面倒はごめんなんだ
空が赤く染まっていた。夕焼けではない。時刻は既に深夜だ。町を包んだ炎が夜空を照らしだしているのである。
青年は一人町から外れた小高い丘でそれをじっと見ていた。その端正な顔に表情というものはない。青みのある黒髪と白い衣を風に揺らして、燃える街をただ見ているだけである。
「また、始まったか……」
そのぽつりと零した言葉は、ここまで届く悲鳴や怒号にかき消された。
第一章 おわりのはじまり
イリウスと呼ばれるこの世界には、三つの大陸と三つの種族が存在する。即ちリーコラン大陸、タルス大陸、イエル大陸と、それぞれに住まう人間、魔族、聖族だ。魔族と聖族はさらにいくつもの細かな部族に分けられ、人間もいくつかの国や街を形成している。
たがいに色々と問題を抱えている彼らが共通して仰ぐのは、一柱の神と、その神に仕える聖女。女神ライトと聖女アンジェリカだ。
かつてこの世界は聖族と魔族が血で血を洗う戦争を繰り返していた。身体能力的に彼らより劣る人間はただ怯えて暮らすしかなかった。そこへ、一人の女性が現われた。それがアンジェリカだ。女神に愛された彼女は闇の神ダークを倒し、世界に平和をもたらした。それまでダークを神としていたため負け組とされた魔族でさえ、戦争の終結を喜んだ。もう二千年も昔の、伝説である。
アンジェリカの生まれ故郷とされる「はじまりの町」ビギンは、人間・魔族・聖族を問わずに聖地とされている。ビギンはタルス大陸でもカカ山を中心とするタルス山脈を挟んで東側、人間の町が多い地方の更に東端に位置する。そこに、一人の旅の青年がいた。
青年の名はアスカという。赤みがかった黒髪から覗いている瞳は漆黒。眠たそうに瞼が半分落ちかけており、宿屋の窓から街の風景を眺めていた。旅先の長閑な光景に和んでいるように見える―彼が、手足を縄で縛られてさえいなければ。
「いい加減吐いたらどうなのよ!」
「だから知らないものは知らない」
アスカを強い口調で攻め立てるのは、高く結わえた金髪を揺らす少女。その容姿は美少女と形容して申し分なかろう。だがアスカは色めき立つわけでもなく、面倒くさそうにぼそぼそと答えた。その様子に少女は更に怒りを燃えさせた。
「でも君は泥棒でしょう!」
「それとこれとは話が別だ」
溜息混じりに言ったアスカは今一度この果てしなく面倒くさい状況になった経緯を思い起こした。
アスカは確かに盗賊だ。誰かとチームを組んでいるわけではなく、最低限の生活費を稼ぐために一人で働いている。
今回も、少しばかり旅費を稼ぐために観光客の多いこの町の宿屋に入りこんだのだ。そしてこの部屋で美しい細工の髪飾りを見つけて頂戴しようとした。そこまではいつも通りだったのだ。だが手を伸ばした瞬間、その髪飾りにかけられていた反発と束縛の魔法が効力を発揮した。技術的な細工なら解くのは朝飯前だが魔法は専門外である。アスカはあえなく御用となった。
本来ならそこで然るべき場所に突き出されるはずなのだが、アスカを捕まえた少女は何故か彼を縄で縛りあげてベッドに転がしただけである。何かと思えば、「私の荷物をどこへやったの」ときた。どうやらアスカの前にも被害にあっているらしい。そのためどこぞの魔法使いにでも頼んだのであろう、髪飾りに魔法がかけられていたというわけだ。
しかしアスカには彼女の言うことに全く心当たりがない。知らぬ、存ぜぬと正直に答えているのに、少女はアスカをこの状態から解放することはなく「そんなはずはない」と返してくるのだ。
いい加減本当に面倒になってきたな。アスカは結び目の甘い縄からするりと両手を抜いた。少女が驚愕の表情を作っている間に手早く足の縄も解き、取り上げられていた己の短剣に手を伸ばした。
「ほら、だから俺はいなくならない方がいいって言ったのに」
爽やかとも言える声音。同時に、アスカの喉元には白刃が突き付けられていた。静止したアスカはその剣先をたどり、にこやかに目を細める男を睨んだ。
「ザッシュ」
