頑張りましょう
モンスター騒ぎから5日が経った。
ニニカの町は日常を取り戻してきていた。
観光に来ていた下の大地の人間達も怪我人もなく無事帰って行った。
多少の被害(主にヒナが壊した)はあったものの、人的被害もほとんどなかった。
ただ原因が不明なままなのが気がかりだ。
そして、今日やっとヒナが退院する。
ヒナがどうしても、友人であるミークという獣人の少女が退院できるまで世話をしたいというので、この日になった。
本来ならまだかなり日数がかかるのだが、獣人の驚異的な回復力のおかげで、5日しかたっていない今日の退院となったのだ。
「ユシャさん。お疲れ様です。」
「お疲れ様です。ヒースさん。」
診療所でヒナの退院手続きをしていたら、警備隊ニニカ支部長のヒースさんがやってきた。
ニニカ支部は警備隊の警邏の補給や休憩が本来の目的ためヒースさんの他は3人の隊員しかいない。
しかし皆、力のある人達なので、あの程度のモンスターなら苦戦することはなかったようだが、数の多さには辟易したそうだ。
「事件について何か新しい情報はありましたか?ヒースさん。」
「いえ、北の森で大規模な召喚の形跡があったくらいで他には特に目新しいことはありません。ユシャさん、サルタイラの連中が来ていたと聞きましたが、やはり奴らの仕業だと思いますか?」
「可能性はなくはないですね。ただ····」
「何か気になることでも?」
「奴らにしてはやり方が、生温い気がします。もっと過激なことをやりそうなのですが、今回はどう見ても嫌がらせ程度ですよ。」
「そうですね···確かに、数は多かったですが、モンスター自体は弱かったです。」
そちらは陽動で狙いはヒナだったということなのか?
「町を襲わせたのが本当にサルタイラだったとしたら、何故、こんな弱いモンスターを使ったのか訳が分かりません。我々警備隊ニニカ支部が見くびられていたということでしょうかね。」
ヒースさんが苦笑いする。
ホーンラビット、マッドマウス、カラースライム、キラービー等々。
ヒースさんの報告書を見てもモンスターはどれも、中級程度の攻撃魔法が使えて戦えるなら軽く倒せるレベルだ。
数が異常に多くて大変だっただけで、軽傷の怪我人は出たが重傷者や死人は出ていない。
唯一の例外が、ヒナの友達のミークという獣人の少女だ。
ヒースさんは今日はその子とヒナに話を聞きに来たのだ。所謂、事情聴取である。
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今日は、警備隊ニニカ支部の支部長ヒースさんが診療所にやって来た。
この間のモンスター騒動の際に、私達が怪しいやつらに襲われた件についての事情聴取だそうです。
何故、私を攫おうとしたのかわからないし、あの時あったことを話すことしかできないので、できるだけ頑張って思い出してお話しよう。
ヒースさんはシドくんの叔父さんだ。
シドくんは叔父さんに憧れていて、警備隊を目指している。
アベルくんやオリオンくんも将来の目標がある。アベルくんは元老院議員、オリオンくんはお医者さん。
ソールくんは最近シドくんの影響で警備隊に入ろうかと思っているそうだ。
ミークもお父さんと同じ緑の魔法使いになりたいらしい。
マイラさんが「内緒よ」と、こっそり教えてくれた夢。
「早く結婚して温かい家庭を作りたい。自分の家族が欲しいの」
そう照れながら言った彼女はマジ乙女だった。ただ、マイラさんの場合はそれだけではなく、幼い頃、家族を無くしていると言う事もあり、その思いが強いらしい。
じゃあ私は?
