷だ。
こういう造形の家をマナーハウスというらしい。
なんだか仰々しい家だな。
この門という構えも仰々しい。
新しいはずの屋敷だが、わざと壁にツタを這わせたり、
門を古くさくさせているあたりも
返って鬱陶しい。
屋敷の外観を見た総評を一言でいってしまえば、
気にくわないしムカつく。
「あの、入らないんですか」
「ああいま入るよ」
リンゴに急かされ、最後の抵抗に屋敷の玄関を睨み付けながら古くさく加工された、
背の半分ほどの小さな門を押し開けた。
屋敷までは一本道。
土の一本道の両脇には青々と植物が生えている。
丁寧に芝生が敷かれ、色とりどりの花が咲かされている。
屋敷の入り口にはメイドが立っていた。
歳は40歳程だろうか。
栗毛色の長髪は少し痛んでおり、顔には小さな染みが見える。
ただメイド歴は長いようで崩れることのない笑顔を作っていた。
「お待ちしておりましたスダチ様。と、それと・・・」
「彼女は俺の仕事仲間のリンゴだ」
「ど、どうも・・・」
リンゴは軽く頭を下げる。
それを見てもメイドは、なぜこんな少女がとか、
どういう経緯でそうなったのかを一切聞くことなく、
左様でございますか。とだけ笑って挨拶し屋敷の中へとすぐに迎え入れた。
「やっぱり広いですねー」
リンゴは首を左右にせわしなく動かしながら漏れるように声を出す。
見る物見る物全てが魔物の彼女には新しいのだろう。
足を動かすといつも世界360度を楽しそうに見回しているのだ。
「ところで、スダチ様とリンゴ様は別々の部屋でよろしいでしょうか?」
「いや一緒で構わない」
「はぁ・・・」
あ、こいつ今「ロリコンか?」とか思ったな。
「では、こちらの部屋でどうぞ」
案内された部屋は2階の客室だった。
中にはベットが2つあり、十分な広さだ。
ドアを開けて正面にはベランダ付の大きな窓、角には木製の机が置かれている。
「旦那様を呼んで参りますので暫くお待ちください。それと私が戻るまで、あまり屋敷内を彷徨かないようお願いいたします。旦那様の私物が多くあります故」
メイドはそう念押しして部屋を去って行った。
だが俺は思うわけだ。
彷徨くなは彷徨いてくださいのフリだと。
触るなと言われれば触りたくなるし、
言うなと言われれば言いたくなるのが人間の性だと思う。
フリには応えなくてはならないのだ。
「リンゴ、出かけるぞ」
「えっ?今出たらダメって・・・」
「リンゴ」
「あ、はい」
「出かけるなってのは出かけてくださいってことなんだ。いいね?」
「あ、はい」
リンゴを説得でき、いや説得させた。
俺は荷物をベットに放りだし、さっそく立派な客間の扉から出た。
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リンゴ視点①
白黒の服を着た女の人に案内された部屋はとても素晴らしかった。
ベットはふかふかだし、窓からの眺めも綺麗だ。
まだ朝ということもあり、涼しい風が窓を抜けて室内を駆け抜ける。
数日前の環境ではあり得ないことだ。
瞼の上から目に触れると脈打っているのが分かる。
目が生きている。
私は生きている。
苦しいばかりの人生だったけど、今はどんな小さなことでも輝いて見える。
いてて・・・。
肩の辺りがじんじんとする。
食糧やら生活品が詰まった大きなカバンの重さが肩に集中し、
痛みが生じている。
どこかに降ろそう。
そこら辺にもたれさせとこ。
重たいカバンを机に立てかけて、やっと一息つく。
ふぃ。
それを微笑ましく思ったのか、ふふと笑い白黒の女の人は軽くお辞儀をした。
「旦那様を呼んで参りますので暫くお待ちください。それと私が戻るまで、あまり屋敷内を彷徨かないようお願いいたします。旦那様の私物が多くあります故」
旦那様だって。
初めて聞いたなぁ。
当たり前といえば当たり前だけど、お金持ちなんだなぁ。
そうだ。
いまなら時間があるし、お金の復習でもしておこうかな。
せっかく昨日の晩教えて貰ったし!
