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団地マンションの怪

 つぶらやくん、悪いねえ。荷物を運ぶの手伝ってもらっちゃって。今日はあまり男手がないもんだから、つい頼んじゃったよ。

 次で最後だから、さっさと終わらせて戻ろうね。

 今日はほとんど車の中だったけど、乗り物酔いはしていないかい? それはよかった。

 この辺りの団地、つぶらやくんは来たことなかったっけ。

 そうか。昔は高度経済成長に乗っかって、道路を作り、工場を作り、集合住宅を作りと日本中が目まぐるしく動いていたんだ。この辺りの団地も、そのブームに乗って開発されたんだよ。

 私も昔はこの辺りに住んでいてね、今とは別の会社に勤めていたんだ。その時に不思議な体験をしたのが印象的だったよ。

 おおっと、つぶらやくん、顔色が変わったね。そういえば、小説を書いているって言ったっけ。ここまで手伝わせてしまったし、私の話でよければ、着くまでの間で語らせてもらおうかな。


 元々、「団地」というのは「集団住宅地」の略で、集合住宅の集まりという意味合いだった。日本住宅公団の主導のもと、戦後十年が経つ頃には水洗トイレ、風呂、ベランダが各個室に取り付けられて、多くの人にとっての憧れの的だったんだ。

 私が住んだところは、当時では珍しめの六階建て。鉄筋コンクリートが売りのマンションでね。エレベーターもついてる、「ハイカラ」な作りだったんだ。新築の建物だし、私も若かったから、同僚に自慢して回ったものだよ。

 

 だがね、三ヶ月くらいしておかしなことが起こりだしたんだ。

 居住者は私も含めて四十名。まだまだ部屋に余裕はあったはずなのだけどね。

 早朝や深夜に、階段を昇り降りする音がやけに多かったのさ。労働者が住んでいるとはいえ、真夜中に一気に何十人分もの足音がするなんて、妙だと思わないかい。それも三日に一回という高頻度だ。

 最初は大家さんに苦情を言いに行く人もいたのだけどね。どう考えても、足音の数と実際の居住者の人数が合致しなかった。皆が静まり返った夜更けに、集団で浮浪者が潜り込んできたりしない限りね。


 私自身、肝が冷えた出来事があったよ。

 その日、仕事が遅くなって、家に帰ったのが真夜中だったのさ。

 私の部屋は六階。仕事に出る身であることを考えれば低い階層の方が楽だったんだが、若さと眺望の誘惑には勝てなかった。物珍しさでエレベーターに毎日乗ってみようという魂胆もあったのは否定しないよ。

 当時のエレベーターの箱は、今のように大きくなかった。そのマンションに取り付けられていた物の場合、人が三人乗れれば良い方というサイズだった。

 そして、いざ私が乗り込むと、後ろから足音が駆けてくるんだよ。あ、誰か乗ろうとしているのかな、と振り返るのだが、誰もいない。

 空耳か。そう思って私は一人エレベーターで六階に向かった。

 だが、六階についてエレベーターの扉が開いたとたん、私のすぐ横から足音がしたんだ。だけど、姿は何も見えない。通路の奥へと駆けて行った足音は、やがて聞こえなくなった。

 このようなことを経験しては、さすがにびびってしまってね。しばらく同僚の家をはしごして泊めてもらい、自分の部屋に戻ったのは一週間後くらいだったよ。


 他にもおかしな現象はあった。

 上空を飛行機が飛ぶと、決まって全部屋が停電を起こすんだ。夜でもお構いなしだから、子供のいる部屋からは、大きな泣き声が聞こえてくることもある。

 お約束で、誰も住んでいない部屋から物音がしたり、話し声が聞こえてくると噂話になってね。半年が経つと居住者は半分くらいになっていた。

 私かい? 確かに不気味だとは思ったけど、当時の仕事場から徒歩五分という立地だったからね。さっさと家に帰れるというメリットを捨てることと天秤にかけて、どうしようかと迷っていたところだった。

 当然、お払いもしてもらったのだけど、翌日には一層ひどくなる始末。とんだ幽霊たちがいたものだと思ったね。


 ところが、ある一人の新規入居者により、事態が動き出した。

 齢六十歳は超えていると思われる、おじいさんだった。しかし、シナの方に従軍した経験がある、ムキムキの方だったよ。右肩の肉が少し抉れたような跡があってね、爆弾の破片を受けたらしいんだ。終戦時点でまだ子供だった私には、別の世界の人間に思えたよ。

 私は日課でラジオ体操をしていたけれど、おじいさんは必ずそれよりも早く起きていた。何度も顔を合わせるうちに一緒に体操をするようになったんだが、ある時に聞いてきたんだよ。

 誰か脚力訓練、四十七を行っているのか、とね。私が知らないと答えると、三日に一度、階段で大勢の人がその訓練をしていると、おじいさんは言うんだよ。

 どうやらあの姿なき、足音のことを言っているのかと私にも分かった。その脚力訓練、四十七というのは、一定のリズムで緩急をつけながら、階段の上り下りをする、おじいさんが所属していた部隊の訓練方法だということだった。

 他に何かないか、と聞かれて私はありのままを話したよ。すると、おじいさんは舌打ちをしたんだ。

 それでお払いなぞ逆効果だ。ますますひどくなるに決まっとる、とつぶやいて、マンションに向き直ると、マンションの名前を大声で叫んでから続けたんだ。


「戦争は終わった。総員、警戒態勢を解除せよ。繰り返す、戦争は終わりだ!」


 早朝の青空に、おじいさんの声が響き渡った。あちこちの窓が開いて、彼の姿を直に見た人たちもいたが、おじいさん自身はマンションに対して、敬礼をしたまま動かなかった。


 それ以降、マンションで足音をはじめとするおかしな現象は、ピタッと収まった。

 おじいさんは言ったよ。現象の正体は人間の幽霊ではない。このマンション全体の材料が原因だと言ったんだ。

 戦後の焼け野原から材料をかき集め、それに色々なものを付け足されて、「息を吹き返した」魂たちなのだ。お払いなどされた日には、死んだ同胞の分まで戦おうと、なお身が入るだろう。

 彼らは死んでいた間に戦争が終わっていたことを知らない。だから、ここに住む人たちに戦闘準備を行うように促していたんだろう。仕事熱心な建物だとおじいさんは笑っていたよ。

 今かい? 老朽化が進んで、取り壊されたという話だよ。

 だが壊される前に部屋を借りた同僚の話では、足音はしないものの、しばしば朝の五時ごろに建物全体が揺れたらしい。

 おそらく、一番早くに出ないといけない労働者に合わせて、大胆な目覚ましを行っていたという噂だよ。


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