少女が彼をそう呼んだ。長身の、体格のいい大男である。アスカが囚われた時、この男も傍にいた。少女が尋問している間町で情報収集に当るよう命じていた。砕けた物言いだが、どうやら上下関係は少女の方が上らしい。おそらく彼女が雇った傭兵か何かだろう。相当腕の立つことはアスカにでもわかる。下手な抵抗は控えた方がいいと、両手をあげた。
アスカに抵抗の意思がないと読み取った男も剣を収める。しかし余裕の表れか、その顔から笑みが消えることもアスカを押さえつけることもなかった。
「で、どうだった」
「知らないとしか言わないわ」
「知らないものは知らないよなあ」
男はアスカに「な、」と同意を求め、少女はきっ、と目を釣り上げた。
「最近、ケットマルを拠点にしている盗賊団があるらしいぞ。犯人、そっちじゃないのか?」
町での情報なのだろう。ザッシュが言うと、部屋には微妙な沈黙が数秒流れた。
ああこれで解放される。アスカは疲労と安堵で再び溜息を落としたが、どうやら少女はそれがお気に召さなかったらしい。
「君の容疑は晴れてないし、むしろ窃盗未遂の現行犯だからね。そこ、忘れないで」
「ならさっさと役所なり軍なりにつれて行け」
投げやりなアスカを少女が睨む。彼は受けて立たずにひらりとひとつ手を振った。二人の間にいたザッシュはそんな様子を眺めていたが、やがて名案を思いついたとでも言いたげに手を打った。
「彼に荷物奪還を手伝ってもらえばいいじゃないか」
は、と。二人分の声が重なった。何を言っているんだこいつ。アスカはザッシュを見たが、彼は真面目に言っていることらしい。
「同じ盗賊なら盗み返してもらえばいいじゃないか。荷物が戻ってくればさっきの未遂はチャラってことで」
「お人好し!そのまま持ち逃げされたらどうするの、意味ないでしょ!」
「しないよなあ、そんなこと」
またしてもアスカに同意を求めてくる男は馬鹿なのかそれとも。アスカは額を押さえ、「分かった」と言った。
「ケットマルに行って確認してきてやる。武器を返せ」
持ち逃げ以前に、このまま逃げられる。アスカは心の中では喜んだが、そうは問屋が卸さない。
「私たちも行くに決まってるでしょ!」
少女が高らかに宣言した。面倒くさい。顔をそむけたアスカに、にこやかな男は「俺はザッシュ、こっちはエレナだ。よろしくな!」などと自己紹介をしてくれた。
※
カカ山の麓の町ケットマルへは、まずビギンの森を南に抜けてレストフへ、そこから西に延びる街道を行かなくてはならない。
彼らがケットマル行きを決めた時既に太陽は西に大きく傾いており、エレナが朝になってからの出立を提案した。その時アスカは頷いて見せたが、彼にしてみればこの二人と関わり合いになることは避けたかったため、夜になると一人ビギンの町を抜け出していた。
夜の森は昼とは違う顔を見せる。今は魔物の時間だ。魔物とは知能が低く害を及ぼす生物の総称であり、特に聖魔の区別をつけることはないのだが、このところ魔族系統の魔物が活発になっていた。そんな夜の森を一人で抜けるなど、誰もするわけがない。アスカはそこを突いて逃げ出したわけだ。
明かりも持たず、一人で真っ暗な獣道を行く青年の足取りは軽い。伊達に十五年も盗賊をしていない。夜目は効く方だ、というよりはむしろ獣並みだろう。
不安も、孤独もない。彼には慣れた状況だった。夜も、単独行動も、繁みの蔭から魔物の群れが襲いかかってくることさえも。
飛び出してきたのは、子犬ほどの大きさのネズミの形をした魔物だった。腰に差した二振りの短剣を抜き放ち、襲い来る魔物の急所を的確に切り裂いていく。周囲が明るく見ている者がいれば「舞うようだ」とでも評したであろうか。純粋な剣士のものとは違うが、アスカの動きからは一切の無駄が省かれていた。
最後の一匹の脳天に剣を突き刺し、百八十度回転させてから抜いた。転がる化けネズミの皮で無造作に刃を拭い鞘におさめる。まるで呼吸をするかのような、慣れすぎた動作だった。
