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どざえもん探し

 お兄さん、隣をよろしいですかな。

 ほほう、その熱心な書き込み、文筆をされる人ですな。

 私は恥ずかしながら、写真を趣味にしておりまして。たまたま、この川に来たわけです。どうです。芸術家同士、とっくりお話でも。

 この時間、ちょうど鳥たちも中州に集まって、羽休めといったところです。我々もゆっくり語らおうではありませんか。

 取材と調査の旅行。それはそれは、色々な題材が見つかりそうですな。

 私も昔はあちらこちらに言ったものですが、最近、足が弱くなってしまって遠くに行きづらくなりましてな。

 ビールもコンサートも、生に勝るものはなし。我々芸術家が出会う、世界の全てもまた然り。見知らぬ人にこの空気、この思い、どのように伝えるか。いや、尽きることのない課題ですな、お互いに。

 おっと、鳥たちの休憩が終わったようですな。少し失礼、何枚か撮らせてもらいます。


 お待たせしました。いやあ、飛ぶ姿も泳ぐ姿も、美しいものです。

 おや、こんな枯れたじじいの姿をメモしていた? いやはや、恐れ入りますな。

 文筆と言えば、私も何か話を差し上げましょうか。今日、会ったのも何かの縁。少々お耳を汚しますが、よろしいですか? はは、謙遜も遠慮も芸術家には不要ですぞ。


 江戸時代の「同心」という存在はご存知ですかな? 時代劇で何度かご覧になられたかと思いますが、当時の江戸の司法、行政、警察の仕事をしていた役職です。

 そして、彼らの下には「岡っ引き」と呼ばれる部下がいた。まあ、部下というより手先のイメージですな。あの十手と「御用」の提灯を持った彼らです。とはいえ、その実態は今でいう臨時のアルバイト。同心の下でメシを食べることはできても、本業は別にありました。

 その上、大半の岡っ引きは前科持ち。その犯罪歴や技術を見込み、「蛇の道は蛇」とばかりに犯罪行為捜査に利用したのですな。


 幕府が続くとともに、増加をしていく岡っ引き。その中に、弥之吉という者がおりました。本業は、なんと絵師。人には、安定しない二つの職業で生活をしている、無謀な「二足のわらじ」履きに見えました。

 その彼の十八番。それは「どざえもん」を見つけること。水死体探しの名人だったのです。

 かといって、彼が水に潜ることはない。岡っ引きの仕事がない時は、川や海でのんびりと絵を書き、それを売って生活していたのです。食いつなげる腕だけに、人相書きを請け負っていたこともあったと、聞いておりますな。


 しかし、人の世の常。彼を妬む者が現れ、邪推を始めたのです。

 どざえもんの下手人は、弥之吉その人。あとになって、それをさも初めて見たかのように報告して手柄にしているだけだと。

 評判が仕事に関わるだけに、雇い主の同心はすぐに手を打った。嫌疑をかけんとする岡っ引きと、弥之吉を知らぬ町人、お目付け役として、多くの下っぴきたちが動員されたのです。

 本人に気取られぬ隠密行動。彼の生活は、起きてから寝るまでつまびらかにされました。

 どれだけの時間家にいて、どれだけの時間を外で過ごし、行きつけの店、厠に行く回数、女遊びの趣味も何もかも。

 数カ月に渡る調査の末、彼は白と相成りました。

 彼に嫌疑をかけた岡っ引き。そのことごとくが、彼に向かって頭を下げ、できる限りの詫びをしたとのこと。

 驚く弥之吉は、事情を聞いて困った顔をしたそうです。そして、皆に言いました。今度、自分の方法を伝授すると。


 そうして約束の日。彼は近くの川べりで、小さな舟を何艘か出しました。希望者たちは舟に乗り込み、弥之吉を見つめたのです。

 しかし、舟が動き出すと、当の弥之吉は舟の方向を指示するだけで、自分はのんきに絵を描くばかりでした。普段なら怒るところではありますが、本業を他に持つ者たちの集まり。彼の飯のタネを奪ってはならぬ、と彼の言うことにしぶしぶ従ったようですな。

 やがて適当なところで舟を折り返し、元の桟橋に戻った時、弥之吉の手の中には三枚の絵ができていました。

 墨のみを用いた、素朴な線画。しかし、見た者全てが、一目であそこと分かるほどの明瞭さ。彼の絵描きとしての実力に、誰もがうなった時。弥之吉は告げたのです。

 その絵に描いた場所。全てにどざえもんがあるはずだと。

 果たして、彼の言うとおりでありました。つい数日前、行方が知れなかった娘。数カ月前に姿を消して、腐り始めた男二人。弥之吉の言っていた場所で見つかったのです。


 彼は話したそうです。鳥たちが教えてくれるのだと。

 川を泳いでいる、多くの鴨たち。彼らは姿こそ悠然としているが、水面下では懸命にバタ足をしているのです。それは彼らにとって、水上のエサを選り分ける有効な手段となります。

 そして、どざえもんは水に漬かった時から、その存在を知らしめる。

 自らの、肉と油をダシとして、見えぬ虫から見える虫へ。見える虫から見える鳥へ。まかれた生き餌が、訴える。

 俺は、私は、ここにいる。命の果てが、ここにある。

 鳥たちがその命を貪るさまを、自分もまた食い入るように眺めているから、分かるのだと。


 弥之吉の天才的な技術は、結局、伝わることなく終わりました。

 しかし、命は巡るもの。それがどのような形であれ、私たちにその存在を示しているのでしょう。

 おや、鴨たちがあんな川の真ん中に集まっていますよ。よほどの大物のようだ。

 どれ、私はもう二、三枚撮って、場所を移りましょうかな。

 お兄さん、桜の樹の下には屍体が埋まっている、とは、有名な一文です。

 ですが、鴨の下。川の底には、何が眠っているのでしょう?

 たとえ見えても、見えずとも、我々にできることは、ただ一つですな。


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