1話 最強の回復魔法師
『全ては壊れるように出来ている』
これは回復魔法師が必ず行き着く真理だ。
それは「俺」であっても例外では無い。
死んだ人間は決して生き返らないし、
広すぎる傷はすぐに治せない。
死に関わる傷は一瞬に、簡単に作り出せるのに、
その傷を癒やすには膨大な時間と技術と魔力を消費する。
不公平だ。
回復魔法師は嘆く。
何十回、何百回、何千回の生と死に触れ、我々回復魔法師は真理に行き着くのだ。
ちくしょう・・・・・・
ちくしょう・・・・・・!
ちくしょう!!
辛そうな顔を見るのが嫌で、
救えないのが悔しくて、
すべてに絶望して、俺は
『何か』に触れて魔法を得た。
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「あー鬱陶しい、ちっとも前に進めやしねぇ。来る時間間違えたなこりゃ・・・・・・」
俺はとある街のバザールに来ていた。
とはいえ別にバザール自体に用があるわけでは無い。
次の街へ行く中継ポイントにあったこのアガルタという街で、
休憩及び食料、水分の補給をしようと立ち寄ったのだが時期が悪かった。
春の大バザールというイベントの真っ只中であったらしく、
人がバザールの開催されている一本の大通りに押し込められている状態だ。
もう少し行ったところにあるパン屋で好物のパンを買っていくか!
とか思っていた時期もあったが正直もうどうでも良いわ。
今思ったらパンそんなに好きじゃ無かったわ。
そんな気がする。
などとパンを諦めるように自分に言い聞かせながら、
目の端に捕えた青果店へ足先を向け、
青果店の前に仁王立ちする筋肉隆々のスキンヘッドの男に麻袋をつきだした。
「そのリンゴを袋一杯に詰めてくれ」
「おぉ!このリンゴを選ぶなんてお目が高いねぇ!」
「・・・ああ、パンとか・・・パンとか全然好きじゃ無いからァ!!後、水も頼む!」
「お、おう。なんか訳ありっぽいな、頭の方とか・・・」
そんなこんなで食糧と水を補給するという用事は済ませた。
しかしまたこの大通りを、しかも今度は人の流れに逆らって戻るのは
さすがに無理だ。身が持たん。
困り果てていると青果店の奥に薄暗い路地を見つけた。
「ちょっといいか。その路地を通って南門へ出たいんだが」
「あ?あー・・・それは辞めた方がいいと思うぜ」
そう言うと青果店の男は俺の倍はあろうかという太い腕を組み、難しい顔をしている。
何でもここらの地区は考えずに家をポンポンと建てたせいで、
路地がまるで迷路のように複雑に入り組んでいるらしい。
「この地区の路地は迷いやすいことで有名なんだ。地元の人間でも迷う奴もいるぐらいだ。おっさんもいい歳こいて泣きベソかきたくないなら辞めとくのが賢明だぜ」
とのことだが、お断りをお断りさせていただいた。
「方向感覚は良い方なんだ。それに次の街まで急がにゃならん。そこをどうにか」
青果店の男は暫く「んん・・・・・・」と唸って悩んでいたが折れてくれた。
親切なことに紙で南門の方まで抜けられる地図を簡単にではあったが書いてくれた。
「これで楽にこの街を出られるな」
男に何度もお礼を言って奥の薄暗い路地へと進んだ。
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1時間ほど経ったあたりだろうか。
鼠が這い、人の気配が全くしなくなった路地を歩いていると声が聞こえてきた。
壁越しに声のする方をのぞき見してみると、そこには商人に格好をした3人の男が居た。
ただこんなバザールの日に人通りの無い薄暗い路地で集まっているような商人は
ロクな商人で無いのは一目瞭然だ。
「やっぱりこの街でも売れそうに無いな」
「致命的な怪我が多すぎるんだよな」
「まぁ喉が潰れてる分楽なのは楽だが売れないんじゃ意味ねぇよなぁ」
「人型の獣魔で少女って言やぁ最高値がつくんだが」
人身売買の闇商人か。
男共の足下の転がっている麻袋の中にその人型の獣魔が入っているに違いない。
「はぁ、どーっすかなぁ・・・」
こういう現場に出くわした時はやはり逃げるのが正解なのだろう。
俺は勇者でもなければ英雄でもない。
攻撃魔法ももう使えない俺に戦闘で勝ち目は無い。
ここで格好を付けて出て行くのはただの蛮勇、馬鹿だ―なのだが、
