見知らぬ森
目の前が真っ白になり眩しい光の洪水に飲み込まれた。
意識朦朧となりながら考える。
これって現実?流されているような吸い込まれていくような、不思議な感覚。
そしていきなりふわんと浮遊感。思わず足を突っ張る。
が、そこには地面はなかった。
「何これ~~~っ!」
「うわあ~~~!」
周りに何もない青い空の中に放り出されていた。
白、ピンク、薄紫にたなびく雲が見える。雲の中に何か動く物があるように、一瞬だけ見えた。そして、下には緑の大地。山脈。
そして、ずっと向こうに白い大きな…
······木のようなものが見えた。
ただいま私達落下中。
さっきの彼が、何とか私の腕をつかみ引き寄せてくれたので二人一緒に仲良く落ちてます。
てか、そんなにのんきにしてる場合じゃない!
「このままじゃ地面に激突だ!」
「ど、どうしましょう」
「あれ、なんだ?」
向こうからやたら大きな鳥が飛んでくる。
地球上にあんな大きな鳥いましたっけ?
······え?
鳥じゃない~~~~!!!!!!
「ドラゴン?」
「そんなばかな?!」
よくゲームででてくるまるで恐竜のような身体。ちょっとトカゲっぽい頭。背中には蝙蝠みたいな翼が生えている不思議な生き物が向こうから飛んでくる。
こちらにだんだん近づいてくる。
高度は私達の方が高い。すれ違うか、タイミング合えば激突。なんか妙にグッドタイミングな感じがする。
ということは······このままだとぶつかる!
彼が手を伸ばし私を自分の方にグッと引き寄せ抱き締めた。
ドキッ!いや、ときめいてる場合じゃないってば!
ドン!!!
二人はドラゴンらしき生き物の上に落ちた。
「ぎゃっ!」
「きゃっ!」
『グワアッ!!!』
ドラゴンも驚いただろう。かなり衝撃があったと思う。
かなり下へ下がった気がする。
ごめんね~!私は心の中で気の毒なドラゴンに謝った。
で、そのドラゴンの上に落ちた私達は勢いよく弾んでしまったのだ。
また空中に投げ出される。
『クワァー!』
ドラゴンは一鳴きするとそのまま飛んでいってしまった。
まだ、落下は続く。
「危ない!!」
彼が私の頭を抱えるようにして抱き締め直す。
ズダダダダダー!
「ぐっ!」
「きゃああっ!」
私達は森に突っ込んだ。
落下が止まった。
木の途中で引っかかったので地面に激突せずに済んだようだ。
「なんとか······止まったみたいだな······」
「はい······」
あのドラゴンのおかげで落下速度が緩くなり、衝撃を少し抑えられたみたいだ。ありがとうドラゴンちゃん。
引っかかっていたのは緑の葉の茂った木の中ほどで、枝や木に巻きついていたツルに掴まりながらなんとか下に降りた。
「はあ~、なんだったんだよ。しかし、ここ、どこなんだ?」
周りを見回す。緑の木々と空。足元は低い草に覆われている。
ピー······チチチ······
鳥の声も聞こえる。のどかな森のようなのだけれど······
先程、木から降りるときにスカートを木にひっかけてしまい一部破れてしまった。
靴はなんとか履いているけれど、鞄は無くなっていた。
「いて·······」
「どこか、怪我したんですか?」
「あ、ちょっと背中見てくれる。」
「はい。」
彼が上着を脱ぐ。私は後ろに回る。
「あっ!傷だらけですよ!·······私のこと庇ったから······」
彼の背中は木の枝で傷つけたのか、ワイシャツはあちこち破れて血が滲んでいる。一部大きく破れたシャツの間から生々しい傷が見えている。とても痛そうだ。
「木の枝で怪我したみたいですね。血も出てます。すみません。私のせいで·······」
「痛いはずだな········あぁ君のせいじゃないから、そんな泣きそうな顔しないでよ。」
私は彼の肩や背中についた木の葉や木くずを慎重にはらった。
「上着ボロボロだな。ひでぇスーツ。ははっ」
背中まで傷だらけになるくらいだから上着は悲惨なことになってる。
「痛みますか?」
「気にすることないって。君に怪我がなくて良かった。あっ、後で背中の傷手当てするの手伝ってくれる?」
「はい」
彼はボロボロの上着を着た。
「あ、オレ杉下 健人(すぎした けんと)23歳、サラリーマンしてます。」
「私は浅田 妃奈(あさだ ひな)といいます。18歳、高3で今、就職活動してます。よろしくお願いします。」
二人でペコペコとお辞儀をしあう。
日本人だなあ······となぜか実感してしまう。
「杉下さん通勤途中だったんですか?」
「ああ、遅刻しそうで近道しようとして·······もしかして、君は就職試験受けにいく所だったとか?」
