4話 ヴィーバ村
ヴィーバ村の印象は『美しい』だった。
特に際立つのは村の真ん中にある湖だろう。
覗いてみると底が透き通るほど澄んでいる。
村の名前はこの湖に由来しているようで同じヴィーバ湖と呼ばれている。
今は夕刻、透き通った水は空の色を反射して燃えているように見える。
圧巻だ。
そのヴィーバ湖の周を囲うかのようにレンガ作りの家が建ち並んでいる。
家々の間隔は広く、間には果物の木が垣根となっている。
真っ赤に熟れた実、リンゴだ。
きっとこの村は果樹園が有名なのだろう。
半日を超える長距離移動にやられ、
しなびていた彼女が水を取り戻したようにはしゃいでいた。
「俺の愛馬をよろしく頼む」
「おう、任せな」
図体のでかいドワーフのような男は豪快に笑う。
関所の管理人らしい男はご自慢のこれまた豪快な髭を弄りながら、
通行証に荒っぽく判子を押し、適当に身分証に目を通してすぐに返却した。
やっぱり街と比べてそういう管理は杜撰なんだな。
「ヴィーバ村は何が有名なんだ?」
「そりゃあ酒だぁ!名産のリンゴに最強麗水から作られるリンゴ酒に敵うもんはねぇよなぁ!?ガハハ」
豪快な笑いを上げながら俺の細い体に打撃をかましてくる。
こいつは力加減を知らないのか?
それとも俺のモヤシ体格が見えねぇのか?
「ガハハ!あっ。あともう一つ有名なもんがあったわ」
「はぁ・・・何ですか」
男は眉を潜めながらヤレヤレといった顔を作る。
「村長さ。変わり者で有名でな」
「どういった風に?」
「3年前に戦争があったろ、その終戦直後に国から派遣されたらしくてな」
リンゴの顔が強ばる。
無理も無い、その戦争は彼女と彼女の友を分かつ最悪のイベントだったのだから。
第三次ボルカ・アガルータ戦争。
人間界第3位の軍事力を誇るボルカ帝国と魔物界第4位のアガル-タ国間の戦争である。
この戦争の発端はたった一つのおとぎ話。
--------------------------------------
空と大地
昔昔、ある村に双子の兄弟がいました。
兄は体が強く、弱き者を守る屈強な子で一方、弟は体は弱いが優しい心を持った子でした。
双子はとても仲が良く、お互いを支えながら生きており、
周りのみんなも双子のことを強く信頼しておりました。
そんなある日、村にそれはそれは大きな化け者が現れ、私達の同胞を食い殺しはじめました。
化け者は私達よりはるかに強く、兄ですら歯が立ちませんでした。
そうして最後には、村のみんなは双子を除いてみな食い殺され、化け者は去って行きました。
なぜ自分たちだけ生き残ってしまったのか。
強い悔しさと責任に兄はとうとう自殺を試みようとしましたが、弟がそれを止めて言います。
「死んではいけない。生き残った者の責任として、未来へ繋げなければ」
「では弟よ、私はどうすればいい」
「兄よ、貴方は強い。あなたはこれからの種となるのです。弱きを守る力の種です」
「では弟よ、お前はどうする」
「はい。私は力の種を木にしようと思います。その木こそが未来なのです」
「それはすばらしいな」
村が焼け落ちた後、それはそれはすごい大雨が降り注いだ。
恐ろしい業火は消え、村のあった地には一つの芽が生えていました。
そうしてその芽は大きな大樹に育ち、『魔法』が生まれました。
我々はこうして未来を手に入れたのです。
------------------------------------------
といったものだ。
この話から兄を大地を意味する語でネオス、弟を空を意味するフィーナと呼ばれ宗教ができた。
そして話は戻る。
フォーナがいたから魔法は生まれたのだ。と考え、神と崇めるボルカ。
ネオスがいたから魔法が生まれたのだ。と考え、神と崇めるアガルータ。
この2カ国は海を挟んで向かい側にあるということで、昔から貿易も多かったが争いも多かった。
またフィーナ教は人間界で一番多く、ネオス教は魔物界で一番信仰人口が多いこともあり、
ボルカ・アガルータ戦争は人間と魔物の代理戦争の意味も少なからず含んでいた。
そんな第三回目の代理戦争が終戦したのが3年前。
実に1年にわたる長期の戦争だった。
勝者は人間側ボルカ帝国の圧勝であった。
始めこそは負けるのでは無いかと思われたが、
ある時を境に一転攻勢を見せ勝利したのだ。
もちろん人間側魔物側双方に大きな傷跡を残したのは言うまでもない。
「その村長がどうもヨソ者が嫌いらしく、全く新しい奴を中に入れたがらないんだ」
「観光客とか?」
「そうそう。この前なんて国の使者が来たんだが一歩も中に通さなかったんだぜ」
ここの村長はかなり人見知りらしいが、その上肝が据わっているようだ。
国の配慮のおかげで無理矢理ここの村長にねじ込んだのに、
その使者を関所で用事を済まさせるんだから相当質が悪い。
なんか会うの嫌になってきたな。
絶対面倒くさい奴じゃんよ。
「でもそんな村長に呼び出されるなんて、兄ちゃん何もんだ?」
「ああ。俺は回復魔法師をやってるもんで」
そういうと男は瞬時に何かに納得したようだった。
男の考えは正解だった。
今回の依頼の相手の名前が出てきた。
「ルッシュ坊か」
「彼を知ってるのか?もしそうなら詳しく聞きたいのだが」
「あんや。俺よりもっと適任がいる」
男はそう言って目線を上へやった。
先ほどの豪快さはなく、今度は力なく髭を弄る。
「リンガーってぇ飲み屋のマスターにハナってぇ娘がいてな。そいつがルッシュ坊と仲良かったんだ」
「なるほど。じゃあ彼女に聞いてみるよ」
「ああ。マスターには話を通しとくからよ。また連絡する」
連絡?
