表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

不死者の姫

 

死神なんていうものがいるのだとすれば、それはきっと彼女のことなのだろう。






 その街は巨大な白岩を削って作られたような街だった。どれもこれも似たような建物で、入り組んだ迷路のような道は余計に旅人を惑わせる。

 ボクがこの街を一人で歩いたならば、たちまち道に迷うことだろう。


 以前、彼女と他の街に行ったことがあったけれど、そこでは逆に彼女が道に迷っていた。彼女いわく、

「特徴がありすぎて目が疲れる。ここはまるで迷路ね」

 とのこと。


 さて、そんなこの街の高台には一件の不思議な店があった。


【死にたがり屋】というのが、その店の名だ。


 何を扱っているのかは、ここを訪れたお客様だけが知っていることだろう。

 つまりこの街に住む誰もが知っているということだ。


 かつてはその立場だったボクもまた、正しくこの店のことを理解している。

 しかしこの店の紹介をするにはまず、この街の事から話さねばならないだろう。


 この、世界で一番不思議な街を。




「そろそろ死のうかなと。私はもう、十分に行きましたから」

「……そうですか」


 ここに来るお客様は決まって同じことを言う。そして彼女もまた、同じようにいつもの言葉を返した。

 二回目には、彼女はその言葉を受け入れることにしているらしい。

 らしいというのは、彼女に聞いたのではなく見ていて自然と気がついたことだからだ。


「あなたの人生は満足の行くものでしたか?」

「ええ、そうですね。やりたいことはあらかたやったし、後悔も散々してきた。人を愛したこともあれば憎んだこともあった。悲しいことも嬉しいことも、大変多く経験してきたような気がします。だから、あとは死ぬだけなのです」


 そのお客様は、紳士という言葉がよく似合う初老の男性だった。

 確かにそれなりの人生経験を積んでいそうな人物だ。けれどそれでも、せいぜいが五十年といったところだろう。まだまだこの先がある。


 けれどそうではないのだと、ボクは知っている。彼がその外見にそぐわぬ程の年月を生きてきたことは、そう……他の誰よりもこのボクが知っている。


「お別れは済ませてきましたか?」

「はい。皆、快く受け入れてくれました。またすぐにあっちで会えるさと笑いながら」


 答える彼は笑っていた。少しシワのよった頬が、細くなった目が、その笑みが偽りでないことを教えてくれる。


「本当に、あたたちは死にたがりですね……。何故そんなに死にたがるの? 私には分からない……」


 対して彼女は憂鬱そうだった。心底分からないと、理解不能だとため息をつく。


「そうですね。生きたいと願う人は多い。生きられないのは辛いでしょう。そんな誰かからしてみたら、私のこの望みは贅沢なのでしょうな。しかしね、死ねないというのも辛いのです。いつも、私は取り残される……」

「ここではそんなこともないでしょう」

「ええ……。ここは大変居心地がよかった。あるいはここで永遠の時間を過ごしても良いと思えるくらいに」

「ならそうすればいい」

「確かにそれも悪くない。悪くないが……それ以上に私は会いたいのです。これまでに先だった友人たちに。妻に。私は会いたいのです」


 彼は遠い目をしていた。思い出に目を向けていた。それはとても優しく悲しい目だった。


「あの世なんて、あるかも分からないのに。あったとしても、あなたが同じ場所に行けるとも限らない」

「それも分かっています。それでもね、心優しいお嬢さん。私は死のうと思うのです」

「……分かりました」


 三度目。やはり彼女はいつもの言葉を返した。

 彼女は手袋を外した。真っ黒な手袋を。そこから現れた手は、驚く程に白かった。紫外線など一度も浴びたことがなさそうなその純白は、だから死の色なのだと思った。


「何か、言い残すことはありますか?」

「いいえ。何も」

「……それでは、私の手を握ってください」


 そう言って差し出した手を、彼はそっと握った。


 握った手は、雪のように静かに溶けて消えた。


 死が、彼を迎えに来たのだ。


 そして彼の体を、死はゆっくりと包んでいく。

 その中で彼は穏やかな、けれどその陰に少しの心残りを隠したような顔をした。


「ありがとう……ファルフィナの姫(アリシア・A・ファルフィナ)……」


 彼は最後にそう言い残して、死んだ。

 何一つ残さず、跡形もなくこの世界から消えた。それが彼女の死の形だ。


「…………」


 彼女は自分の手に残った温もりを確かめるように握りしめた後、再び手袋をはめた。


「お疲れ様。大丈夫?」

「大丈夫よ。もう、慣れたわ」


 そう彼女は言うけれど、その表情は暗く沈んでいた。

 優しい彼女が人の死に慣れることなんて、きっとこの先も永遠に来ないだろう。


 それでもボクは止めることができない。

 これは彼女にしかできないことだから。それを彼女もわかっている。だから彼女は投げ出さない。ボクらは、そんな彼女の優しさに縋っている。

 最低で、自分勝手な願いを叶えて貰うために。


 死にたいという、どうしようもないことのために。








 この街の名は、ファルフィナ。

 不死者が死を望み、最後に行き着く場所だ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