あの子とホテルの裏庭で
まるで南のリゾートホテルのような……いや、まさにそうなんだけどね。
ホテル・アデリーナはかなり人気らしく、夕食のために屋上のレストランに行ったら満席だった。
ここは、料金を払えば一般客でも入れるけれど、人気なのでかなりの予約待ちがあり、宿泊客以外はなかなか入れないそうだ。
但し、宿泊客であり、しかもコネのある私達はレアなVIP予約席を確保されていた。
ステージでは華麗なダンスショーや人気があるらしい歌手やグループが楽しげな音楽や歌でお客さんを沸かせていた。
もちろん食事も豪華。
地元の魚貝類、果物、野菜をふんだんに使ってあり、この世界の料理にしては質が高いと思う。
遠慮なしでモリモリ食べる私の横で、ユシャさんが頭を抱えていた。エルさんに高額請求が行くかもしれないと焦っていた。
多分大丈夫じゃないかな。ユシャさんは身内みたいなものなんだから、きっと安くしてくれるんじゃない…かな~?
しかし、このホテル、ニニカでの暮らしを思うと余りの違いに世の中の不公平というか理不尽さを感じてしまうのは私だけだろうか?
まるで元の世界に帰ったかのような錯覚をしてしまう。
泊まっている部屋も私の世界の普通のホテルみたいなのだ。
ふかふかのベッド、蛇口からは綺麗な水とお湯。
綺麗なバスタブには香りの良い花と果物が入浴剤替わりのように浮かんでいる。
魔法道具であろう小さな箱は冷蔵庫らしく冷たい飲み物が入っている。
外は暑いのに部屋の中は魔法で快適。エアコンか……
この魔法道具だけは、オプションで、自分の魔法を使うのも自由。自分の魔力を使いたくない場合は、料金を支払えば魔法石をセットしてもらえる。
ホテルの中にはバーや小さなカジノもあるらしいけど、ユシャさんは
「仕事に来たんだからな」
と行くつもりはないようだ。
私にも
「子供の行く場所じゃないから、好奇心に任せて行ったりするんじゃないぞ」
と釘を刺すのを忘れない。
はいはい、大人しく寝ますよ。
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翌朝の朝食はホテルの1階のレストランで取った。
バイキング形式とかどこから伝わったんだ?
まさか、アデリーナさんが異世界人………には見えないよねぇ。
ユシャさんが仕事に出掛けたのでホテルの庭を散歩。
南国っぽい原色の花々が咲き乱れていて、花好きな私はテンションがあがる。
しかし昨夜のディナーはなかなかのお客さんも豪華さでちょっとビックリした。
ヒト族中心だが、エルフや魔族らしき人や獣人もいた。そして珍しい獣族という種族の人を初めて見た。
下の大地の希少種族だそうで、見た目は動物そのままだが二本足で立って歩いている。モフモフがすばらしいライオンのような男性の方としなやかな黒豹の女性の方、そして狼のような男性の方、三人の肉食獣様だった。超かっけぇ~!
三人とも魔族の方の従者だということだ。
ボディガードかな?
あまりジロジロ見るのは失礼だと思い、意識して見ないようにしたけど、お近づきになりたい。
玄関の方を見ると、ちょうどアデリーナさんが帰るお客さんを見送っている所だった。
アデリーナさん、美人でスタイルもよく仕事もできるし完璧な女性に見えるよなぁ。
理由は聞けなかったけど、ユシャさんのお父さんとは円満に別れたのかな?
わだかまりとかはないみたいだけど…
「おい!」
突然、横柄に呼び止められた。
アレックスくんだ。
「何か用かしら?私は『おい』じゃなくてヒナって言うんだけど?」
「だから…女は面倒くさいからイヤなんだ…」
なんかブツブツ言ってる。
「今日は女の子の格好じゃないのね。可愛かったのに」
「あ、あれは。ユシャさんを油断させるためで…」
あ、赤くなった。女装は好きでやってるわけじゃないのか?
確かアレックスくんは…普通のヒト族なら見た目では15~6歳位…アベルくん達と同じ位よね?
「それより、魔法。魔法の練習見てやる」
「えっ?アレックスくんが見てくれるの?」
「ユシャさんに頼まれたからな。別にやりたい訳じゃないんだからな」
「そうなんだ。うん、ありがとう」
とんだツンデレ少年だ。
アレックスくんに案内されて裏庭の広い場所に来た。
町内の片隅にある公園位の広さ。ドラ〇もんで〇び太君たちがよく遊んでいる空き地位の広さと言えば判りやすいかな?
海側の低い石塀には飲み物の瓶のような物がいくつか並べてある。
その他にも、練習に使うのか、物があちこちに置いてある。彼もいつもここで練習しているらしい。
アレックスくんが据え付けてある箱のボタンを押すとシュインッと音がして半透明の膜が周りに現れた。
魔法バリア?これで外への影響を気にせずに練習出来るってわけなんだ。
ここはホテル側には建物が間にひとつ。ホテルの倉庫だそうだ。海側には人工ビーチが見える。
半透明のバリアの向こう、ホテルの泊まり客の人達が水着で出てきてビーチに向かっているのが見える。
女性の水着がやたらきわどいのはなぜだろう……
フリーダムだなあ。男の人は目の保養し放題だよ。
みんな、スタイルがいい。というより、スタイルに自信があるから出来るんだよね、きっと。
「ヒナ、練習始めるぞ」
「は、はーい」
いきなり呼び捨て?!