私はここで何をすればいいのだろう。
元の世界に帰る目処もついていない。
ユシャさんは今も、私が帰れる方法を探してくれているらしいけれど、進展がないようだ。
ガッカリする私と妙にホッとしてる私がいる。
また日常に戻るけど、私も少しでも前に進みたいな。
ミークと私の事情聴取も終わり、いよいよ退院です。
ミークのお迎えはお父さんだ。相変わらずカッコいい。お母さんはチビちゃん3人もいるからお留守番なんだろう。
私のお迎えはユシャさん。
アルクくんはいつもの町外れの丘で待ってくれている。
「ミーク本当に大丈夫?」
「もう、ヒナ。お母さんより心配してるよ。後は自分でできるリハビリだから大丈夫だよ。ソールもしばらくは家に居て手伝ってくれるって言うし、チビ達の世話もバッチリ!」
ソールくん、いつも師匠の家で寝泊まりして週末だけ帰ってきてたのに、ミークが怪我したから帰ってくるんだ。
修行の邪魔しちゃったな。
「ヒナ、ソールに悪いと思ってるでしょ?」
「う、うん」
「気にしなくて良いよ。うちの親もちょっと喜んでるし、どうしても気になるなら、たまにうちに遊びに来てよ。ソールもチビ達も喜ぶ。」
チビちゃん達はともかく、ソールくん喜ぶかなぁ?私じゃ修行の相手にもならないもの。何かお菓子でも作って持って行くかな。
**********
「アルクくん!」
町外れの丘で待っていたアルクくんは私の姿を見つけると全力疾走してきた。
小さい姿のままなので遅いけど、またそれが可愛い。
私もアルクくんの方に走っていく。
感動の再会って感じだね。ジャンプして私の腕の中に収まるアルクくん。
大きい時だったら私そのまま後ろに転んでるな。
聖獣であるアルクくんは身体を小さくしたり大きくしたりできるのだ。
『ヒナ!ヒナ!僕すっご~く心配したんだからね!』
「え?」
今、アルクくん喋った? 後ろから歩いてくるユシャさんを振り返って目で訴える。
「アルクの声が聞こえたのか?」
首をこくこくと上下させ肯定する。
『え~?ヒナ、僕の声聞こえるようになったの?』
「う、うん。アルクくんが言ってることわかるよ。」
「魔力が上がったからな。」
『わ~い。ヒナいっぱいお話しようね。』
そう言えば、「魔力が上がれば聖獣の声が聞こえる。」そんな事をユシャさんが言ってたような。
「さぁ、帰るぞ。」
『帰ろ♪帰ろ♪』
「う、うん····あっ!」
更に、私には今まで聞こえたことが無い声が聞こえてきた。
『クスクス·····クスクス』
よく見ると何か居るのが見える。
「ユシャさん!」
「ん?どうした。」
大きくなったアルクくんの首に荷物を取り付けていたユシャさんが振り向く。
「なんか、小さいのが一杯いる!」
「小さいの?···ああ妖精か。」
「妖精?あの小さいのが?!」
そこら辺の草や花の間から色々な色の小さい物が覗いてる。
「アルクの声が聞こえるくらい魔力があがったなら妖精くらい見えるだろう」
「そ、そうなんだ······」
この丘にいる妖精は小さい方で森の中、街の中など、居る場所や色々な条件で大きさや容姿も変わるそうだ。
今度こちらから声をかけてみようか。
笑い声が聞こえるということはお話しもできるはず。
**********
帰ってきたら近くの妖精に声掛けてみようと思っていたのに、家の近くには何にも居ない。
これは私が見えてないわけではないらしい。
「ユシャさん、なんでうちの近所には妖精さんがいないんですかー?」
「結界を張ってるからだ。基本、家の近くには魔力がある物は入れないようにしてある。余り色々入ってこないようにしている。」
妖精にも魔力あるんだ。そして、何というかユシャさんによると結界にも種類があり色々な設定もできるということだ。
ユシャさんて用心深いんだなあ。
「あいつらの中には、かなりの悪戯好きがいるから家の近くには入れないようにはしているが、結界を出ればウジャウジャいくらでもいるぞ。」
ウジャウジャ·····って。
笑いながらそんな汚いもののような言い方しなくても····
「精霊でいいなら呼んでやろうか?」
「ええっ!精霊!」
そんな高級そうなもんまで呼べるなんてユシャさん何者?!
精霊と言えば、四つの属性の精霊だね。
水の精霊ウンディーネ。風の精霊シルフ。土の精霊ノーム。火の精霊サラマンダー。よくゲームに出てくる代表的な属性精霊と言えばこんな感じだよね。後、光と闇とか。
「呼んで下さい!呼んで!呼んで!お願いします!」
凄い凄い!精霊まで見えるなんて、ラッキー!
