屍人は死なない 1
「少しは片づけたらどうだい? 年頃の女の子がこんなんじゃ、お嫁の貰い手がいなくなってしまうよ?」
ゴミと書類が分別なく合わさった、つまりまったく整理整頓も掃除もしていない事務所を眺めながら、ボクは彼女にそう言った。
「片付けならクラウド、あなたがやればいいじゃない。いるだけの穀潰しなのだから、それくらいは役に立ちなさいな」
それなりに立派な椅子にふんぞり返って、机に両足を乗っけているその姿には女の子らしさなど欠片もない。見た目はどこかの令嬢ほどに気品があって美しいというのに、その態度と言葉遣いがすべてを台無しにしていた。
「穀潰しって。一応ボクはここの社員のはずなんだけど。まあでも、確かにボクは役立たない無意味な存在であることは認めるよ。だから炊事洗濯くらいはいくらでもやる。けど、散らかしたものは自分で片付けるべきだと、ボクは思うんだ」
自分自身のためにも。そう続けて言うと、彼女は鼻を鳴らしていかにも不機嫌そうな顔をした。
「家族でもないあなたにそんなことを言われる筋合いも、心配をされる謂れもないわ」
「まあ、そうだね……」
アリシアに家族はいない。
彼女がまだ幼いころ、母親は病で死んだらしい。父親の方は顔も覚えていないし、そもそも何故いないかも彼女は知らないという。
ボクはここで働くかわりに下宿させてもらっているけれど、それでも家族とは到底言えないだろう。同じ屋根の下で生活して、同じ釜の飯を食べていても、結局ボクらが他人であることに変わりない。
とはいえ、ボクとしてはそんな彼女の心の支えにでもなれたらいいと、密かに思っていたりするのだけれど。でも彼女はなかなか強情で、いつだってこんな調子だ。
「仕方ない。それじゃあせめて掃除の邪魔にならないように、奥に引っ込んでいてくれないかな?」
「嫌よ。私は今仕事中なの。むしろ邪魔をしているにはあなただということを自覚しなさい」
彼女の手には確かに何かの資料が握られている。だけどさっきから、何をするでもなくそれを面倒くさそうに睨んでいるだけで全く進んでいないので、仕事をやっているとう言い訳は通用しない。
「そういうのだったらさっさとそれを終わらせてよ。まったく手が動いていないじゃないか」
「しょうがないじゃない、面倒くさいんだから」
やっていないことを自白した彼女を半眼で睨むと、流石に肩身をちょっとだけすぼめた。
「だって! こんな雑務、私の仕事じゃないでしょ!? 隣人トラブルくらい自分たちで何とかしなさいよ。あなたたちって無駄に変な力ばかりあって、無駄に被害を拡大させるんだから。一つ一つがいちいち大ごとなのよ」
不老不死なんて特殊な体質をもつボクらが、普通の人間にない力を持っているのはもはや当然とさえ言えることだ。家が一つ吹き飛ぶくらいは些事で、ひどい時は一週間ほどこの街に住めなくなる。
身体的には普通の人間と変わりない――いや、むしろ劣るくらいのアリシアには、ここの生活は決して楽ではないだろう。それでも彼女がここにいるのは、彼女もまたここでしか生きられなからだ。
死に愛された彼女は、普通の人間と歩んでいくことはできない。
だからこうして、死なないボク達と一緒にいる。
「みんなに自重してもらいたいというのは同意見だけれど、なかなかうまくいかないのも仕方ないよ。なにせ彼らは何百年、何千年と生きてきたんだ。価値観はひん曲がって、性格はダイヤモンドよりも固く構築されてしまっているからね」
「それだけ生きているなら、もっと心を広く持てそうなものだけれど」
「人というのはそんなに単純じゃないのさ。長く生きたことで寛容になる人もいれば、その逆になる人だっている。普通の人間だってそうだろう? 年をとって頑固になる人もいれば、穏やかになる人もいる。人間の本質は結局変わらずにその人次第で変わってくるんだよ」
どれだけ生きようと、多くの経験を積んでこようと、それをどう捉えるかは個人でまるで違う。
ある人の正義は違う誰かの悪であることはよくあることで、同じ景色を見ることはきっと誰にもできない。
それをよくわかっているボク達だからこそ、互いに衝突してしまう。
思っていることや感じていることは、言葉にしないと伝わらないと知っているから。
「後処理が面倒だっていうのなら、ほかの人に任せればいい。ここにはそういうのが得意な人だっているだろうからね」
「……大丈夫よ。私がちゃんとやるから。これは私の責任なのよ。だから私がやらなくちゃいけない」
背負いすぎるのはアリシアの悪癖だ。
優しい彼女は、負わなくていい責任までも自分のものにしてしまう。それをいくら言ったところで聞いてくれないのも厄介なところだ。
「それなら頑張らないとね。ボクも邪魔をしない程度に片付けておくから」
「分かったわよ……」
頬をぷっくり膨らませて言う彼女に、思わず笑みが出てしまう。
そしてやっぱり、そんなボクの態度に彼女はまた不機嫌な顔を向けた。