町へ行こう
浮遊大陸の西に広がるのは肥沃な土地、この国一番の穀倉地帯といわれるニーロカ地方。
この世界に来るとき見えた広い緑の大地はここだったようだ。
今日ユシャさんと一緒にニーロカのニニカという町に来た。
ニニカはユシャさんの家から一番近い町だ。
つまり、私が連れてこられた(落とされたとも言う)この異世界で初めてユシャさん以外の人に会える。
やっぱり美形のエルフとか猫耳、犬耳でしっぽモフモフの獣人族とか、ドワーフとほか魔族とかいるのかしら?
だって、魔法の世界だよ。聖獣がいるんだよ。期待するなというのが無理。
昨日の夜のこと、文字を覚えなければいけないということで、ユシャさんが本を買ってくれることになった。
出世払いと言う名の借金だけど...
「明日、町に行く」とユシャさん。
「そうですか。いってらっしゃい」と私。
「お前も行くんだ。朝、早めに準備しておくように」
「はい?ええっ!本当ですか!」
「文字を覚えるのに本が必要だと言っただろうが。買いに行く」
「はいっ!」
...ということで、アルクくんの背に乗り町外れに降り、町の入り口まで歩いてやってきた。
アルクくんは降りた場所で待機。なんでも聖獣ガルワンドというのは本来、人には懐きにくく認めた相手でないと従わないらしい。
私には甘えたりしてくるから、人懐こいのかと思ってた。
私、アルクくんに認められてるのかな?
だったら嬉しいんだけど...
聖獣は必要レベルの魔力があれば契約できるらしい。例外もあるらしいが。
そして今、私の目の前には町の案内板。
『ようこそニニカへ!』(ユシャさんに教えて貰った)という文字の下に簡単な町の地図。
誰かが趣味で描いたような、良く言えば味のある絵のような看板。
メインストリート短っ!
街より田畑が広いんだ。まぁ、農業地帯だから当たり前か。
でも、道の整備はしてあるらしく町中の道は碁盤のようで、小京都という言葉を思い出す。
しかも、絵入りで案内してあるので文字が読めない私にもわかりやすい。親切な案内板だな。
商店街(食べ物や服、工具等の絵)、繁華街(お酒の瓶の絵とか)、やけに酒場多いな…こんな田舎の町なのに。
ん?あの、うっふんアンドはぁと♪な感じのイラストは…もしかして私の勘違いじゃなければユシャさんが言ってた娼婦と言われるお姉さんの居るところ(キャバクラか)かも?こんな小さい田舎町なのに?
この町の男は...いや、どの世界だろうが男の人ってこういうのが好きな生き物だと聞いた記憶がある。
はっ!まさか、ユシャさん私にそこで働かせようとか?
『さっさと働いて金稼いで返しやがれ!』とか考えて?
だから、急に私を連れて町に来たの?
「何、固まってんだ?」
「う゛~~~」
「何、うなってんだ?」
「ユシャさん私あそこで働くんですか...」
「はぁ?」ユシャさんが私が指差した所に目をやる。
その後、ユシャさんは笑いがしばらく止まらなかった。
ユシャさんの話によると、この町は農業が盛んでいろいろな穀物や野菜等を育て出荷している。
年4回の収穫期(それぞれ収穫期の違う作物がある)にはよその地域からたくさんの人が働きに来る。
それは収穫の手伝いや仕入れに来る商人、作物を狙いやってくる動物や魔物や泥棒から畑や作物を守る傭兵などさまざまである。
そして、それを当て込んでの商売が栄え、この町にちょっと不似合いとも言える繁華街、大きな妓楼ができたということである。
それにしてもユシャさん笑いすぎ。ジト目で睨むが全然平気なのが、またムカつく。
「心配するな。お前みたいな子供売れもしないって。」
「向こうの世界ではほとんど大人なんです!」
「あ~そういえば、確かに幼女趣味ってのもいるにはいるらしいな」
「私は幼女じゃない!百歩譲って大人じゃないとしても少女でしょうが!」
「まあ、お前の世界では知らんが、ここでは50歳以下は子供だ」
50歳?!この世界の人ってそんなに成長速度遅いの?
私の戸惑いを無視してスタスタと前を歩くユシャさん。私は遅れまいと慌ててついてゆく。
ユシャさんは賑やかな通りに入っていく。朝市のようだ。
色々な物を売っている。
野菜、花、魚、肉、日用品まである。魚は川魚かな。白い大根に似た大きな野菜、カラフルで赤や緑のリンゴのような物や紫でナスみたいな物もある。
根菜類も葉物も形がさまざま、見とれているとまた置いていかれそうになった。
後を追うと、屋台に行き着いた。美味しそうな匂いが鼻を刺激する。
ギュルルルル...
お腹が大きな音を出してしまった。かっ可愛くない音だ~! 鼻だけではなく、お腹も刺激されてしまった。
朝早かったし、何も食べてないもん。
「なかなか自己主張の強い腹だな」
「うぅ」
「そういや、朝飯まだだったな。腹ごしらえするか」
「はいっ」
ユシャさんは野菜スープに春雨と肉団子が入ったような料理を二つ頼んだ。
屋台のそばにイスとテーブルがいくつか並べてあり、客は自由にを使っていいらしい。
テレビで見た東南アジアの国の屋台みたいだ。
周りで食べている人を見回してみたけれど、見る限り普通の人(ヒト族というか私達のような人間)ばかりだ。
異種族っていないのかな?