再び何事もなかったかのように歩きだそうとしたアスカだが、足を止めて振り返り、剣に手を添えた。何かが近づいてくる。木々の向こうに、明かりが見えた。松明だろうか。ならば相手は魔物ではない。逃げるが勝ちだと、地面を蹴ろうとした時だ。
「アスカ!」
動きが、止まった。それはもう、ぎこちなく。静止すること数秒、彼は深呼吸をして、振り返った。
アスカを呼びとめた高い声はエレナのものだった。松明を持つザッシュとともに道を駆けてくる。夕方には釣り上げられていたその目には、不安げな色があった。しかしアスカの目の前まで来るとそれもすぐに消え、再び憤りの様子を見せる。
「どうしてこんな夜に一人で出てるの!」
「大事な物なんだろ。取り戻すのに早いに越したことはない」
まさか逃げる気でしたとは言えず、アスカはそうごまかした。エレナはそれを見事に信じたのか、「だからって」と続けた。
「危ないでしょう!心配するじゃない!」
「心配……?」
小さな子供のように、繰り返して尋ねた。今日知り合ったような、それも窃盗未遂の現行犯で取り押さえた相手に対して「心配」とは。アスカには理解ができない以上に、その言葉の意味もよく分からなかった。
エレナはまだ何かぷりぷりと怒っている。ザッシュが「まあまあ」と宥めていた。あまり、効果はない――むしろ火に油のようだが。
「野宿決定だな」
「アスカのせいよ!」
夜のうちに追ってきたのはエレナたちだというのに何故か悪者にされたアスカだが、議論などまっぴらごめんだ。面倒くさそうにひとつ手を振り、少し先にある開けた場所まで歩き出した。
後ろを、文句タラタラのエレナと「夜の森は涼しいよな」などと微妙に空気に似合わぬ発言をするザッシュがついてきた。
面倒だ。うるさい。人と関わることには慣れていない。名を呼ばれたのは何年ぶりだろうか。それまで迷いなく歩いていたはずのアスカは、木の根につまずきバランスを崩した。
※
朝の木漏れ日の中を歩くアスカはげんなりと肩を落としていた。昨夜は酷い目にあった。無論それは魔物に襲われたことではなく、その後の野宿である。
エレナは「魔物避けだ」と言って、少ない荷物の中から取り出したいくつかの薬草とアスカが倒した魔物の血液を混ぜたものを焚火の中に放り込んだ。これが、魔物どころか人間も寄りつかない程の悪臭を放つ代物だったのである。もうもうとたった煙は風下にいたアスカに直撃。痛みすら感じる臭いに彼は倒れるしかなかった。
朝になっても鼻の奥に残る臭いに顔をしかめていたアスカとは対照的に、エレナとザッシュは平気そうだ。曰く、「慣れているからな、はっはっは」だそうだ。
そんな彼らは、明るい中でもたまに襲ってくる魔物の対処も非常に手際が良かった。その為にいるのであろうザッシュはともかく、その後ろから弓矢で援護するエレナもなかなかの遣い手である。精度は百発百中と言っていい。しかも矢尻に毒でも塗っているのか魔物たちは動きが鈍くなったり傷は浅いにもかかわらず即死したりと、矢傷そのもの以外のダメージを受けているようだった。
年頃の少女が傭兵と二人で旅をしているなど、よく考えれば珍しい光景だ。それも、戦い慣れている。彼らにどんな事情があるのかなど興味はないが、ますます関わりたくない相手だと思った。
「ほら、一人より三人の方が楽でしょ」
アスカの心情などお構いなしに、エレナは笑った。確かに戦闘において頭数がいるのは効率的だが、それだけだ。一人で戦えないほど彼は弱くはない。必要かどうかで言えば、不要だった。
「それより、森の様子がおかしい」
話題を逸らしたアスカは周囲を見回した。エレナも同じような仕草を見せるが、首を傾げるばかりである。
ビギンとレストフの間にあるこの森は良質の木材が取れることで有名で、レストフの男たちは日中に森にやってきて木を切り出す。本来ならそろそろその木こりの一人くらいすれ違ってもいいものだが、今のところそれらしき人物は見かけていない。
そもそも、ビギンの森は聖地のお蔭で魔物は非常に少ない森と聞いている。子供たちも良く遊び場にするような、安全な森だと。それが、夜はともかく陽が昇ってからも人間ではなく魔物の群れとはち合わせるとは少々異常だ。
