奴隷と未来
私たちは並んで星空を見上げる。それはそれは美しい星空だった。
「綺麗ね。椿の故郷も、こんな星空が見えるの」
私は星空を見つめながら言った。
だから彼女がどんな顔をしてるのか見えなかった。
「少し……違うかな。でも、此処から見る星も、なかなか」
「そう」
会話が上手く繋がらない。彼女の故郷を、彼女の幸せを考えると、うまい言葉が出ない。
自分の本心が分からなくなる。
今私はどんな顔をしてるのだろう。
「主人様は、星が好きでありんす?」
「ええ」
嘘だった。
こんな辛い気持ちにさせるなら星なんて、嫌いだった。
私はその嘘を誤魔化そうとココアを一口飲んだ。椿の入れてくれたココア、なんの特別も無かった特別な味。
その優しい甘さに涙が出そうだった。
良かった。それを見上げていて、涙が溢れないですむ。
「主人様。私、一つだけ、嘘をついてるんです」
そんな時、椿はポツリと言った。疲れたような悲しいような声だった。
顔は見れない。見れば泣きそうなのがバレてしまいそうだったから。
「“いい考え”を探しておりんせん。少しづて、それを考えないようになりんした」
それは私にとっては喜ばしい言葉でした。しかし、何故でしょう?
チクリと刺すような痛みを感じるのは、何故私の顔は笑ってくれないんでしょうか。
「でもな、それは間違いやと」
そうそれは間違いだ。きっといつか後悔する事になる。考えない事を止めて、流れに身を任せるのは、いつか後悔する。
だけど、それでも、分かっていても、私は椿が此処にいて欲しいと願ってしまう。
苦しくって自然と手は握りしめプルプルと震えていた。
そんな時、ふと黒い考えが沸き上がった。
椿は奴隷だ。強い言葉で命令すれば良い。椿は優しいから、分かってくれる。
そんな考えが沸き上がり、私は思わず唇を噛みしめた。
「私な、故郷に帰りたいと思います。ダメ?」
それが彼女の願いなら、彼女の幸せなら、聞いてあげたい。
でも……。
いつから私はこんな弱くなったのだろう。
涙を止めることができなかった。
「ちょ、主人様? 泣かんで、ちょっと最後まで聞いてよ」
椿が慌てたように手を振っている。
しかし、一度あふれた涙は止まらない。これまで主人として情けない姿を見せないようにしていたのに。
「あのな、主人様。帰るって、少し戻るだけでありんす」
「……少し?」
「うん。親に報告して、戻ってくるから」
そう言って椿は私の頭を優しく抱きしめた。
これまでキスしたり、もっと凄い事もした。それなのに、それだけの行為がとても恥ずかしかった。
「ね? 待っててくれへん?」
頭を抱きしめられ、撫でられて、優しい言葉を囁かれ、主人の威厳と引き換えに、私は落ち着きを取り戻していった。
そうすると何故だか、とても悔しくなった。
だから、少しだけ、少しだけ意趣返しをしよう。
「いや。行ったらダメ」
私は椿の胸を押しのけて彼女の顔を真っすぐ見る。
椿はダメと言われて、少し困った顔をしていた。
「私は王子様を大人しく待つような、上品なお姫様じゃないの。私も行くから」
私は椿の返事を待たずに彼女にキスをした。眼前の椿の驚いたような瞳が、閉じ私の背中に腕が回る。
それだけで返事としては十分だった。