「わかったわかった。まずは家に荷物を置いてからな。」
「はーい。」
『ヒナってホント子供だね。』
アルクくんが何か言ってるけど気にしない。
どんな精霊呼んでくれるんだろう。楽しみだ~♪
**********
家の前のちょっと大きめの木が作る木陰で、私はユシャさんが呼んだ精霊さん達に会った。
「水の精霊のジャオと土の精霊のタリンだ。」
『あ、この間のヒトの子だ。結局ユシャのとこで引き取ったんだ。』
『まあ、ほんと。あの時のメスのほうね。』
メス······
水の精霊···たおやかな透明感のある美女を想像していたけど···
『ユシャ、あの時は意地悪しないでちゃんと送り届けてやったからな俺。』
「わかってる。だが、二人とも俺には報告してこなかったな。」
『あ~何というか、大したことじゃないと思ったから~スルーした。』
『うふふふ····』
どうみても、こちらの水の精霊さん、お魚に見えるんですけど····
「あのユシャさん、こちらの青いお魚さんが水の精霊さんですか?」
「そうだ。ジャオは若い精霊だから、ちょっと落ち着きがないが、間違いなく水の精霊だ。もう少し大人になったら人型が取れるようになる。」
「はあ、そうなんですか······」
そして土の精霊、タリンさんは、どうみてもハリモグラ。
『タリン、人型なれるのよ~~』
なれるんだ!
「タリンは俺が留守の時、うちの畑を世話してくれているんだ。」
『水は僕があげてるんだよ』
『ジャオはよく忘れるから、私がいつも呼びにいく~』
タリンさんがゆっくりと人型になる。おお、茶色の長い髪に茶色の瞳、綺麗なお姉さんになった。
「タリンさんの方がジャオさんよりお姉さんということですか?」
「そうだな。タリンの方が500くらい上だと聞いている。」
私達とは時間感覚が全然違うんだろうな。
精霊というのは、この世界ではどういう存在なんだろう。
妖精、精霊、聖獣、召喚獣、他にもモンスターとか私の住んでいた世界にはいない不思議なものが沢山いる。
妖怪とか幽霊とも違う存在なんだろうな。
「ジャオさん、タリンさん、わざわざ来て下さってありがとうございます。私、この世界のことまだまだ不勉強で知らないことばかりなんです。色々教えて貰えますか?」
『やだ。』
ジャオさんにあっさり拒否された。ガーン。
『ジャオ、そんな言い方しなくても、いいでしょう。』
『じゃあ、タリンが教えてあげれば?』
『私にもあまり教えられることはないですからね。やっぱりユシャが教えるのが一番いいのでは?』
「そうだな。二人ともここを出たことが無いし、他の精霊と交流も無いに等しいからな。」
いや、なんかすみません。好奇心から精霊に会いたいとか言ってしまって結局、来て貰っただけになってしまいました。
「すみません。大した用じゃないのに呼び出してしまって···」
『別にいいよ。今度遊ぼうね。また川においで。』
え、川?
『畑にいらっしゃったら、美味しいラカの実、用意しておきますね。』
ラカの実?!
「タリンさん!私がここに来た日、畑でラカ食べた時、居たんですか?」
『ええ、とても疲れ果てて、凄くお腹空かせていたみたいだったから、ま、いいかな~と思って、黙って見てました。』
「スミマセン···」
フフッと笑い「ホントよく食べたわねぇ」と言われてちょっと冷や汗がでた。
「川と言えば!ジャオさん私溺れかけたんですよ!」
『大丈夫だっただろ。ちゃんと川岸に連れて行ってアルク呼んだんだから』
「あ、そうなんだ····」
ここに来た時から、みんな居たんだ。
私には見えないだけで、沢山の存在がこの世界には居る。
「ジャオさん、タリンさん。遅くなりましたが、その節はお世話になりありがとうございました。」
改めて二人に深く礼をする。
『あははっ!この子面白~い。』
『あらあら、私は何もしてませんよ。お気遣いなく。』
ユシャさんが横を向いて笑ってる。二人の精霊さんは上機嫌で帰って行った。
「さて、やっぱり俺が教えるしかないか。俺もそっちの方は良く知らないんだが、いいか?」
「え?そうなんですか?」
「ん、ま、わかる範囲でな。」
外は日が陰り涼しくなっていた。
家の中に入ると先に入っていたアルクくんに、お腹すいたとご飯を催促された。久し振りのうちご飯だ。
「飯食ったら勉強だ。魔法の使い方もな。明日は久し振りに雨にするそうだ。明日一日付き合ってやる。」
「雨にする?」
「その事も含めて教えてやる。とにかく、飯食ってからだな。ビシビシしごいてやるぞ♪」
ユシャさん、なんだか、凄く楽しそうなんですけど?
前に、家事習った時も、楽しそうにビシバシしごいてくれましたよね。
あの地獄の特訓再びでしょうか?私には「やる」という一択しかないんですよね?
が、頑張るしかない。
読んで下さってありがとうございます。