「はい」
「それは······災難だったね······」
二人ともシュンとなる。
「あっ。そう言えばあの石は?」
私達は、不思議な石に触れて光に包まれた後、ここに飛ばされてきたんだった。
「ないっ!君持ってる?」
「持ってないです。落としたんでしょうか?」
空から落下する時、落としたのかもしれない。
「ちくしょう、なんてこった。あれがたった一つの手がかりだったのに」
確かにあの石がきっかけだと思うよね。あの石が光って、その後こうなったんだから。
そっか······あの石、無くなっちゃったんだ。
「あ、いや、大丈夫だよ。なんとかなるって。というものの······さて、これからどうするかな。取りあえず人間を探して話を聞かないと。ここがどこかもわからないんじゃ、どうしようもないな」
俯きシュンとする私を元気付けるように明るい声で話しながら周りを見直す。
「どう見ても普通の森の中······ですよね。でも、何か違うような······」
「どこか周りが見渡せるような小高い丘があればなぁ」
取りあえず私達は歩き出した。この場所にいただけでは何もわからない。もっと開けた場所にいかないと。周りの見えるような所は無いだろうか。
歩きながら考える。間違いなくキッカケはあの石であの子だ。でも、あの子のことは解らないことだらけだし、ちゃんと説明できそうにないので、今は黙っていることにした。
なんだろう······この違和感。
木々は緑だし、明るい日差しの下、足元には草が生えてる。でも、見たこと無いような草だし、小さな花をつけたものもあるけど、なんか違う。だって、動くし花は口があってパカパカしてる。害は無いみたいだけど。
小鳥も襲ってくることも無いからモンスターとかでは無いのだろう。多分、普通の森なんだろうけど······何か違う。
「これは現実なんだよな。二人して同じ夢を見てるってこと·······ないよな~」
「夢ではないと思います。多分、異世界ではないかと·······」
「あのゲームとか小説の?マジかよ······」
頭をかいて眉をひそめる杉下さん。
さっきのドラゴンといい、来る時の経緯といい、ここは異世界ってことで間違いないのだろう。
いくらなんでも、就職のことで落ち込んで現実逃避した私の夢の中って事ないよね。
しばらく歩いていると、サラサラというか水の流れているような音が聞こえてきた。
「杉下さん。あちらから水の音聞こえませんか?」
「ああ、川があるのかもしれないな。いってみよう。」
少し早足に進む。しばらく歩くと森が途切れて、川が姿を現した。水の流れる川だ。
「水だ~~~っ!」
「水~~~っ!」
私達は河原に降り水辺に向かって走った。
私の前を走っていた杉下さんが急に立ち止まり私の前に手を出し、止まれのポーズをした。
「ちょっと待ってて」
杉下さんは両手で水を掬って匂いを嗅いだり、舌でちょっとなめたりしている。
「大丈夫みたいだ。見た目もきれいだし普通にここの水は飲めるみたいだ。」
「はい!」
喉がカラカラだった杉下さんと私は手で掬って何度も水を飲んだ。
「はあ~生き返る。」
「美味しい水ですね」
手と顔を洗いハンカチで拭いた後…
グ~ギュルギュル······
「やだ!私!」
元気にお腹が鳴ってしまった。恥ずかし~!そう言えば今日は朝から何も食べてなかった。
「気にすんな。実は俺も腹ペコだよ。はあ~マジ腹減った」
「お腹すきましたね······」
もう何時間たったのかもわからないけど、お昼は過ぎているだろう。太陽は高く真上位に来ている。
杉下さんのデジタルの腕時計もここに来た時、壊れたのか画面がきえたままだ。いつも時計代わりにしていた私のスマホも鞄の中だったから手元にない。
自然と会話が少なくなりつつ、あてもなくただ、川原を歩く。
足元ばかり見て歩いていたけれど、ふと顔を上げると草原の途切れた場所が目に入った。
あれ?何だか石段のようなものがある。
「杉下さん、あそこに!」
「うん。階段みたいになってる。行ってみよう!」
河原から上に上がれる石段がある。明らかに人の手により造られたもののようだ。
先を歩いていた杉下さんが階段の上で立ち止まった。
「何かありましたか?」
「あれ、畑じゃない?」
指さす方を見るとあまり広くはないが、畑らしき場所があった。
そして、その向こうには実のなった木々が並んでいる。果樹園かな?
石段を登りきったらまた草ぼうぼう。私達は急いで草をかき分けながらそこに向かった。
畑は耕してあって、行儀良く何か草のような物が植わっていた。野菜なのかも?