そう思い腰に付けた財布から1枚ずつ別の硬化を取り出そうとした瞬間、
スダチさんからお声がかかった。
「リンゴ、出かけるぞ」
「えっ?今出たらダメって・・・」
「リンゴ」
「あ、はい」
スダチさんは私と目線を合わせるためにしゃがみ、
両手を私の両肩にポンと乗せ、真剣な眼差しで口を開く。
「出かけるなってのは出かけてくださいってことなんだ。いいね?」
「あ、はい」
首を縦に振れと目が言っていた。
拒否権はなかった・・・。
ホントがダメなのに・・・。
部屋を出るとスダチさんは首を上げてドアの上の方を凝視していた。
何を見ているんだろう?
見てみるとそこには金色に文字が刻まれたプレートが貼り付けてあった。
「客室5、そんでこっちが6、7と」
スダチさんはそう呟きプレートを見ながら歩き始める。
何か探しているのかな。
早足でついて行くと、すぐに建物の角に辿り着いた。
「ここじゃないな。下にいくぞ」
「分かりました!」
スダチさんは白黒の女の人がいないのを確認すると、手招きをした。
それに従って階段を降りると、赤い絨毯の敷かれた廊下に出た。
正面には私達が入ってきた入り口、右手は西館へ、左手は東館へと続いている。
「こっちかな、たぶん」
そういってスダチさんは西館の方へと歩き始めた。
西館はどうやら客室ではないようだ。
床に赤い絨毯が敷かれておらず、プレートも倉庫1、倉庫2と関係ない表記となっている。
うう・・・こんなとこまで来ちゃって怒られないかなぁ。
でも足音とかはしなし、こっちには誰もいないみたいだけど・・・。
それでも警戒して背後の方に意識を集中させていると、
スダチさんの背中にぶつかった。
「あっ!すいません!」
「ははは。大丈夫か?」
あれ、もう建物の奥か・・・。
案外小さかったんだなぁ。
どうやら目的の場所に着いたらしい。
そこは西館の廊下の一番奥の部屋。
プレートを見ると【資料室】と書かれてある。
ガチャ。
ガチャ。
ガチャ。
どうやら鍵がかかっているらしい。
「まずったな・・・」
渋い顔を作る。
スダチさんの捜し物はここだったのか。
しかしそこにはしっかりと施錠されている。
彼は困りあぐねていた。
ここはやはり私の出番だろう。
「開けましょうか?」
「・・・! できるのか?」
「見た感じ作りは単純そうですので、爪でなんとかなると思います」
「ホントか!リンゴ、頼めるか?」
「はい!任せてください!」
初めて役に立てる。
その誇らしさに口角が緩みそうになるのを抑えて、鍵穴に爪を通す。
鍵は簡単に開いた。
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リンゴ視点②
中は本の宝庫だった。
部屋一面に本棚が並び、分厚い本が並んでいる。
倉庫というだけはあって、部屋は客間の5倍ほどに広い。
そんな場所に本が隙間なくびっちり並んでいるのだ。
優に1000冊はこえているだろう。
威圧さえ感じる部屋にスダチさんは物ともせずに足を踏み入れた。
その後を少し遅れて私もついて行く。
「あーあったあったこれだわ」
捜し物は倉庫の最奥で見つかった。
薄暗い電灯の下でスダチさんはペラペラと本を読み進めていく。
何の本を読んでいるんだろう。
そう思って下から本の表紙を覗いてみた。
きょう、きゅう、まほーうのうん、よう?
