少女、川べりにて、親を思う
つぶらやくん、あと一個くらい何か買っていこうか?
保育園のみんなへのプレゼント、いい案ある?
積み木とかどうかって? あー、うん、いい案だと思うけど、私的には遠慮したいかな。ほら、ちょっと崩れやすいし、デコボコのついたブロックとかにしたいんだけど。
お前がいいなら、それでいい? ごめんね、わがままで。初めから答えが決まっているなら、わざわざ聞くなって言いたいところよね。
何か、理由があるのか? うん、昔、ちょっとね……。
ほら、こう言うといつも興味津々なんだから。分かった、分かった、話すわよ。
学校に戻らないといけないから、歩きながらね。
私がかなづちなのは、知っての通りよね。
原因は人によって様々だと思うけど、私はある経験から水が苦手。プールはもちろん、海とか川とか湖とかは勘弁したいと思っているわ。さすがにまたげるくらいの小川なら大丈夫。
私だって本当に小さい頃は、水遊び好きだったわよ。
だけど、五歳の時。忘れもしないわ。あの出来事が原因になったの。
今と同じような、暑い夏の日だったわ。
私は家族みんなで集まって、川べりでバーベキューをしていたの。当時は小さかったからね、適当に遊んでなさいって言われて、川の浅いところで水遊びしていたわ。
考えてみると、お母さんかお父さんの誰かが私を見ているべきだった。でも、どこかで油断していたのか、もうこの時点で何者かに呼ばれていたのか。
つぶらやくんの想像通りよ。私は流れの中で見かけた魚を追いかけているうちに、すってんころりん。おむすびみたいに流れの中に転げ落ちてしまったわ。
川の中って見た目とは違って流れが速いっていうのは、本当ね。私は何とか息をするために、水面から顔を出してもがいていたわ。まさしく、あっぷあっぷの状態ね。
それでも川はどんどん深くなり、あっぷあっぷも通用しなくなって、私の意識は川の水と一緒に流れていって……。
いつの間にか、私は川べりに立っていた。つい先ほどまで、足もつかない流れの中で溺れかけていたというのに。
不思議だったわ。辺りは昼どころか、照明がすべて付けられた体育館のように、まぶしい光に満ちていた。なのに、辺りの景色は霧や霞に巻かれているかのように、ぼんやりとしか見えないの。
ただ、足元だけはよく見えていたわ。この川べりの石は、瑠璃色に輝いていて、私はとても興味を引かれた、と思う。今考えると、不気味でしょうがないけど、あの頃から私はどこか抜けていたからね。
私は積み木感覚で、石を積み上げ始めたわ。
理由なんてない。あれは本能とでも言うべきものかしら。
家にあがる時は、靴を脱ぐ。朝起きたら歯を磨いたり、顔を洗う。それと同じくらい、石の積み上げは身体に染みついた自然な動作だった。
ここまで話したら、つぶらやくんには分かった? つまらなくてごめんね。でも、せっかく話したんだし、最後まで聞いてほしいかな。
私が一段、一段、石を積み上げていくとね、徐々にお母さんとお父さんのことを思い出してくるの。ああ、二人のもとに戻りたいなって、ただひたすらにそんなことを思ってた。
でも、ある程度石を重ねるとね、地震が起こるの。私がじっと座っていられず、横倒しになってしまうくらいに、大きな地震。
積み石も当然、崩されてしまったわ。私は地震が収まるのを待つと、もう一度積み上げ始める。そして、また地震に遭う。何度も何度も、同じことの繰り返し。
でも、嫌だとは思わなかった。ひたすらに積み上げることが、私にできる唯一のことだと、なぜか悟っていたから。地震が起こるたびに、崩れようとする積み石を必死に押さえながら、私は石の塔づくりに挑んでいったわ。
そうして、積み上げた石が、座っている私とだいたい同じくらいの高さになった時。
遠くから、声が聞こえたわ。
いつの間にか、私のまわりの霞が晴れてきていて、声のした方へ顔を向けた。
間違えるはずがない。両親の姿だった。こちらに駆け寄ってくる姿を見て、私は立ち上がったわ。
その時だった。両親とは反対側から、ずしんずしん、と大きな足音がしたの。大きな揺れで積み石を崩しながら現れたそれは、正に鬼だった。
もじゃもじゃの髪。頭から生えた二本の角。私の倍はあろうかという、大きくて真っ赤な体。おぞましいまでの異形が、猛烈な勢いで私に迫ってきたわ。
鬼と両親が、ほぼ同時に私の身体をつかんだ。
鬼が私の右腕を、両親が私の左腕を、力の限り引っ張った。
とても激しい痛みだった。夢か現実かもわからないこの世界の中で、あの痛みだけは確かにあった。
身も心も引き裂かれそうだった。
私は必死に叫んだわ。お母さん、お父さん、助けて! と。
引っ張る力がどんどん強くなり、やがて私の腕の感覚が消えていって……。
あ、学校着いちゃった。
ありがとう、荷物持ってくれて。重いものを片腕しか持てないから、役に立てなかったね。
悪いこと聞いたな? あはは、何言ってるの。最初につぶらやくんの言うことを断ったのは私。その埋め合わせで話しただけよ。現にこうして生きているんだから、儲けものと思わないとね。
明日も水泳の授業あるっけ。やっぱり私は休む。
水が怖いのもある。でもそれ以上に、気持ち悪いものをみんなに見せたくない。
あの日から、私は腕一本を向こう側に持っていかれてしまった。春夏秋冬を問わず、私はその証を周りに晒したくないの。今日もこんなに暑いのに、長袖なのはそのため。
でも、私に後悔はない。
おかげで大切なことを学べたもの。
自分の娘のために、必死になってくれたお母さんとお父さん。
あの顔が本当の、鬼の形相、というものなんだって。