「人が住んでいるところが近いのかも知れないよ」
良かった。ホッとして力抜けてきた。
「では、事後承諾ということで…」
「え?」
杉下さんの手には先程見つけた果樹園らしき場所に実っていた木の実。片手に一個ずつ持っている。
いつのまに······
「ありがたくいただこう。ね、妃奈ちゃん」
そう言って、右手に持っていた木の実を私の手に乗せた。そして左手に持っていた美味しそうな木の実にかぶりついた。
『妃奈ちゃん』って······『ちゃん』て······そっちが私には衝撃。
「うま~い!」
しかし、その第一声を聞いて私もたまらず皮のままの木の実をかじる。
「いただきます······ん!美味し~い」
優しい上品な甘さ、桃と柿の間くらいの食感。味はマンゴーに似てるかも。
甘い果汁が空きっ腹にしみる~~~。
ホントにお腹の空いていた私達は、次々にその実を取って来て食べた。
「はあ~満足満足。」
「美味しかったですね~」
畑の端に座り込んでしばし満腹感に浸ってしまった。
「いかんいかん。あまりゆっくりしてられないな。早く人家を探さないと、すぐ暗くなる。」
「そ、そうですね」
幸い畑の脇には道が付いていた。この道を辿ればきっとこの畑の持ち主の家に着くに違いない。
少し希望が見えてきた。畑を出て周りをしばらく探索する。
「民家なんて見えませんね」
「どんだけ遠くに畑作ってんだよ!」
行けども行けども草と木ばかりで、近くに民家も人間らしき影も無し。
しかも、太陽が傾き始めてきた。こんな山の中で野宿なんてしなきゃいけないのだろうか?
異世界でお決まりのモンスターとかが出てきたらどうしたらいいんだろう?一人じゃなく、杉下さんがいるからまだ良いとしても······
ちょっと待て!普通のサラリーマンがモンスターと戦えるのか?!
無理!無理でしょう!あ~やっぱり怖い!
食べ物と水のことを考えると、引き返すべきだと意見が一致したので畑の所まで戻ってきた。
「あれ?小屋だ!」
「ホントですか!」
見るとさっきの果樹園の奥の方に小さな小屋があった。さっきは木に隠れていて見えなかったようだ。
生活というより休憩するために作られたようで質素な造りになっている。
中にはいると、干し藁、やかん、鍋、コップや食器が少しと、木のスプーンとフォークが各2個ずつあった。
長いこと使っていないのか余り綺麗じゃなかったけど、すぐ裏に水が引いてあったので水を汲んで洗った。
石で組んでありちゃんとした水場になっていた。
意外に文化的?でも放置されてたみたいだし、近くに居ないのかも·····いかん、いかん。悪い方に考えたらその通りになっちゃいそうだ。
そのことは考えないようにしよう。
小屋の中には囲炉裏のような所があり、そばには火打ち石のような物があったので、なんとか火は起こせた。干し藁に火を移し、その辺で拾ってきた小枝を燃やす。昼間は暖かかったけれど夜は冷えてきたので助かった。
屋根と壁があると、守られてる気がする。
干し藁は結構沢山あるので布団がわりにして寝ることもできるので良かった。
小屋の裏には薪が積んであった。裏の水場で水をやかんに汲んでお湯を沸かした。
「白湯だけどないよりはましだな」と杉村さんが笑う。
飲んだ残りのお湯を、小屋の隅で見つけた小さな桶に入れハンカチを濡らし、杉下さんの背中を消毒を兼ねて拭いた。
少しでも傷にバイキンが入らないようにできれば······ちょっと恥ずかしかったけど、そんなこと言ってる場合じゃないし。
私が拭いている間、杉下さんは痛みをこらえているようだった。
傷は思ったより酷い。化膿しないといいけど。
その後、二人で学生時代のことや、杉下さんの仕事のこととか楽しく話した。
向かいあってよく見ると、杉下さんてかなりイケメンだ。性格も良さそうだ、というかいい人だ~。
一緒にここに飛ばされたのが杉下さんで良かった。彼女いたなら可哀想だし、気の毒だな~······とちょっとだけ頭の隅で思った。
お喋りは楽しくて、もっと話したいし名残惜しかったけど、疲れているし早めに切り上げて寝ることにした。
明日は、もっといっぱい歩かなきゃいけないんだろうから。
藁の中に潜ったら暖かくて、いつの間にか眠っていた。
そしてまた、あの子が夢に出てきた。
『ヒナ、ヒナ聞こえてる?』
「その声は······」
『ヒナごめんなさい。ちょっと手違いがあって…無事でよかった。』
「あなたなのね。私達をここに連れてきたのは。気がついたら空中にいるし、すっごい危なかったのよ。ほんっとうに死ぬかと思ったんだからね。で、ここはどこなの。」
『あ、マズい。誰か来る。気をつけて。あいつらが行くかもしれない。じゃ、また連絡するから…
·····』
「え?ちょ、ちょっと待ってよ」
ちょっと!
こっちの話も聞いてよ!消えないで!
こらーーーっ!
前より鮮明な画像と音。
やっぱりこの世界のどこかにあの子はいる!私はそう思った。