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奴隷と私  作者: 四月うさぎ
番外編
8/9

奴隷と休日

 こんにちは、椿です。

 え? 主人様じゃないかって?

 はい、残念ですけど今日は私のお話です。

 そうなったのには理由があります。それは今朝のことでした。


「椿、今日はお休みをあげる」

 朝、朝食を食べ終え終えた私はご主人に唐突にそう言われました。

 お休み。それは役立たず、解雇そう言うことでしょうか? 私は何か失敗してしまったのでしょうか。

 主人様から離れなきゃいけないのでしょうか?

 私はパニックになってしまいます。

 そんな私の狼狽え方に見かねたのか主人様はため息を吐きました。

「椿はもう奴隷じゃないの。だから、お休みをあげなきゃいけないの」

「でも、私……」

 主人様には一杯一杯良くしてもらってます。それだけでも感謝してるのに、休みなんて貰ってもいいのだろうか。

 私はまだ迷っていました。

「あのね。休み無しで働かせてるなんて、貴族の名前に傷がつくの。だから、大人しく休みなさい」

 主様の迷惑になるなんて言われると、何も言い返させなかった。

「わかりんした」

 私がそう言うと主人様は満足そうに頷いた。そして何やら事務机をごそごそと漁ると、引き出しの中から効果が詰まった袋と一枚の紙を取り出した。

 そしてちょいちょいと手を動かし私を呼ぶ。

「なんでありんす?」

「奴隷だった時のお小遣いと、メイドの給金をまとめたもの」

 その紙には私がこのお屋敷にやって来た時から、一月ごとに金額が書かれ、その下には総額が……。

 私はその金額に引いてしまった。桁を間違えたのか計算を間違えたのか、そこには考えられない様な金額が書かれていた。

 分かりやすく言えば、私が買える程の金額。私が安いわけじゃないよ。

「えっと、主人様? こんなに貰えんよ」

「全部使え何て言わないわ。家にもお金をお送ったりするでしょ」

「でも……」

「ああもう、それは正当な報酬なの。私の家、貴族に使える正当な報酬なの」

 私の不安は力強く一蹴された。

 それでも素直に頷く事なんてできなかった。すると主人様はじれったくなったのか、机を叩いて立ち上がった。

「良いから遊んできなさい」

 主人様はそう言うと私を部屋から追い出しました。

 部屋の外、主様の書斎の扉を背に私は考えます。

「休日って何をするんだろう」

 私には良くわかりませんでした。故郷にいた頃は、家の手伝いをして、それから友達と遊んで……。

 友達。この街には私の友達は居なかった。

「主人様は友達じゃあらへんけど、一緒に居たいと思う。間違いやろか」

 私は呟きながら足を進めた。

 お屋敷の外へ、主人様と二人で買い物に行くことは多々あった。しかし、一人でと言うのは初めてだ。いいや、あの日以来だろうか。

 私はすっかりと歩きなれた石畳を歩く。

 歩きなれなかったあの日、私は攫われたんだっけ。

 私は昔の、あの奴隷となった日の事を思い返す。思い出すだけで、悍ましいあの日の出来事、しかしいつの日かそれを思い出さなくなった。

 久しぶりにあの日の事を思い出すなんて……。

「よう、椿ちゃん。一人なんて珍しいね」

 物思いに耽っているとそう声をかけられた。

 私は慌てて顔を上げて声のした方に視線を向ける。

 するとそこにいたのは良く買い物に利用する肉屋の店主だった。

「お肉屋さん」

「おうよ。椿ちゃん。買い物かい?」

 お肉屋さんは私の悩みなど関係なく陽気な声で、話を進めます。

「いいえ、今日は休日で」

 休日で、なんだろう? 私は休日に何をするんだろう。

 私はまだ自分が何をして良いのか分からなかった。

「休日? どこかに行くのか?」

「どこだろう?」

 肉屋の店主はキョトンとした顔をした後、楽しそうに笑いだした。

「何処だろう、って……。椿ちゃん、本当に変わってるね」

「変わってますか?」

 そう聞き返すとやはり店主は笑う。何がそこまで分からなかった。

「ああ、変わり者は皆自覚が無い。それに君にはそんな言葉使い似合ってない」

「う……。これは主人様の品位を守る為に……」

「休みの日くらい、気を抜けよ。休みなんだから」

 うーん。そんな物なのか?

