心揺れて
それほど長い時間ではなかった。
足が地面に着いた感触に気がつく。
「いつまで人にしがみついてる。着いたぞ」
えっ?
目を開けると、そこは今朝、降り立った空き地。
ああ~気持ち悪い。これが魔法に酔うってことかしら...足元がおぼつかない。
「アォン」
「アルクくん!」
薄暗い中アルクくんの大きなシルエットが目の前にあった。
頭をすり寄せ甘えてくる。遅くなったから寂しかったんだね。
「待たせたなアルク。帰ろうか。」
アルクくんの首を優しく撫でるユシャさん。アルクくんには優しいよね。
「早く乗れ。帰るぞ」
「はーい。」
「はいは短く。」
「はいはい。」
「一回でいい。」
「お父さん、口うるさいですね」
「誰がお父さんだ!」
「あはは..!」
「いくぞ!」
アルクくんには乗るのは好きだ。
この世界を空から眺めるのは気持ちいいし、なんだか好きだ。
振り返るとニニカの町が小さくなって明かりだけが見える。
空の向こうの薄紫の雲にオレンジ色の夕日が沈んでいく。
海の向こうに下の大地が見えて、そこにも小さく灯りが灯っているのが見える。
あそこにもたくさんの人が住んでいるんだろう。
たくさんの人達がここの世界にも住んでいて、それぞれの人生を紡いでいる。
なんだか不思議な気持ちになる。
本来ならこの世界の存在さえ知らないはずの私が、この浮遊大陸を、高い空の上からこの世界を眺めているなんて。
「あまり動くな。危ないぞ」
ユシャさんの声が私の頭の後ろから聞こえると、なんだかドキッとする。
こんな体制だし、いい声で耳元で優しく囁かれたらヤバいだろうな。
....何考えてるんだ私
あ、何か飛んでくる。あれ?灯りがついてる。飛行機?...な訳ないか。
「ユシャさん、あそこに何か飛んでる」
「あぁ、アルク高度を落としてよけろ」
「ウォン」
アルクくんが少し滑空するように飛びながら下にさがる。
それは...巨大なモンスター。電飾の付いた空飛ぶクラゲ?
「な、なんですか!あれは。」
「ビオーラクラというモンスターで肉食だ。大人になると陸地にも海にも住まずずっと飛びながら餌を探す。」
「餌を...」
「普通子供の時は海にいて魚などを食うが親になると飛べるようになり、小型のドラゴンや鳥を捕まえて食う。あの光る触手でおびき寄せて捕まえてな」
「私達、大丈夫なんですか?」
「あれは、大丈夫だ。もう卵を抱えているようだから、産卵場所を探して、どこかの海へ行くんだろう。親になると寿命は短いし、卵から孵っても親になれるのはほんの少しだ。今は卵のことしか頭にないさ。向こうも今、天敵に襲われたくないから、わざわざ高いところを飛んでいる。向い合いたくない奴だ。」
あんなモンスターにも天敵いるのか。モンスターの世界も生き残るのは大変なんだ。
生存競争はどこも厳しいんだね。
でも、良かった。あんなのが空にいっぱいいたら怖い。
しかし、はるか上空なのにかなり大きい。
暗い空の中でシャンデリアのようなモンスターが悠然と飛んでいく。
これが、この世界なんだ...
家に帰り着く頃には日は完全に暗くなっていた。
ユシャさんが魔法で小さな光の玉を出し家に向けて指を指すとパッと灯りがついた。
居間の窓、玄関灯、私の部屋、ユシャさんの部屋。灯りが見えるとホッとする。
ここが今の私の帰るところなんだ。
オルガさんが持たせてくれた包みは大きな肉まんだった。めっちゃ美味しくてユシャさんと奪い合いながら食べた。
食事の後は、居間で買って貰った絵本を見ることにした。
食堂兼居間の隅にあるアルクくんの寝床で、敷き藁にもたれてアルクくんの横で絵本をひろげた。
こちらのアイウエオに当たるらしい表がオマケに付いていた。
これって、本当に幼児向けなんだなぁ。
いまさらだけど、最初からってのはちょっとしんどいな。でも、頑張るしかない。
ふと、顔を上げると、目の前のテーブルではユシャさんも椅子に座って本を読んでいる。
今日買ってきたらしい分厚い本を何冊か横に置いて真剣な顔で、こういう時はかっこいいのになあ....
