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Don't wanna be left behind

作者: おーじ


 昨晩は、珍しく雪が降ったらしい。ここらは温暖な気候だから、降った雪は直ぐに染みとなって地面を濡らし水玉模様を残していくのみだから、私を含めこの地域の人間は積雪を知らない。路面に残った雪は、踏みしめるとシャリシャリと硬い音がする。滑りやすくなった路面は、その上を歩く者の歩みを遅らせる。


「雪なんて、この辺じゃ降ったって積もらへんからな」


 隣で歩いているのは、高校の同級生。憐という名前で、高校の頃は科学部だった。大学生になっても同じ路線の同じ駅を利用しているので、時々ホームで会う。そういう時は決まって、同じ時間の電車に乗って、乗り換える駅まで一緒に居る。付き合っているとかではなかったけど、たまに食事などに誘ったり誘われたりしていた。


「積もったっていいことないやろうけど、憧れはあるよね」


 決して目立つ存在でもないし、顔がかっこいいというわけでも無かったけれど、それなりに頭が切れるし何より物腰が柔らかくて優しい。

 私は彼の、そういうところに惚れていた。


「あー、かまくらとか作ってみたいかも。俺も憧れはあるよ」


 憐がこっちを見て笑う。笑った顔は素敵だが、恥ずかしくてちゃんと憐の顔を見ることができなかった。彼が好きだからというのもあったし、それを悟られるようなことは絶対に避けたかったからだ。

 確かに私は、憐のことを一人の男として好きなのだが、一方の憐は私の事は友達として認識している。仲のいい友達。たまに一緒にご飯食べに行って、身の上の話や悩み事などを語ったりして、それだけの関係。


「その中で肉まんとか食べたい。あの中意外とあったからしいし」


 友達であること。それこそがこの心地よい距離感を保てる唯一のカギ。


 駅に着くころには、ほとんど雪が見かけられなくなっていた。駅前はほとんどが舗装された道路や歩道たから、アスファルトに落ちた雪は間もなく溶けてしまったのだろう。歩道は雨上がりの時と同じように濡れているだけであった。


「ええやん」


 憐はそういうと、それからは何も言わなくなった。さり気なく憐の横顔を盗み見る。別に沈黙が気まずいというわけではなかったのだが、何となく気になったのだ。どうも彼は何か考え事をしている風だった。地面が普段より滑りやすくなっているというのに、一体何を考え込んでいるのか。


「どうしたん」

「俺さ……」


 一瞬、言葉が詰まった。憐の中で、何かしらの葛藤が生まれているのだろう。北風が吹いた。無防備な頬に当たる冷さが痛かった。しかし、憐はすぐに気を取り直したようで、次の言葉を発した。


「東京の大学編入しよう思うねん」


 言葉が出てこない。


 へえ、そっか。

 どこの大学?

 いつ?

 それじゃあ一人暮らしするん?


 聞きたいことももちろん沢山あったけれど、何よりまず浮かんだ言葉は、


「何で?」


 だった。


「落ちた大学に未練があるんやろな。とりあえず受けたいってだけ」


 東京の国立大学に落ちたから、今は関西にある私学に通っている。そういう事情も分かっていただけに、辞めろと言えないのが本当のところ。憐が本当にそうしたいのだとしても、私には彼がどこか遠くへ行く選択をするのが嫌だった。


「今の大学だって、所謂いいとこやん。今更そんなん……」

「……わかってる。落ちるかもしれん、でも俺諦めてないから」


 東京に出たいと高校の頃から口癖のように言っていたのも知っている、あきらめが悪い奴だというのも、簡単に言って聞くような奴でないのも。それでも私が彼を止める理由が、一方的な好意ただそれだけなのも。


「……」


 何に対して湧き上がるのかわからない嫌悪感。押さえつけるのが苦しくなるほどに溢れ出す。無意識に早足で歩いていた。憐は憐で、また何か考え込んでいるようで、さっきと変わらないペースで歩いている。ホームには電車を待つ人が沢山居た。人混みに紛れて、憐から少しでも目につかないような場所に隠れて列に並んだ。


『間もなく上り線に、07:10発、大阪行き直通特急が到着します。黄色い線の内側でお待ちください。次の停車駅は……』


 電車の到着とともにホームから線路に落ちたら、諦めてくれないかな。


「あ、いた」


 しかしすぐに見つかった。


「そのマフラー、すぐ見つけられるんだよ」

「あんたが、私にくれた物やからやろ」

「かもな」


 そういえば前に「女友達にマフラー渡す男?脈ありなんじゃないの?」みたいな事を誰かに言われたことがある。そうだったらどれほど嬉しいことだったか。


「なんだかんだ身に着けてくれてんだな」

「あんたがくれたもん。当たり前」


 電子音に続いて電車が到着すると、扉からぞろぞろと乗客が出てくる。降車する人間の列が途切れた頃合いを見て、先頭に並んでいた人間から扉の内側へと進んでいく。私もその列に続いて、車内の奥まで進む。


