天下八百万剣
先輩、おひさ! です。
こんな離島まで、わざわざ会いに来てくれるなんて、珍しいですね。
取材のため? はは、また書いてるんすね、小説。どうせなら俺が主人公の小説書いてくれません? もちろんかわいいヒロインつきで!
話が面白かったら、考えてやる? よーし、張り切っちゃいますよ!
そんじゃ、ここはロマンの一つ。「刀」の話と参りましょう!
つまらなかったら、一刀両断? ふっ、優柔不断で軟弱者。彼女にフラれてさまようフニャフニャの俺を、斬れるものなら斬ってみろですよ!
歩きながら話しましょうか。
先輩も知っての通り、世の中には名剣や名刀がありますよね。
ここでいちいち、いわくの話などしませんよ。どうせボロを出して、先輩が突っ込んでくるんだから。
それでも剣豪将軍、足利義輝も死の直前に秘蔵の名刀たちで、迫りくる追手をバタバタなぎ倒したって、語られちゃうくらいだから、刀って日本人の魂だと思いますよ。
先輩、実物の刀を握ったことあります? 俺はありますよ。
剣道をやっていましたけど、モノホンの刀って、すげーですよ。何がすごいって、見た目とか重さじゃないっす。
試したい。つまり、人を斬ってみたくなるんです!
あ、半歩引きました? ヤベー、こいつ相変わらずの中二病だわ、て目が言ってますよ。でもマジですって。真剣を握るとね、何だか自分まで抜き身の刃みたいになっちゃうんです。今度、武芸者の人とかに聞いてくださいよ。あながち間違いじゃないと思いますよ。
そして、その魂を作らんとするは、多くの刀鍛冶たち。歴史に名を遺した方もいれば、知られずに終わった人もいるでしょう。
実はこの島、修行中の鍛冶職人たちが、集まって鉄を打つ場所の一つだったんですよ。
何ですかね。「刀鍛冶版のトキワ荘」と言った方がいいかな。クリエイターとして、命がけという共通点もありますし。
あ、でもここの場合、ヘボでも来られちゃうから、失礼な表現だったかも。
漫画家のトキワ荘は、選考基準を満たした精鋭軍団。ここのトキワ荘は斬れない、売れないのボンクラ軍団。才能ナッシングなニブチンどもの、せっちん詰めってとこですか。
逃げ場がない以上、道もまた鉄を打つしかない。追い詰められた果てのクリエイターですからね。そりゃ怨念にも似た熱が、刀にこもるもんですよ。
そうやって経験を積んだ者達は、いっぱしの刀鍛冶として師匠のもとに戻るんです。鍛冶のスパルタ、ここに極まれりですね。
ただ困るのが、数打ち物の処理です。未熟者たちの製品ですから、取るに足らぬ駄作ばかり。たいていは、知人たちに譲り渡して処理してしまったようです。
兵農分離が進んでいない時世でしたから、切れ味はともかく、数を揃えるのには、ここのせっちん詰めも役に立ったといったところですかね。
ですが、困ったことにプライドの高い人ですとね。この刀を作ったのは誰だー! お前だー! という現実を認めたくなくて、島に死蔵させてくれと申し出ることも多かったんですよ。
自分の黒歴史、葬ってくれませんか、というわけです。いつの時代も、クリエイターの考えは変わらないですね。その黒があるから、今の自分があるのに。
俺だってフラれたこと自体は黒歴史ですけど、彼女との楽しかった時間が間違いだ、消してしまいたいなんて思いませんよ。彼女に失礼じゃないですか。
さあ、着きましたよ、先輩。
小さい社。その後ろには立ち入り禁止の柵と、こんもりとした土の山。
知る人ぞ知る、「刀塚」でござーい、とね。
刀匠達の黒歴史、ここに集まっているという奴です。
もしかすると並みの心霊スポット以上かもしれないですよ。心霊スポットが死者の怨念漂う場所なら、この刀塚は生者の怨念漂う場所。
かつて、ここを寝床とした浮浪者が、翌日バラバラ死体で発見されたくらいですからね。しかも、傷口はスパリと斬れたものから、何度も切りつけたんじゃないかという、下手くそなものまで、たくさんあったようです。
囲まれて、なます斬りにあったのでしょうが、さて無数の凶器と犯人たちはどこに消えたのでしょう、という謎が残りました。ふふ、ヤバ気なところでしょう、創作意欲湧きません?
だから、油断していると……あ、やられました。
ほら、親指の先、紙で切られたみたいでしょう。先輩も左手小指の第一関節から血が出てません? ばんそうこう、渡しますね。
見ての通り、隙あらば切れ味を試してくる、アブナイ奴らです。自己承認欲求が一人前なのも、職人の性って奴ですかね。
先輩も一度書き始めたら、しっかりケリつけてあげてくださいよ。そうしないと、いつかほっぽっとかれた作品たちに、襲われるかもしれませんからね。
自分の歩みに目を向けて、世阿弥の言った本当の意味の「初心忘るべからず」ですよ。
あの日の未熟な作品。味わった恥と屈辱を忘れるな、とね。
いつか振り返った時、「ああ、俺はここまでレベルアップしたんだ!」って、心から感じたいじゃないですか!