夕刻、レストフの村まで行くと、その理由も分かった。やはり魔物の活発化に合わせて森への立ち入りを自粛しているとのことだ。
「魔王が狂っているっていうのは、本当なのかもな」
百年から二百年に一度、聖王と魔王のどちらかが狂う。すると、光と闇のバランスが崩れて魔物たちが凶暴化・活発化する。最近魔族系統の魔物にその傾向があるため、巷では魔王が狂い始めているのだともっぱらの噂だ。
小さな宿で村人たちの愚痴に等しい話を聞いていたエレナは神妙な顔で頷いた。
「きっと強い誰かが魔王を倒してくれますよ」
アスカは表情を変えることなく、その場を離れた。エレナが「どこ行くの」とまた怒る。彼はひらりと手を振った。
「宿屋は好まない。森の出口にあった小屋を借りる。いいな」
「そりゃあいいけどよ……。危ないぞ、兄ちゃん」
「問題ない」
誰の声も聞かず、彼は一人もう一度村の外へと出た。
木こりや猟師が使うのであろうその小屋は、傷みがひどかった。屋根に数ヵ所穴が開いていて、夜空を見ることができた。しかしそんなことを気にするアスカではない。自分の荷物を枕にして適当に寝転んだ。
アスカは人と関わるのが苦手だ。決して人間嫌いではないし今までにも芸人や商人と旅をしたことがないわけでもない。だが、すべて碌な事にはならなかった。故に、定住することも働くこともせず随分と長い間一人で放浪を続けているのだ。
それなのにどうしてまた、こんなことに。今逃げ出したところであの少女は地の果てまでも追ってきそうだ。「面倒だな」と呟いて、アスカは目を閉じた。
そのせっかく休もうとしたアスカを叩き起こしたのはやはりエレナだった。寝たふりでやり過ごそうとしたが、耳元で喚くので渋々目を開け身体を起こした。
「何だ」
「子供たちが森に入っちゃって戻らないんだって。私たちで探してあげようよ」
「断る」
即答したアスカにエレナは驚いたようだった。まるで断られるなどとは思ってもいませんでした、と言いたげだ。
「あんたの余計な我儘を俺が聞いてやる筋合いはない」
「でも子供が……!」
「それは村の都合だ。どうしてそれに俺が付き合わなきゃならない」
「心配じゃないの?」
「見たこともない人間を心配するあんたがおかしい」
「君は、血も涙もないわけ?」
怒鳴りつけるエレナを見上げたアスカは短刀を一振り抜くと、己の腕に刃を当てて引いた。当然肌の上には赤い筋ができる。憤慨していたエレナは真っ青になった。
「血はある。涙は出ない」
「も、物の例えでしょう!何してんのよ!薬っ……」
「必要ない。傷は浅いし、そもそも不必要に俺自身がつけたものだ。あんたがどうこうする必要はないだろ」
同じだよ、とアスカは言った。大人たちが森に入るなと言い聞かせていたのなら、子供たちは自己責任で森に入ったのだ。その時点でそれ相応の覚悟をしていたとみなせばいい。
「子供には無理よ!分からないわ!」
「大人も子供もあるか。自分の身は自分で守るものだ」
「だけど、困ってる人がいるのに、助けるだけの力があるのに何もしないのは変よ!」
「価値観の相違だ。あんたと話しても意味がない。助けたいなら勝手に行け。俺は知らない」
アスカは再び身体を横たえた。エレナはやはり肩を怒らせている。諦めてさっさと出て行ってくれ、と。アスカが心の中で唱えた時だ。小屋の外で風を切る音がした。
アスカは飛び起きるのと同時にエレナの腕を掴んで引き寄せ、抱きしめるような格好で身体の向きを反転させた。
「え、え?」
顔を真っ赤にさせたエレナのことなどアスカは見ていない。彼にしてみれば背中越しに半分吹き飛んだ小屋の方が大問題だ。散らばった木片が背中に当る。ゆったりとした動きでアスカを覗きこんできたのは、巨大な棍棒を手にしたトロールだった。これも魔族系統の魔物である。
「良かったな。探し物は見つかったみたいだぞ」
「は?あ!」
トロールは片手に子供を二人抱えている。兄妹だろうか、泣き叫んでいた。アスカは短剣を抜き、エレナは弓に矢をつがえる。
