奴隷とパジャマパーティー
「パジャマパーティーをしましょう」
「えっと……、それは何でありんすか? 主人様」
椿は慣れた手際でコーヒーを作りながら言った。慣れたのはコーヒーの淹れ方だけで無く、私の突拍子も無い発言にもか、こちらに意識を向けながらも作業を止めることは無い。
奴隷の成長に喜びと、寂しさを感じながら、私は机に頬杖をつきながら片手で髪を弄る。
「パジャマパーティーってのは、何時でも寝れる格好でお菓子を食べて、お喋りする事よ」
「随分と行儀の悪い宴やね」
椿は私の前にコーヒーの入ったカップを置きながら言う。
カップから登る白い湯気と味わい深い薫り、非の打ち所もない出来上がりだった。
私は、ありがと。と言ってからそれを一口口に入れる。
味も私好みだった。酸味も苦味のバランスも良く、それでいてしっかりとした味わい。
「椿、パーティーなんて、多かれ少なかれ行儀の悪いものよ」
私はそう言うと椿は昔を思い出す様に遠くを向き、小さなため息を吐いた。
「そうでありんした」
その表情は何処か残念そうで何やら苦い思い出がある事が見て取れた。
私はその反応を小さく笑いながら言う。
「それに寝る前にコーヒーなんて飲んだら、眠れないでしょ」
「でも、私は飲んでへんよ」
そう言う椿の前に半分ほど手につけたカップを置く。
椿はそれと私とを交互に見た。そして私の意図に気がついたのか可愛らしいため息をついた。
「私、コーヒー。飲めへんよ?」
「間接キスになるね」
一見噛み合っていない会話。しかし、椿には効果覿面でカップの一点をジッと見つめている。
「主人様から、貰ったものは無下にできんし」
椿は小さな声でそんな言い訳を口にすると、カップを両手で持ち口につけた。
しかし、コーヒーは本当に苦手だった様でカップを口から話した時、渋い顔をしていた。
私はそんな椿を笑うと椿も嬉しそうに笑った。
「コーヒーも飲んだし、パジャマパーティーするしか無いね」
◇◇◇
すこし無理やりやらせた感じはあったが無事に椿をパジャマパーティーに参加させる事ができた。
その成果に満足しながら私はベッドの上で、彼女が来るのを待った。パーティーが始まるそう思うとソワソワせずにはいられなかった。
そうしてようやくと言うべきか扉が叩かれた。
私はその期待が彼女に伝わらない様に、勤めて冷静に口を開く。
「どうぞ」
「失礼します」
そう言ってから椿は部屋に入ってきた。
片手にお酒やお菓子の置かれたお盆を乗せ、ピンクのネグリジェ姿で現れた椿、その美しい姿に思わず唾を飲み込んだ。
「えっと、主人様? どこに置けば良いですか?」
それは当然の質問だったが、彼女の姿に見とれていた私は、反応が遅れてしまった。
「え、ああ。ベッドの上で良いわ」
「良いんですか?」
「良いわ。そう言うパーティーだもの」
そう命じると椿はベッドの上にお盆を置き、自分は床に座った。
「何してるの? 貴女も上に来るの?」
「良いんですか?」
主人のベッドに上がるのは奴隷には抵抗があるのか、彼女は控えめに聞き返す。
まぁ、それも仕方がない事なのかもしれない。
「良いから上がりなさい」
そう言うと椿は何故か恥ずかしそうにベッドに上がった。
お盆を中心に向かい合う形で座る。何故か気まずい雰囲気が流れ、私は慌てて口を開いた。
「そうね。まずは飲みましょ」
私は椿の持ってきたワインの蓋を開けると、トプトプとグラスに注ぐ。
「主人様、私がやりますから」
「いいから、落ち着いて座ってなさい」
自分がやるべき事をやらせてしまった。とでも考えているのか、不安そうに中腰のままソワソワしている椿を嗜めながら、彼女の前にワイン注いだグラスを置くと自分のものにも注いだ。
そしてワインボトルの口を示し、その辺に放るとグラスを手に取り僅かに掲げる。
「楽しいパーティーに」
「た、楽しい、パーティーに」
私の声に慌てながら声をあげる椿のグラスに軽く自分のものをぶつける。ガラスのぶつかる音が心地よく響いた事に満足して私は深紅の液体を口にする。
それに習う様に慌てて椿も酒を口にしていた。
「ふぅ、それじゃあ、話の肴でも作りましょうか」
「肴って、何を話しはるん?」
「決まってるじゃない」
「決まってるん?」
本当にわからない様子の椿はそうききかえしてくる。私はそれをクスリと笑った
「ええ、こんな場所で話す話題なんて限られてるわ」
私は一度言葉を切り、椿の顔を真っ直ぐ見つめた。
「私の事好き?」
椿の表情が固まった。戸惑っているのが見て取れ、瞳が逃げ場を探す様に動いた。
そして、私の顔色を伺う様にチラチラと視線を動かしながら言う。
「主人様、は……どうなん?」
「質問を質問で返すのは無し。って言いたいけど、そうね、私は椿を愛してるわ」
椿の顔がボンッと音を立てる様な勢いで赤くなった。
お酒が回った。なんて、事はないだろう
「揶揄わんでで、ください」
「そんなつもりは無いんだけど、椿は如何なの?」
私は椿の顔を覗き込んだ。今度ははぐらかすなんて事は許さない。そんな、強い視線を向ける。
椿は私の本気の態度を察したのか、グラスの中のワインを飲み干し、顔を背けた。
「私、も……好き……」
「好き。なの? 愛してる、じゃなくって」
少し意地悪かなとも思ったが、そこはハッキリとした言葉で聞きたかった。
私は随分と欲深いのだ。
「そんな歯痒い言葉、酔ってへんと言えんわ」
プイッと顔を背け絶対に言わないとアピールする椿、そんな態度を見せられると私の嗜虐心に火がついてしまう。
私はニヤリと笑うとワインを再び口に含んだ。そしてそっぽを向いている彼女の顔に両手添えるとこちらを向ける。
そして驚いた様な不思議そうな表情をする椿に口付けをした。
目を見開き体を強張らせる椿の口に舌を入れ、ワインを口移しで飲ませていく。幾らかのワインは私たちの顎を伝って落ちていった。
私の中のワインが無くなり私は椿から口を離してニヤリと笑った。
「これで、酔えたかしら?」
そう意地悪な質問をすると、椿は目をそらしながら小さな声で言う。
「こんなもんじゃ、いつまでたっても、酔えんわ」
私はそれならと再びグラスにワインを注ぐ。
こうして、パジャマパーティーは朝方まで賑わい続けた。