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こちら現世地区異世界入口前停留所

 あー、危なかった。何で橋を渡ったとたん、敵があんなに強いのよ!

 え、もっとレベルを上げて、装備を整えろ? そんなの、ただの旅行じゃない!

 いい? つぶらやくん。「冒険」って「危険を冒す」と書くのよ。レベル上げなんて弱い者いじめ! お金稼ぎはカツアゲ! そんな奴が悪の権化を倒すなど、片腹痛いわ。

 クリアする頃には、どちらがいけない奴か分からないじゃない! 勝てば官軍などと、そんなことがまかり通る?

 あ、まったくこのメンドクサイ女は、って目が言ってるわよ。ふーんだ、いいわよ、いいわよ。どうせ私は無粋な女ですよー。ロープレよりもパズルとアクションの女ですよーだ。

 それにしても、もう一回敵に遭ってたら、さすがにやばかったわ。体力以外すっからかんよ。橋を渡ったら別世界ね、ホント。ハラハラして疲れた。

 さて、そろそろ帰ろうかな。つぶらやくん、借りてた本返すね。また、何か借りてくけど。つぶらやくんは紙の本が好きなんだ。最近は電子書籍が増えてるけど、はやりに乗らないのね。

 私? 私も紙派よ。そうじゃなきゃ、借りてくわけないでしょ。

 そういえば、電子書籍が導入された理由は知ってる? まだ利用者が少ないけれど、これから先は、どんどん電子化が進むはず。どうしてかは分かる?

 紙の節約? まあ、ダイレクトな影響はそこでしょうけど、私はある経験から、もっと別の理由があると思っているのよ。


 今から三年位前かな。詳しいことは言わないけど、当時の私はすさんでいたわ。

 自分を取り巻く、何もかもがうっとおしくて、本の世界に逃げていた。だけど、どの本も読んでいると、自分が気にくわない展開が出てくるの。

 主人公もヒロインも、どこかしらで痛めつけられる。後の逆転が約束されていても、私はその場面を見ただけで、吐き気を催したわ。自分にとって永遠に心地よい世界、ありはしないのかってね。

 なら、自己満足小説でも書け? はいはい、つぶらや大先生のおっしゃる通りです。文才のない私に、ケンカを売っているんですか?

 じゃあ、どうするか。私は持っている小説たちから、自分の気に入るシーンばかり切り取っていったのよ。ハサミでね。

 苦痛に思うシーンを片っ端からのぞき、感情移入した主人公が、心地よい思いしかしない都合のいい世界。ついには、主人公の名前を自分に書き換えた私は、悦に浸っていた。

 雑な裁断で、ボロボロになったページたちを紐で留めて、「私の、私による、私のためのさいきょうの物語」を作ったのよ。何十、何百冊とあった本たちを犠牲にしてね。

 この世界は全部、私の思い通り。富も名誉も男たちも、そのほか女性が追い求めるものすべてが手に入る世界。そして、私に逆らうものは、地獄の苦しみを受けて果てていく世界。

 気持ち悪いと思う? ごめんなさいね。当時の私の心の支えはこれだけだったの。


 その日から、すべてが私に都合よく進んだ。

 憧れの彼から告白されて付き合いはじめたし、バイトで私をなじった上司も先輩も、急な都合で姿を消した。ダメもとで受けたオーディションの一次審査に受かるし、「私の時代、来た!」って思ったわ。

 でも、どこかおかしいことが増えたのも確か。初めは意識しなかったんだけどね。

 例えば、私が降りた電車。次の駅で人をはねたわ。

 私が拾ったタクシーが、降りてからほんの数十メートル先で、トラックと正面衝突した。

 スイーツの食べ歩きをしていて、気に入ったお店を見つけるのに十軒回った時、それまで回った九軒が翌月には一斉に閉店した。

 全部偶然の代物かも知れない。確かに私にとって都合のいい世界だった。同時に、それは私が去れば、次々に葬られる世界でもあったのよ。

 極めつけは、ライブのチケット。その日に用事ができてしまって、もったいないから友達に渡したの。


 ――つぶらやくん、もう、うすうす予想できた? 

 私が本来座る席の真上にあった照明が落ちたの。私ではなく、友達の脳天に。

 友達が病院に運ばれたと聞いて、私は確信したの。

 私は確かに主人公になることができた。私自身がおいしい目にあう、摩訶不思議な異世界に入り込むことができたのよ。

 でも、それは私以外を、その他大勢として切り捨てる世界。私さえいればいい世界。そのためなら、あらゆるものを犠牲にして構わない世界。

 このままでは、きっとこの先、私以外の多くの人が持っている、大切なものが踏みにじられる。

 自分さえ良ければいい、なんて言っていられなかった。もし、自分以外の誰もがいなくなった世界ができたとしたら、それにどれほどの価値があるのだろうってね。


 私は友達の病院に向かう前に「さいきょうの物語」を焼き捨てたわ。

 それからはすべてが元に戻っていった。

 友達が快方に向かい、私は彼にフラれて、バイトではまた嫌味ったらしい奴が上に立つし、オーディションは二次で落ちたわ。私はあの世界から帰ってきたのよ。

 でも、あのつぎはぎだらけの紙の物語は教えてくれたわ。

 曰くなき、「さいきょう」などこの世にない。

「さいきょう」って、本当は見えない多くの誰かによって支えられて、初めて成り立つものなんじゃないかってね。


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