ま、いいけど…ユシャさんは今頃はドラゴンと逢い引き中か、いいなぁ。
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今、俺はドラゴンの巣の近くに来た研究者の近くを警戒中。
研究者に聞いたが、ドラゴンの子供が数頭いなくなっているらしい。ドラゴン達が騒いでいた理由はそれらしい。まさかとは思うが、ペットにする目的で連れ去った不埒者がいるのだろうか?
まぁ、それを探すのは警備隊に任せよう。
アレックスに妙なことを吹き込んだのはトリスタだったようだ。
少し前、トリスタがここに泊まった時、俺がヒナを居候させていることを話してしまった上
「アレックスくんも女の子だったら良かったのにね~」
などと言いやがったらしい。
俺はヒナが女だから家に置いてやってる訳じゃない!
いくら酒を飲んでいたとはいえ、あの野郎!
今度会った時は、ただじゃ置かないからな。次の酒代は全部トリスタに奢らせてやる!
********
アレックスくんにまず、得意な魔法を見せてみろと言われた。
得意って…どれかなあ。
どれも似たり寄ったりだけど、強いて言えばジャオさんがいるおかげで水の魔法が他よりはいいかな。
「では、水の魔法で…アクアボール」
目の前に大小のシャボン玉のような水のボールが沢山現れ、ふわふわ浮いている。
「…」
あ、あれ?反応薄いな。お気に召さなかったかな?
「もうちょっと強力なのはないの?」
強力なの?
「例えば、どういうのご希望でしょうか?」
アレックスくんが呆れたような顔をした。私、なんか変な事言った?
「そうだな。ウォーターショット!」
ガシャン!
アレックスくんの手から放たれた水の魔法は低い塀の上に並べてあった空き瓶のひとつを砕いた。
「おー!すごいすごい!」
思わず拍手してしまった。
「やってみろ」
水を圧縮して…空き瓶を狙って…
「ウォーターショット!」
ガシャン!
おお、スゴイ!できた!
ジャオさんのおかげかな。ユシャさんの言いつけでジャオさんは人前には現れないようにしている。元々精霊は人の目にふれる場所に現れる物ではないらしい。
お、アレックスくんが割った瓶より細かく粉々になっている。なんだか自分ができる人な気分になるぅ~
「や、やればできるじゃん」
「ありがとうございます!」
「後で割れた瓶片づけとけよ。お袋が怒るからな」
ぷぷっ!お袋だって、かっこつけちゃって。ママって呼んでたよね、確かパパとかも言ってたし。
でも、そこは追求しないであげよう。
今、気分いいし私はそんな小さい女じゃないからね…なんちゃって。
「う~ん…お前さあ、魔法使う時、ちゃんとどんな風になる魔法かイメージしてやってる?」
「イメージ?」
一応してるけど、よくわからないから、あやふやかも。
「俺は魔法はイメージが大切だと思う。お前は魔力はあるみたいだけど、どんな魔法を使うかちゃんと考えてないんじゃないか?だから威力とか形がはっきりしないんじゃないかな。悔しいけど俺より強力なウォーターショット撃てるんだから、ちゃんとイメージすればできるんじゃないかと思う」
アレックスくん私のが強力だって認めたよ?!根は素直な良い子なのかも。
うーんと、つまり、使いたい魔法を頭の中で想像というか創造すると?
だったらこんなこともできる?
「水の竜!」
「うえっ!!お前、何やってんだ!」
某ゲームで見たリヴァイアサンとか言う竜をイメージして水の魔法で創ってみた。結構強そうに見える。なんか動いててリアルだなぁ…
「うわぁ、本当に作れた」
「お前、とんでもないな。どんな魔力の使い方してるんだか。初歩で戸惑ってるかと思えば、難しい魔法を簡単に使ってみたり…でもすげぇ…本当に生きてるみたいだ。鱗一枚一枚まで再現してある」
アレックスくんはしばらく興味深そうに私の作った水竜、(リヴァイアサンは本当は竜じゃないとかなんとか聞いたけど気にしない)を眺めていた。
あ、これ結構MP使うみたい。初めてMPちょっと減ったなって感じた。
「ね、ね、次は他の属性でやってみていい?」
「そうだな、じゃあ、あの的にファイアボールうってみろ」
アレックスくんが指さした先には弓矢の的のようなものが立ててあった。実は、火の魔法には若干苦手意識がある。上手くいくか?
深呼吸ひとつ。
「いきます!ファイアボ…」
「ヒナ!」
「ヒナじゃないか!」
はい?呼び捨て2連発。
声のした方向に顔を向ける。
「アベルくん!オリオンくん!」
なんで二人がここに?
。