「あんたの毒は効かないだろ。下がってろ邪魔だ」
「君の剣も届かないでしょ」
「問題ない」
アスカは剣を構えて駆けだす。トロールは一撃の重さこそあるが動きがノロマだ。手数はアスカの方が多い。とは言ってもエレナが指摘したように、アスカの短剣ではトロールの分厚い皮膚と脂肪を貫通させることはできない。その間にも子供たちは振り回され恐怖に悲鳴を上げた。
「アスカ、先に子供を!狙いにくいよ!」
「知るか」
アスカは地面を蹴り、トロールの膝を蹴り、跳び上がる。左手を一振りして刺したのは、最も無防備な目だ。流石に鈍いトロールも堪えたのであろう、子供を放り投げ顔を押さえた。エレナも「あっ」と声を上げる。アスカは舌打ちを一つして、空中で子供たちの襟首をひっつかむと「邪魔だ」と言ってエレナの方に投げ飛ばした。エレナの力では二人を受け止めることなどできなかったが、クッション代わりにはなった。
子供たちと彼女の無事を確認することもなく、アスカはトロールに蹴りを入れ、その反動を利用してもう一度体勢を整えると、右手に残っていたもう一本の剣で脳天を突いた。脂肪が少なく、眼球の次に無防備な場所である。体重をかけ、剣を深く突き刺し、捻った。
巨体が崩れ落ちる。下敷きにならないよう飛び退いて着地したアスカは、暫く様子を見た後に血液と体液と脂肪でどろどろの剣を引き抜いた。
「……気に入ってたのに」
もう使えない、というよりは使いたくない。軽くて扱いやすいので気に入っていたが、そう零すわりにはあっさりとアスカは武器を捨てた。
何の感情も抱いていないかのようなアスカの後ろでは、子供たちが泣きながらエレナに抱きついていた。彼女も子供たちを抱き締め返してやっている。
「怖かったね、もう大丈夫だよ。お母さんの所へ帰ろうね」
ふと、その姿に重なるものがあった。もう随分と昔の話である。ただし、子供は一人で、抱きしめているのは女性ではなくこれでもかという程ごついおっさんだったが。そして、子供には、帰るべき場所など、なかったが。
「おい、お前達」
アスカは淡々と声をかけた。子供たちは怯えた表情で彼を見る。「面倒だ」やはりアスカは舌打ちをした。
「レストフに武器はあるか。簡単なものでいい」
「お、おじさんたちが森に入る時に使うのなら……」
「そうか、なら案内してくれ。譲ってほしい」
「ちょっとアスカ、君ね……!」
エレナの小言など耳も貸さず、アスカは走って行く子供たちの後をゆったり追いかけた。
村で狼狽するだけだった大人たちは、戻ってきた子供とアスカたちを見ると大いに喜んだ。エレナがアスカを説得している間すでに森に入って捜索していたというザッシュも「何だ、無事だったのか良かったなあ」などと人の良さそうな笑みを浮かべた。
村人たちは何か礼をと言ったがエレナは丁重に断り、新しい武器のことしか頭にないアスカは「なら短剣を二つ、あれば譲ってくれ」と答えた。そんなものではと言う声があったが、アスカは「武器が一番大切だから」と返し、あまり手入れのされていない切れ味の悪そうな短剣を譲り受けた。
「悪いな、そんなものしかなくて」
「どうせケットマルかテメで買う。それまでもてばいい」
それだけ言って、アスカは人々の輪から抜け出した。エレナとそれに従うザッシュは村をあげてもてなすことになったらしい。アスカも呼びとめられたが「構うな」と一蹴した。
殆どお祭り状態になっている村に背を向けた彼は先程の半壊した小屋へと戻った。しかしそこに入る手前で足を止め、手に入れたばかりの剣を抜いた。森の闇に幾つもの光が浮かんでいる。それは全てアスカの方を向いていた。昨夜よりも数が多い魔物の群れだ。
「だから人と関わるのは嫌いだ」
突進してきた一匹の魔物を斬ると言うよりは打ち据えて、アスカは剣を構えなおした。
「この先には行かせない。面倒はごめんなんだ」
そうして、魔物たちが撤退するまで彼は一人で戦い続けた。背中に聞こえる村の賑わいを気にする様子もなかった。ただ、淡々と。目の前の敵を殺した。