顔立ちはアジア、アフリカ、欧米とさまざまだけど、亜人というかファンタジーの世界のお約束はどうなってるの?責任者出て来い!
「ユシャさんじゃないですか。今日はどうしたんですか?おや?」
食べていると大きな荷物を持った商人風の男の人が声をかけてきた。
見た目年齢は30前後。この人も普通のヒト族だ。
私に気付き首をかしげている。な、何かおかしいかなぁ。
「この子...」
「この間話した迷子だ。」
「女だなんて聞いてないですよ!」
「まだ女のうちに入ってない。子供だ」
ユシャさん、本人が目の前にいるのに失礼だなぁ。
すると、その男の人が私の前に跪いた。
イスに座り春雨やら肉団子をせっせと口に運んでいた私は、喉に詰まらせそうになった。
「お嬢さん、すまない。私はヤクトといいます。服を選んだのは私なんだ。
女性とは聞いてなくて男物を選んでしまった。こんな可愛い人にあんな服ではあんまりだ。すぐに取り替えます」
「そ、そうなんですか」
どうりでやたら色が地味だと思った。じゃ、下着も男物だってこと!?
ユシャさんを見ると私から目を背けた。
「取り敢えず、これで」
何か呪文のような言葉をつぶやくと私の服が変わった。
首元はゆるいドレープの薄いサーモンピンクのオーバーブラウス、そして膝丈の黒っぽいパンツ。膝の部分は絞ってあって小さなリボンが付いている。(後で聞いたが、お店の商品と入れ換えたとかで請求し直されたらしい)
「あ、バカ!ヤクト、魔法まで解除しやがって」
え、魔法?
「ユシャさん後で店に寄ってくれますか。頼まれていた物が届いてるし、それに彼女に...え~と、お嬢さんお名前は?」
「ヒナです。」
「ヒナさんに必要な物を店の女の子に言って揃えておきますから。いいですねユシャさん」
「わかった...」
ユシャさん渋々といった感じで返事してる。
「じゃあヒナさんまたお逢いしましょう」
「はい」
ヤクトさんは荷物を抱えなおし雑踏の中に消えていった。
この世界にも普通にいい人がいるんだな。それに、ユシャさんよりずっと紳士だ。
「で、ユシャさん魔法ってなんですか?私に何か魔法をかけていたんですか?」
「ちょっとな」
「どういうことですか!ちょっとってなんですか!事としだいによっては!」
「どうするつもりだ」
「...え~っと...」
こういうときはなんて言えば効果あるかな。ユシャさんに弱み握られてるのは私の方だし。
「ナンデモナイデス...」
「面倒事を避けるためにお前に簡単な魔法をかけていた。それをヤクトに解除された。あいつの魔法レベルだと見破れるからな。だが、お前に黙ってて悪かった」
えっ?謝った。
ふ~ん...意外と素直。やっぱり思ったよりいい人なのかも。
「さっさと食べろよ。次いくぞ」
「あ、待って下さい」
前言撤回!
ユシャさんに置いていかれそうになり慌てて食べ終え、ついて行く。
店の人達はユシャさんの顔なじみらしく、
みんな親しげに挨拶したり声をかけてくる。
「あれ?ユシャさんどうしたの?珍しい。女の子連れて」
「ギクッ!」
あれ?ユシャさんの様子が...
「何だ?ユシャさんが女連れてるって?明日は雪が降るか?」
「ええっ!ユシャさんが嫁さん貰ったって?」
近くの店から次々に顔を覗かせ、話がどんどん変な方向に...
「ユシャさん可愛い子だねえ。彼女かい?」
「お姉ちゃん達がヤキモチ妬くよ」
お姉ちゃん?
「だから、そんなんじゃないって言ってるでしょう。はぁ...だからいやだったんだ。
せっかく男に見えるように魔法をかけていたのにヤクトの阿呆が...」
「何ですかそれ!私が男に見えるって!」
文句言おうとしたら
「おっ、ここだ」
「は?」
ユシャさんがある店の中に入る。
本屋さんだ。狭い間口の小さい店だけど手前に文具、奥には天井までびっしり本の詰まった本棚がいくつか並んでいる。
本を何冊か選んでくれた。ペン、インク、ノート、そして文箱を買って貰った。
この世界の紙はわら半紙みたいな薄茶色をしている。
何で出来ているんだろう。やっぱり植物かな?羊皮紙らしいのは高級品のようだ。白い紙はもっと高級なのか並べ方でなんとなくわかる。。
荷物はユシャさんのドラ〇もんのバッグに入れてもらった。
「次いくぞ」
ユシャさんの声に「はーい」と返事してついて行く。他の文具もっと見たいけど仕方ない。
「あれ?ユシャ先生じゃん?」
「ホントだ。ユシャ先生だ。」
「ユシャ先生、女連れてる。」
見た目、中学生位(?)の男の子が3人私達に近づいてきた。
この世界ではこの子達の年齢もわかんないな。
ん、先生?