「どーっすかなぁつったって、やることは決まってるんだよなぁ」
秘策はある。あとは技だ。
俺はグッと握り拳を作って、ゆっくりと歩みを進めた。
「なら俺が買おう」
「あ?なんだお前」
一番体の大きい男がドスを効かせた声を向けた。
それと同時にあとの二人はすぐに俺の背後と側面に回り込み逃げ道を断つようにして俺を囲った。
男共の腰辺りを見るとナイフを手にかけている。
どうやら生きて返すつもりはないらしい。
だが死にたくなければここで慌ててはいけない。
張り続けるのだ、虚勢を。
「金ならこれだけある。この金で彼女を買わせて貰う」
俺はそう言って今手持ちにある全財産の入った袋を大男に放った。
大男に金を投げたのは少しでも奴の動きを止めたかったからだ。
さすがに金を持ったまま切りつけてくるような危険はあるまい。
予想はみごと的中し、大男は俺を警戒しつつナイフをしまい袋を開け、
その金額に自然と唾を飲んだ。
金額には十分満足したらしい。
丁寧に巾着を締め直し、ゆっくりと欲にまみれた目を俺に向けた。
今の大男の考えが手に取るように分かる。
「ここで俺を殺して身ぐるみを剥がし、少女も別の奴に売る」
といった所だろう。
この思考が読めているがこそ虚勢を張らなければならないのだ。
「俺を殺そうなんて考えるなよ」
大男はビクッと肩を揺らした。
目は反らさず揺るがず大男の瞳を貫くように睨み続ける。
「金を渡したのは穏便に済ませるためだ。これ以上欲をかくなら、殺すぞ」
「・・・・・・ちっ、いくぞお前ら」
「え、あ、おう!」
「・・・・・・」
などと威勢良く俺の横を通り抜けて行ったものの
その言葉を聞き終える頃には男共の戦意は消え失せたのが分かった。
その瞬間勝ちを確信したが一応背後から足音が聞こえなくなったのを待った。
別に久々のハッタリで腰を抜かした動けなかった訳では無い。決して。
足音が完全にしなくなったのを見計らうと、
俺は少女の入っているであろう麻袋を急いで紐解いた。
「・・・・・・ふぐ!・・・・・・ふが・・・・・・!」
袋の中から出てきたのは12歳程の赤髪の少女だった。
しかし体は少女というのはあまりに残酷なものだ。
右腕は無く、両目を失い、喉をつぶされていた。
腹部に鉤爪のような傷があることから魔物にでも襲われて瀕死になったところを
あの闇商人どもに拾われたのだろう。
縄で括り付けられた足を解いてやり、壁にもたれかけさせてあげた。
「耳は聞こえるかい?」
少女は小さく頷いた。
赤髪の頭についた獣耳はまだ機能しているようだ。
ならいい。
俺は彼女の正面に向かって座り、ゆっくりと問いかけた。
「君は生と死どちらを望む。生なら俺は君を全力で助ける。死なら俺は君を楽にしてあげられる。
酷な質問なのは分かってる。でも決断してくれないか」
すべては壊れるようにできている。
彼女の体はすでに壊れてしまっている。
この質問は彼女の精神が壊れているかを確認する最後の質問。
数分の沈黙の後、俺は再び問いかけた。
「死んで、楽になりたいか?」
彼女は首を縦には振らなかった。
彼女の精神は、こんな惨状になりながらも壊れることは無かったのだ。
俺は慌てて続きを問う。
「君は、生きていたいんだね?」
彼女は大きく頷いた。
「わかった。回復魔法師の名にかけて、俺は君を治す」
そう告げると、俺は彼女を床に仰向けに寝かせ直す。
そして彼女を覆うように術式を展開し、回復魔法をかける。
右手、両目、喉、その他臓器の修復。
これほどの破損を世の理では治せない。
しかし、俺ならば俺に限って言えばそれが可能だ。
5分も経たないうちに少女の体はみるみるうちに修復されていく。
真っ赤な術式が完全な緑色に変わる頃には、
少女の体はすっかり五体満足の健康体へと回復していた。
回復が終わると少々疲れてしまった。
俺は体を這ってゆっくりと壁にもたれ掛かってタバコに火をつけ一服する。
暫く壁に寄りかかって項垂れていると、少女は動けるようになったらしく
俺の足下に頭を擦りつけているのが分かった。
きっと泣いているのだろう。
俺は力なく少女の頭を撫でながらゆっくりと口を開いた。
「おじちゃんなぁ、いま目と耳が使えないんだごめんよ。ちょっと寝るから、1時間後に起こしてくれな・・・・・・」