村とはいえそこそこ広い村で俺を見つけられるのだろうか。
首をかしげてきょとんとしていると男はガハハと笑った。
「どうせ宿に泊まるんだろぉ?村長は気難しいからあっこには泊まりたくねぇだろうし。それにこの村に宿は一つしかねぇんだガハハ」
観光客が来ないんじゃあ確かに宿はいらないな。
泊めると言っても行商人だとか商人あたりだけだろうし。
「まぁ早く宿に行くこったな。可愛いひとり娘が退屈にしてるぞ」
目線を下に落とすと、リンゴが俺の服の裾を握りしめたままウトウトとしている。
首を上下にゆらゆらと揺らしながら今にも墜ちてしまいそうな目をしている。
ちょっと話しすぎたな。
リンゴの頭を荒っぽく撫でて宿に向けて歩き出す。
男に別れの言葉を贈る。
「恩に着るおっさん。時間があればリンゴ酒を飲み交わそう」
「いや、母ちゃんに禁酒させられてんだ・・・」
さっきまでの豪快っぷりはどうした。
本当に悲しそうな顔をするおっさんに少し同情した。
---
宿に着いた。
久しぶりの客という事もあって、尋常では無い歓迎を受けた。
絶え間なく喋り続ける紫パーマのオバさまの話を何とか中断し、急いで部屋に籠もった。
「スダチ様!」
荷物を置くや否やリンゴが飛んできた。
赤い耳がぴょこぴょこと揺れており、いささか目が輝いている気がする。
次から次へとこの村に来てからよく喋る奴にしか会ってない気がする。
お前のことだぞ、リンゴ。
「はいはい何か」
「ヴィーバ村はリンゴが名産と聞いたのですが!」
それ俺も聞いたわ。
てかおめぇそこしか聞いてなかったんじゃないか?
いやいいんだけどさ。
彼女は早口で続ける。
「やはり名産は食べておくのが吉といいますか、そのための名産といいますか」
「結論は?」
「リンゴがたらふく食べたいです」
「よろしい。ご飯の後なら許す」
「やったぁぁあああああ!!!」
リンゴは小さな体をめいいっぱい跳ねさせていた。
分かりやすいというか単純というか。
これから先の食費が思いやられるな。
彼女はまだまだ成長期。
これからどんどん大きくなる。
よし、今回の依頼人からは搾り取るだけとるか。
あっ。食費で思い出した。
時計を見る。
5時半か、ご飯にはまだ早いな。
時間もあるし、今のうちにリンゴに金の扱い方を教えておこう。
「リンゴさん、ちょっと」
「はぁ~い」
露骨に元気だなこいつ。
俺はベットの上に一枚ずつ異なる金を置いた。
「いま時間あるから金について教えるな」
「お金・・・ですか?」
「そうだ。俺の財布のいくらかはお前に任せようかと思って」
金はどこでも使う。
それは人間であっても魔物であっても変わらない。
生きる上で必要なシステムなのだ。
しかし、リンゴは乗り気でなさそうだ。
「私なんかにお金なんて、勿体ないですよ。私にそんな価値なんてないですよアハハ・・・」
そうリンゴは笑う。
やっぱりこっから矯正しないとな。
俺はひとりでに確信した。
これは奴隷だとか独りだった奴が必ずといって陥るのがこの自尊心の低さだ。
彼女はこれまで波瀾万丈な人生を独りで歩み続けてきた。
誰も頼らず、誰からも必要とされず、誰からも褒められずに。
彼女はまだ、『自分』を肯定できないのだ。
しかし自尊心は生物の生きる糧だ。
これだけは彼女に取り戻させなければならない。
そういう使命感が俺にはあった。
「俺はお前を信頼してるし、仲間だと思ってる。だからお前を頼ってる」
「・・・いやいや私なんて」
「もう一度言う。俺は、お前を仲間だと思ってるから頼る。だからリンゴ」
「・・・はい」
「俺に、頼られてくれないか?」
リンゴは暫く俯いたまま、肩を振るわせていた。
また泣いているのだろう。
これでいいのだ。
涙は心のストレスを解消してくれる。
どんどん泣いて、溜まっていたものを吐き出してくれれば良い。
そうしてその後は、自分を肯定できる魔物になってほしい。
小さな手で顔を拭い、大きく頷く。
「分かりました!」
「よぉし。頼りにし―」
荒っぽく彼女の頭を撫でようとしたその刹那。
ドアがバンと勢いよく開けられる。
何事か!?
ドアの方を急いで振り返ると
そこには紫パーマの奴がいた。
「スダチちゃん!20時にリンガーに集合ねぇん!ハナちゃんが待ってるからぁ!」
いま最高にカッコよくキメるとこだったのに何してくれてんだこのババア。