奴隷と看病
おはよう世界。私です。
ところでこの世界には数々のルールがあります。大小は様々ですが、それは世界を円滑に動かす為に必要な物では無いでしょうか?
当然ですが私の家にもルールがあります。何個かありますが、その中でも一日の始まりに必要な物があります。
それは鬼の娘の奴隷に朝、起こしてもらう。そんなルールです。
別に朝に弱いからそんなルールを定めた訳じゃありません。寧ろ朝は得意な方です。
では、何でそんなルールを作ったか、それは椿の可愛い顔を見る為です。
起こしに来た椿を寝ぼけたふりをして、ベッドに引っ張り込んだり、甘い声を出しながら抱きしめて見たり。
まあ、命令すればそんな事くらいさせてくれるのですが、ハプニングを装ってそれをするのに意味があるのです。
特にこの前の椿は可愛かった。
ベッドに引っ張り込むと「主人様ぁ」なんて可愛い悲鳴をあげながら引かれるままベッドに来てくれました。
椿は鬼で力では負けない筈なのに、ベッドに引きずり込まれるのです。そして、彼女を抱きしめての二度寝は至福の時間でした。ちゃっかりと椿も私の事を抱きしめてたのが、またいじらしくて可愛い。
そんな私の大切な朝の時間ですが、まだ日課を果たせていません。いつもならもう来る時間なのに、焦らされてるのか、反逆なのか、それとも起きれなかったのか……。
どちらにせよ罰は必要です。
私は寝巻きのまま立ち上がり、洗面台で顔だけ洗うと椿の部屋に向かいます。一刻も早く、彼女に会いたかった。
椿の部屋は一階の調理場の近くにあります。曰くご飯も作る彼女的には、仕事場を近くに置きたいそうです。
調理場が近くにあるせいで、包丁を持参しようか迷いました。それ程の怒りです。ですが、傷つける罰は私の趣味に合わないので、自制します。
彼女の部屋をノックするかどうか、少しだけ悩んだのち私はノックをしない事に決めました。
「椿、起きてる?」
部屋に入るなりそう言うと、ベッドがモゾモゾと動きます。確定です。椿はお寝坊さんでした。
私はどんな事をしようかと意気揚々とベッドに近づくと、すぐにその毒気は抜かれてしまいます。
「ふぁ……あるじ、さま?」
赤い顔と虚ろな瞳、声も弱々しく呼吸も荒い。
「ちょっと、どうしたの?」
「すみません。体、重く……て」
とても辛そうで風邪をひいてるのは明らかでした。
私は椿の額に手を乗せます。すると、椿は私の手が冷たくて気持ちいいのか、少しだけ顔が柔らかくなりました。
「確かに、熱いみたい」
「主人、様……ごめんな……い」
どうしてこの子は謝るのでしょうか、少しだけ悲しくなりました。奴隷と主人という関係がこういう時、本当に辛い。
ですが、弱い自分を奴隷に見せるなんてできません。力は彼女の方が強くとも、私は椿を買った日、彼女を守ると決めたのです。
「全く、世話の焼ける奴隷。氷とタオルを持ってくるから待ってなさい」
そう言いながら椿の額から手を離すと、彼女の手が私の寝巻きを掴みます。
「いやや……。行かんで」
弱々しい抵抗に思わず、彼女の手を握りしめたくなる衝動に駆られる。
私は唇を噛み、その衝動を殺す。
「すぐ戻ってくるから」
私は椿の頭を軽く撫でてから部屋から出ました。
部屋から出ると私は小走りで必要な物を集めました。
そして一度、椿の部屋の前で深呼吸をして、呼吸を整えます。奴隷に主人の慌てた姿なんて見せられない。
呼吸を整え、部屋に入ると椿は来た時と同じ格好で寝ていました。
「体、起こせる」
私はベッドに近づきながら言った。
すると、モゾモゾと怠そうにしながら、椿は体を起こします。