なんかよく分かんないや。
スダチさんによじ登って中を覗いてみたけど
専門用語とか難しい術式とかばっかりで何も理解できなかった。
ただ一つ知っていたのは【アルンハイム】の文字だけだ。
アルンハイムはボルカ帝国の最北の村の名前だ。
名前でしか聞いたことないが何が有名と言うわけではない。
ただ数年前からか、妙に人間たちが口にしていたのを思い出した。
「何の本を読んでるんですか?」
「魔法の術式の本、かな」
言葉を選ぶように彼はそう言った。
そうであればきっと、その本に書かれた術式は大規模なものなのだろう。
何せ1000ページほどある本の大半に術式の記号が見られたからだ。
魔法と言ってもこの世界にはいくつかの種類がある。
魔術的意味を持った言葉を詠唱して展開する【詠唱魔法】
魔術的意味を持った文字を刻んで展開する【刻印魔法】
魔術的遺伝子により受け継がれる固有の【固有魔法】
それと旧世界で使われた【古代魔法】
のおおむね4種類に分かれるらしい。
刻印魔法、詠唱魔法は誰でも同じ効果を生み出すために体系化されたもの。
その言葉や文字の持つ魔術的意味さへ学べば、
あとはパズルのように式を組めば望み通りの効果を得る。
このことから刻印魔法、詠唱魔法は魔法歴史において最大の発明とされている。
というのはこの世界の常識だ。
「すまない。待たせた」
スダチさんは本を元の位置に戻した。
欲しい情報が無かったのか、どこか腑に落ちない顔をしていた。
「いえ。それで何の本だったんですか?」
「人間の失敗についての本、かな」
「失敗、ですか?」
「そう。それもとびっきりの」
彼は一瞬悲しそうな顔を作ったが、すぐに笑顔を作った。
戻るぞと私の頭を荒っぽく撫でながら、鍵を閉め、部屋へと戻る。
失敗ってなんだろう?
失敗してどうなったんだろう?
彼に対する問は増すばかり。
だがそれを彼の口から聞くタイミングはなかった。
失敗・・・。
人間の・・・。
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リンゴ視点③
コンコン。
扉がなった。
きっと先ほどの女の人だろう。
「はーい」
スダチさんが間の延びた返事をすると、扉越しに声がする。
先ほど聞いた声だった。
「お待たせしました。旦那様の元に案内させていただきます」
「分かりました。いくぞ、リンゴ」
「は、はい!」
バレて・・・ないよね?
少しビクつきながら後について行く。
案内されたのは階段を降りた一階東館の仕事部屋だった。
部屋の奥には木製の仕事机がどっしりと構えおり、
部屋の両端には村関係の資料や本が棚に丁寧に収まっている。
そして部屋の中央には客を呼ぶため、机とそれを囲むように椅子が置かれている。
本の中には古く年季の入った医学書や薬学の本もちらほらと見える。
息子ルッシュくんを治すために研究をしているという話は本当らしい。
部屋に入るや否や、村長が挨拶で出迎えてくれた。
「わざわざ遠いところからありがとうございます!どうかおかけくださいませ」
「いえ」
60歳程だろうか。
真っ白な白髪頭に垂れた皮膚、目は瞼で潰れて線のように細い。
だがそれが逆に太った顔と合わさり一見、温和なおじいさんにみえる。
第一印象では人の良さが伺える。
案内されるがまま、私はスダチさんの隣の席に座る。
村長とスダチさんが対面する形で座り、私はその横の椅子に座る。
いくら温和そうな人でも、やはりまだ対面するには勇気が必要みたいで、
手が少し震えてしまう。
はやく克服しないとなぁ・・・。
「私ヴィーバ村の村長をさせていただいておりますチェフキンス・ラブカスと申します」
「スダチ・スペンズワードです」
「いやはや・・・あなたがあの有名な回復魔法師のスダチ様ですか!ずいぶんお若い!」
「そういうのいいんで。はやく本題を」
「・・・失礼しました」
気分でも優れないのかな。
いつものスダチさんじゃないような・・・。
なんか素っ気ないし、いつも笑顔がない。
どうしちゃったんだろう。
「お願いは以前お手紙で依頼した通りです」
「息子の人体の回復、ですよね」
「はい。息子はすぐ隣の部屋で寝ていますので、話はそちらで」
「・・・分かりました」