 私はまだ休日の過ごし方が分からなかったが、それでも何となくヒントは掴めた気がした。

「うん。そうですね。ちょっと、ゆっくり出来る所、探してみます」

「おう、今度は貴族様と一緒に来てくれよ」

「はい」

 私は手を振って見送る店主に軽くお辞儀をして再び歩き始めました。

 落ち着ける場所、ゆっくりできる場所。

 そんな場所を探して私は歩きます。

 とは言え、主人様と街に出かけた時に行く場所なんて、食料や日用品を買いに行く程度で、ゆっくりできる場所なんて知りません。

私は手探りでそんな店を探していました。

トボトボと目的の何かを探して進んでいると、ふと鼻を嗅ぎ慣れた匂いを拾いました。

「コーヒーの匂い?」

私はコーヒーが苦手でしたが、主人様は毎朝欠かさず飲み、私もまたその為に毎朝コーヒーを入れています。

しかし、これ程いい匂いをコーヒーから感じた事は無く、私は少し驚いていました。

私の足は無意識の内に匂いのする方向に向かいます。

「おや? いらっしゃい」

私がその匂いの元の扉を開けると、静かな声が私を迎えました。

白い髭を口元に携えた老紳士は何やら怪しい実験に使うようなガラスの瓶を洗っている所でした。

「お邪魔しても良いですか」

こういう店に入るのは初めてで、私は勝手がわからずにそう聞くと、老紳士は柔らかな笑顔を浮かべ目の前の席を勧めてくれました。

「何を飲みますかね、お嬢さん」

そう聞かれても飲み物の種類などココアかコーヒー。あとは故郷でよく飲んだお茶くらいなもので、私には何を頼めば良いか分かりません。

「えっと……」

私はとても恥ずかしい気分でした。

「お嬢さん。よろしければ、私の新作を試して頂けませんか?」

「え? あ、はい。お願いします」

それは降って湧いた助け舟でした。私はその船を逃さないように、慌てて飛び乗ったのですが、飛び乗って小さくため息を吐いて気がつきました。

どうやら老紳士は私を気遣ってそう言ったみたいです。その証拠に彼は満足げな優しい表情をしています。

老紳士はアルコールのランプに火を点けると、件の実験道具のような機械を操り始めました。

「お嬢さん。コーヒーは好きですか?」

「えっと、はい。毎日、淹れます」

私は何故か嘘をついしまいました。いいえ、半分は本当で半分は嘘と言うべきでしょう。私自身はコーヒーはあまり好きではありません。

そんな言い方をしてしまったのは、見栄を張ってしまったのです。

しかし、老紳士は嬉しそうに笑いながら、作業を続けます。

それは不思議な道具でした。コポコポとお湯が湧き上がり、そのお湯を使ってコーヒーを入れています。そして、気がついた時にはあの良い匂いが部屋に咲き誇ります。

「変わった道具でしょ」

「はい、見てて面白いです」

「それは良かった」

私は香りと老紳士の作業を静かに眺めながら、ゆっくりと出来上がるのを待った。

そんなゆっくりとした時間を楽しんでいると、お喋りを止めていた。観察されていた。その事に気がつきましたが、不思議と嫌な気持ちはありません。

「お待たせしました。どうぞ」

老紳士が次に口を開いた時、私の前に一杯のコーヒーとスコーンが並べられていました。

コーヒーが来るのは分かっていましたが、いざ置かれると萎縮してしまいます。

しかし、この人の良い老紳士を困らせてしまうのも不本意で私はおっかなびっくりカップに口をつけます。

あの黒色の液体を口にして私は驚きました。

「美味しい……」

「それは良かった。久しぶりに作ったので、少し不安でして」

私は次にスコーンを食べます。こちらはコーヒーと合わせるためか、とてもシンプルな味でした。横に添えられたイチゴのジャムの味を邪魔せず、イチゴの酸味と甘さを感じるジャムの美味しさを引き立たせる。憎い味です。

ジャムの甘さ、コーヒーの旨みをスコーンの食感に乗せて楽しみます。

私が食べるのに夢中になっていると、老紳士は昔を思い出すように語り始めます。

「昔、コーヒーが飲めないのに、飲みたい。と言う家族の子がいたんです。その子の為に作ったその子の為のコーヒーなんですよ」

その言葉に私は食べる手を止めて、老紳士の顔を見ます。

「何故かその子とお嬢さんが重なって久しぶりに作ってしまいました」

「……その子は、もう来ないんですか?」

「ええ……」

その含みのある言葉に私は思わず口を噤みました。誰かの為に作った美味しいコーヒー。これを私が飲む資格があるのか、そんな事を考えてしまいます。

「ああ、すみません。歳をとるとお喋りが多くなる。コーヒーも冷めてしまいましたし、新しいのを淹れましょう」

「いいえ、大丈夫です」

と私は慌ててコーヒーを飲み干します。料理もコーヒーも食べ終えましたが、席を立つ気にはなりませんでした。

「あの、また来ても良いですか?」

私は勇気を出してそう言いました。どうして、そんな事を言ったのか分かりません。来たければ何も言わずに行けばいいのです。

老紳士もキョトンとした顔をしています。

そのせいで恥ずかしさがこみ上げて来ました。

「えっと、これは……違うんよ、えっと、違うんです」

私は慌てて取り繕うと、普段の訛りが出てしまい。余計にパニックになります。

老紳士もクスクスと笑うので私は恥ずかしく、顔を下げてしまいます。

そんな私に老紳士は静かに言いました。

「ええ、是非いらしてください」

と、その言葉のおかげで、私の休みの日課が一つ増えたのです。

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