「先生、この人先生の彼女?」
「宝珠楼や氷華楼の姉ちゃん達が大騒ぎするよ。」
「先生モテるからなあ。」
宝珠楼?氷華楼?
「ヒナ、この金で、あそこの店でコリカを一袋買ってこい。」
「コリカ?」
「いいから早く、言えばわかる」
「はい」
お金を渡され渋々屋台に向かう。なんか私、追い払われた?
「おまえ達、あまり変な噂をまき散らすなよ。」
「ユシャ先生、コリカで買収する気だ。」
生意気盛りのガキ共だ。何を言うかわからん。子供は苦手だ。
「いいか。これは、重要機密事項だ。あれは実は男なんだ。
俺の新しい弟子で、まだ新米なんだが、ただひとつ女に化ける魔法を覚えたのはいいが、元に戻れなくなった。その上、記憶を無くしてしまった。だから近々あいつも学校に通って勉強するから、色々教えてやってくれ。」
ガキ共、驚いてる驚いてる。
「頼んだぞ。あいつを守ってやってくれ」
「わかった。」
「わかったよユシャ先生。」
「あいつのことは俺達が面倒見てやるよ。」
「ユシャさん。買ってきました」
「さあ、みんな食べてくれ」
子供達が大喜びで袋に手を入れ中のものを取り出す。
芳ばしい甘い香りが漂う。茶色い丸い栗のようなものだ。
ひとりの子が私に一つ差し出す。
自分も一つ手に取り
「こうやって食べるんだ。」と 爪を裂け目に差し込み、パチンと割る。
中から白い実が出てきてそれを口に入れている。
私も真似をして割って口に入れてみた。
「美味しい。甘い。」
「だろ?コリカの実を煎ってあるんだ。俺はアベル、あんた名前は?」
「ヒナです」
「ヒナ、あいつがシド、こっちがオリオン。わかんないことは俺達に聞いてくれ。これからよろしくな」
「こ、こちらこそよろしく」
ちょっと上から目線じゃない?この子。
「じゃユシャ先生またね」
「ああ、またな」
子供達はコリカを分け合いながら行ってしまった。
「ユシャさん教師だったんですか?」
「少し前まで時々魔法の授業をな。人が足りないからと頼まれて仕方なくて教えてた。少しの間だけだ。」
へえ... 意外。
ユシャ先生か...あの様子だと割と慕われていたのかな。
こちらを見ないって、照れてる?
クククッ可愛いとこあるんだ。
歩いていると、さっきと随分違う雰囲気の街並みになってきた。
「あの、ユシャさん、ここって...」
「これから行く蘭香亭は遊郭街の入口あたりにあるんだ。だからメセナ達やその客が出入りする店でもある。」
「メセナってなんですか?」
「酒場で客の相手をしたり、または遊郭の遊女のことをメセナというんだ。」
どっひゃ~!
そ、そういえば、さっきから露出度の高い服着たお姉さん達が、こちらをチラチラ見ながら歩いてる。
「ここが蘭香亭だ」
「えっ?」
見上げた建物は...まるで中華飯店じゃん!
もしかしてオーナー中国の人?な訳ないか。
中に入ると...やはり内装も中華飯店みたいだった。
だったらやっぱり料理も中華?
「あら来たわねユシャくん」
「旦那いるかい?」
「いるわよ。あんた!ユシャくんが来てるよ」
店の奥から男の人が出てきた。
「今、シュウマイ蒸してるんだ。お前、見ててくれるか」
「あいよ。その奥の席使って。ノル先生も来てるよ」
シュウマイ?!
それって、こっちの料理じゃないでしょ!
奥の席には50歳位の女の人が座っていた。
白髪の混じった深緑の肩くらい長さの髪には緩いウェーブが かかっている。
さっきの女将らしき人は藍色のストレートの髪をまとめて結い上げていた。
街でもいろんな色の髪の人がいた。
これじゃ、私の黒い髪は目立つ。
「先生お久しぶりです」
「本当に。顔合わせるのは5年ぶり位かしら。ユシャくん、たまには顔出しなさいよ。こことは目と鼻の先なんだから」
「すみません。ご無沙汰してしまって」
ユシャさんが!借りてきた猫に見える。
「座って」
ノル先生に勧められ、この店の旦那さん?が先生の隣、ユシャさんと私が向かいに座った。
この奥の席は衝立で入り口の方からは見えないようになっている。
やはり異世界から来た私はあまり人目に付かないほうが良いんだろう。
てか、さっきまで堂々と街中歩いてきちゃったんだけどね...
「まず自己紹介するわね。私はこのニニカで学校を経営しているノル・サイア。」
「オレの恩師でもある。お前のことは二人には話してある。」
ユシャさんの先生...だから猫被ってるんですね。
「私は蘭華亭の店主で雨宮 裕司といいます」
「えっ、もしや!」
「はい。あなたと同じ異世界人で日本人です。」
なんとーーーーっ!!