「ほんと?」


 今の発言が嘘だと思う? と目線で訴えてみたけど、また上の空。気が付いているのかいないのか。


「マジで東京行くん」

「そうって、さっきも言わなかったっけ」


 置いていかないで、という素直な気持ちを必死に押し込めようとするけど、結局隠しきれなくなって言葉に出てしまう。はっきり言わないから、曖昧で分かりにくくなってしまう。


『まもなく西宮、西宮です。急行は乗り換えです』


 車掌のアナウンスを最後に、車内にいた人間は誰も喋らなくなった。電車の走行音と、暖房の作動音のみが響く。私はただ車窓から外の景色を眺めていた。ビルと住宅しかない景色は、殺風景だった。そのまま目を瞑って、立ったままにして眠ったふりをした。そのしばらく後、電車が速度を落として停車した。


『西宮、西宮です。次は、尼崎に停まります』


 目を開ける。いつもこの駅を過ぎると人でごった返していた車内が僅かに広くなる気がしている。再び寝たふりをしながら、私はぼんやりと考え事をした。


 このまま私は告白することなく生きていくのかもしれない。後悔しながら、関係を保つことに執着しながら、彼を見送るのか。それで終わるのは嫌かもしれないが、変に意識されたり嫌われるのと比べれば、我慢できる。

 しかし、だ。毎日ではないにしても頻繁に会っている私と離れて暮らすことが、彼にとっては苦痛ではない。私は耐えられないし、そんな日々を想像したくない。


 私が東京に行けばあるいは……いや、無理か。親に許しがもらえないだろう、理由が理由だし東京でやりたいことなんてない。


『尼崎です。阪神なんば線、近鉄奈良線はお乗り換えです』


 考え込んでいたらアナウンスも聞こえてなかったが、目の前のサラリーマンが立ち上がったので私もふと我に返ることができた。ドアが開くと、一斉に車内の乗客がホームに向かっていく。


「お前はさ、どう思うん」


 おもむろに憐が話しかけてきた。後ろから声がしたけど、振り向きもせずに「何が」とだけ返した。視線の先は、電光掲示板。もう二分ほどで私が乗る電車が来る。


「……編入」


 ぼそっと憐が呟く。消え入りそうな声は、電車の走行音にかき消された。聞こえなかったので、もう一度聞き返した。


「俺が、東京に行くこと、どう思うんって!」


 電車に負けじと大声を出したが、思いのほか大きな声だったようで、反対方面のホームにまで声が響いたのか、そこにいた人がこちらを見た。一瞬怯んだ憐だが、まっすぐ私を見つめていた。こいつ、本気じゃないのか、なんで私にそんなこと聞くん? 行きたいなら、本気で諦められないなら、私にいちいち確認しなくていいのに。

 それとも、試されているのか? 私は何だと思われているのか? ふざけんな、いい加減にしろ、何のつもりなんだ。大声でそう言ってやりたいけど、それら全てが本心じゃないのは自分が一番知ってる。それならもう今、ここで、ぶちまけてやろう。


「いや、そんなん絶対いや! 離れたくない! 憐とずっと、一緒に居りたい。


 友達でもいい、彼女なんかなれんでもいい。そばに、居りたい!」


 時が止まった、気がした。

 聞きなれた童謡のメロディの電子音が流れると、その後アナウンスが流れた。電車が近づいてくる。行かないといけないのに、足が動かない。言葉が出てこない。


「……やめる」


 彼のほうから口を開いてくれた。泣きそうな顔をしている。憐、泣きたいのは私。


「は?」

「やめる、諦める。ここで頑張ろうって、今決めた。ありがとうな」


 押し殺していたすべての感情が溢れ出した。声にならない嗚咽が、大粒の涙となって溢れる。


「やば、泣くな、あ、電車! 電車出てまう、早く、ほら行けって、な?」


 突然泣き出した私をどう扱っていいのかわからなくなった彼の慌てぶりが面白くて、少し気持ちが和んだ。何となく、肩の荷が下りた気がする。


「うん、ごめん、うれしいなって」


 好きって、言えなかったけど。


「気をつけてな」

「そっちこそ」


 今日は、今日だけは駆け込み乗車、許してください。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 初期の作品を読んでいます。物凄く文章が上達されていて感動しました。 [一言] 諦めないで下さい。私は好きです。
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