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足のある蛇、みーつけた

 ねえ、こーくん、そろそろ休憩にしない?

 え? 勉強中は先生と呼べ? こーくん、やっぱり仕事人だよね。それとも雰囲気づくり? 先生って呼び名が気に入ったの?

 休んでもいいけど、故事成語は覚えろ? テスト前だからって、スパルタでたまんないなあ。教科書見ながら休みますよーだ。

 矛盾。ものごとのつじつまが合わないこと。漁夫の利。争いと関係ない第三者が、苦労せずに利益を得ること。蛇足。付け加える必要のない、余分なもののこと……?

 先生、これ間違えていまーす。蛇足は余分なものとは思えません。なぜなら、うちのお父さんが見たことあるからでーす。

 あ、先生、スイッチ入った? しめしめ。じゃあまずは麦茶をどうぞ。


 お父さんが小さい頃の話だってさ。

 当時、お父さんは友達の一人と秘密基地ごっこをして遊んでいたみたいなんだよ。

 一度はやったことない? 木の枝とダンボールとか集めてさ。映画とか漫画とか小説に出てくるような本格的なものじゃなくても、ロマンを感じるよね。自分の空間、いっこくいちじょうの主って奴?

 お父さんたちも変わらなかったみたい。茂みと茂みの間にダンボールを置いてさ、確保したスペースの中で雑誌読んだり、お菓子をバリボリ食べてたんだって。

 家にいると、親が色々とうるさい頃だからね。自分の部屋もないとなると、外にスペースを求めるしかないってわけ。


 そして、お父さんと友達の秘密基地ごっこが始まってしばらく経った。

 ある日の昼過ぎに、二人はいつも通り秘密基地にやってきたんだ。来る前に河川敷に捨ててあった漫画雑誌を拾ってさ、一緒に読もうとしていたわけ。

 でも、いつも二人がたまっている、ダンボールの「洞穴」の中に、今日は先客がいたんだよ。しかも人間じゃない。

 蛇だったんだって。青信号に泥をミックスさせたらこうなるだろう、ていう深緑のぬめぬめした体。大縄跳びの縄くらいに細いんだけど、最初に言った通り、この蛇には足があったんだよ。

 とはいっても、ヤモリみたいに小さい足なんだけどね。その上、とぐろも巻けないような短い体。四本の足をついて、べったりと地面にうつ伏せになっている姿は、いかにも疲れてますよ、くつろいでいますよ、というサインに見えたんだって。

 お父さんたちは悩んだ。自分たちの空間を陣取られたうえに、相手は妙な蛇。下手に刺激してけがをするのも怖い。

 何より足があるなんて、異常だった。学校の授業で障害者について学んだばかりのお父さんたちは、蛇が仲間外れにされてここにいるんじゃないかって思ったんだってさ。

 結局、その蛇の向かいの茂みに、新しくダンボールを用意して、二人と一匹の秘密基地ができたってわけ。


 それからというもの、学校帰りに秘密基地にいくと、お父さんたちはその蛇に出くわすようになったみたい。

 最初は警戒していたお父さんたちだけど、その蛇はじっとお父さんたちを眺めていることがほとんどで、襲ったりしてこなかったんだって。

 移動する時もあったけど――細長い身体なのに、四本の小さい足でぺったんぺったん動くから、すごく変な感じがしたらしいよ――ダンボールやお父さんたちが散らかしていた雑誌やお菓子の袋を、すんすん嗅いだり、空を見上げるばっかりだったんだって。

 お父さんたちも図鑑を引っ張り出して調べてみたんだけど、足の生えている蛇のことはどこにも載っていなかった。

 もしかして、新種? と思ってすごく興奮したって、お父さんは言っていたよ。

 でも、お父さんたちにその蛇を捕まえる気はなかったんだ。

 一匹だけで、お父さんたちの秘密基地に居座っている蛇。きっと友達の一人もできなかったんだろうなって、子供心に同情したんだって。

 秘密基地と同じように、子供たちだけの特別にしておきたい。そんな気持ちが湧いたんじゃないかって僕は思う。


 そうやって、二人と一匹が過ごし始めて四カ月くらい。

 台風の時期がやってきた。

 大きい台風がここら辺を直撃した日があったんだ。雨がじゃんじゃん降って、お父さんたちは秘密基地に行くことはできず、家の中に閉じ込められた。

 あの蛇はどうなっただろう。頼りない秘密基地の中で、ぶるぶる震えているのかな、とお父さんは雨が打ち付ける窓越しに、灰色の雨雲を眺めてぼんやりそんなことを考えていたんだって。


 その時だった。

 空がビカビカっと光った。雷だってお父さんは思った。

 続いてやってくる音を、お父さんは待ち構えていたんだ。でも十秒以上経っても、音は聞こえてこない。

 よっぽど遠かったのかなと思い始めた時、大きな音が聞こえたんだ。

 だけれど、それはへそを取られそうな、聞きなれた音じゃなかった。

 銅鑼を鳴らしながら、同時に大きな鈴を転がしているような、耳に残る不思議な音だったんだって。それが二度、三度と響いたかと思うと、強い風が吹いて、窓一面に雨粒が叩きつけられた。

 でも、お父さんは見たんだ。雨雲よりも黒い、細長い影がうねりながら空高く昇っていくのを。


 台風が去った後、お父さんたちは秘密基地に行ってみた。

 予想通り、荒れ放題だったらしいよ。例の蛇もいなかったみたい。

 ただ、その地面に一つ。お父さん四人分はあろうかという幅と長さを持った、大きい足跡が残されていたんだってさ。


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