布団から現れた体は思った通り、汗で服がベッタリと張り付いてます。そんな物を放置していたら、体が冷えて治る風邪も治らないでしょう。
「服、脱がすから」
私は一言、断ってからパジャマのボタンに指を伸ばします。
一つ一つゆっくりとボタンを外していると、椿は恥ずかしいのか、明後日の方向を向いて俯いてしまいました。ボタンを全て取り、服を脱がすと椿の美しい裸体が現れます、肉付きの薄く白い肌、小さな胸の中心で主張する可愛らしい突起、白くきめ細かな肌は熱のせいか、羞恥のせいかうっすらと赤く染まっています。
私はその美しい肌をタオルで撫で汗を拭き取って行きます。こんな時で無ければ悪戯の一つもするのだけど、今日は真面目にしました。
そして上半身を拭くと残ったのは下半身です。
「それじゃあ下も拭くね」
私がそう言うと椿は恥ずかしそうに顔を横に振ります。
その拒絶に少しだけ悲しくなります。
確かに、椿の太ももを撫でてたらどんな声をだすのか、その手が大事な場所に近づくのをみたらどんな表情をするのか興味がありました。しかし、私だって時と場合を弁えます。
それだけに少しだけ残念でした。
「そう、ならお粥を作って来るから、それまでにお願いね」
私はそう言って椿から離れ、部屋を出ました。
もしも、出来てなかったら、その時は私が丁寧に拭いてあげよう。それは確定事項です。
私は少しだけ浮かれながら、調理場に向かいました。
そしてできるだけ丁寧に、そして愛情を込めてお粥を作ります。
私は出来たお粥の味に満足すると、それを持って椿の部屋を再び訪れます。
すると彼女は下着だけつけた状態で寝息を立てていました。
私はその無防備な姿に、一つため息を吐き、持って来た鍋を机に置きます。
「そんな格好じゃ、治る風邪も治らないって」
私は手のかかる奴隷に近づくと、彼女を起こさない様に慎重に服を着せ始めた。
慎重に行った甲斐があったのか、無事に起こさない様に着替えを完了させる。
これだけしても起きないなんて、相当辛かったのだろう。
少しは仕事を減らしてあげるべきか、それとももう少し労うべきか。
そんな事を考え気持ち良さそうに寝ている椿を見ると
「寝てる、よね?」
私は一度そう確認した。そして返事が無い事を確認すると、寝ている彼女のおでこにキスをした。
唇を離すと、椿はむず痒そうに寝がえりを打ち私に背を向けた。
私はこれ以上いて椿を起こすのも不本意だったので、部屋を出ることにした。
扉の前で一度足を止めて、椿の方へ向く。
「そうだ。お仕置きは治ったら受けてもらうから」
そう言うと布団がピクリと動いたが、多分また寝がえりでも打ったのだろう。
私はクスリと笑い部屋を出た。
この話には続きがある。
翌日の朝、私は扉を控えめに叩くノックの音で目が覚めた。
音の主は静かに扉を開けると私の方に近づいて来る。私は彼女が何をするのか、寝たふりをしながら待った。
そして、ベッドの横まで近づいて来た気配が言う。
「主人様、起きてください」
いつも通りの言葉を言いながら、私の体を揺する。いつもの彼女は体を揺するなんて、起こし方はしない。
そうやって起こしたのは、彼女なりのアピールなのだろう。
さて椿は何を期待してるのだろう。私はそれを知りながら返事を返す。
「ああ、おはよう椿」
そう言いながら私は体を起こす。
すると椿は驚いた様な物足りない様な不思議な表情をしていた。
「どうしたの?」
「え? あ、その……」
私が何かすると思っていたのだろう。だからこそ戸惑った表情をするのだろう。
私はニヤリと笑う。
「……いけず」
私がどんな気持ちで昨日、椿を待っていたのか、これで分かってくれただろうか?
私は小さなお仕置きを終えて、ご満悦で朝食に向かうのだった。