容姿は確かにいい。美形というやつだ。モテるのわかる気がする。
若いときは色々あったんだろうなあ。
クーミンさんとマールさんが言ってたルセラさんってどういう人なんだろう?
ルセラさんには婚約者がいたんだよね?てことはやっぱりユシャさん振られたって事で、つまりそれが理由で失恋したってことかな?
でも、神殿入りとか白の巫女ってなんだろう?
なんかの専門用語かな。神殿って事は宗教関係者とかなのか?信じる神様が違うって、周りの方が結婚反対しそうだし。
しかし、ユシャさん200年も生きてきたんだから恋愛だってひとつやふたつじゃなかったはずだよね。
本当なら子供や孫がいてもおかしくないんじゃね?まだ、ルセラさんて人のこと忘れられないのかな?
う~ん、寂しい人生だったのかなあ...
オルガさんも雨宮さんに会うまではどうだったんだろう。いっぱい恋したりしたのかな。
雨宮さんも、向こうでは恋人とかいなかったんだろうか。もし、いたら悲劇だよなあ...突然、恋人と引き離されるなんて、可哀想だ。
ユシャさんはルセラさんという人の後、恋人できなかったのかな?
実はユシャさん若いときは意外とモテてなかったとか?
あ、顔を上げた。
あれ?こっち向いた。
「なんだ?...その哀れむような眼差しは?」
「え?私そんな目つきしてました?」
「何考えてた?」
.....えーっ...と....
「いや、ユシャさん200年も生きてきたんだから色々あったんだろうな...って」
「何を吹き込まれた?」
「え?」
ユシャさん明らかに不機嫌になってる。
「まあいい。いずれは誰かが喋るだろう事だから。」
みんな知ってる事なんかい!どんだけ有名な話なんだ。
大騒ぎにでもなったってか?
「俺がまだ140歳位の頃、好きになった女には婚約者がいた。だから失恋した。それだけだ。」
「ユシャさん。白の巫女とか神殿入りって何ですか?」
あ、怖い顔になった。
「学校で勉強してれば、そのうち教えて貰えるから、先生達に教えて貰うといい。」
今度はなんだか悲しそうだ...もう、それ以上聞けなくなった。
「それより、お前はどうなんだ?」
「え?私?」
「元の世界に彼氏とかいたんじゃないのか?それともはぐれた相手が彼氏だったのか?」
「いや、杉下さんは偶然一緒になっただけで、今はフリーです」
「フリー?なんだそれ?まだ子供だからいなくてもしようがないか。」
また子供扱いする。
ユシャさんには私はそんなに幼く見えてるんだろうか?
「あっちでは20歳で成人、つまり大人と認められるんです。18歳なら結婚だってできるんです。私だって学生の時は彼氏だっていたし、少しはモテてたんだから!」
ちょ、ちょっとムキになりすぎたかな?
「へえ、それはおみそれしました。ふーん...彼氏いたんだ...」
「何ですか!そのあまりにも意外そうな言い方は!ユシャさん200歳過ぎてるのに結婚もできないじゃないですか」
「俺は普通だよ。魔力の強い者は特には300歳くらいまでは結婚しないことは結構多いんだ。結婚せずに一緒に暮らしたり、何人もととっかえひっかえ付き合ってたりするやつもいるがな。」
「.....」
「それとか結婚、離婚を繰り返す奴もいるな。魔力のある者は寿命長いからな。一人の相手と何百年も暮らすのってキツそうじゃないか?」
「.....」
「結婚するなら人喰いドラゴンの巣に飛び込んだ方がましだなんてことわざもある。」
「.....」
「どうかしたか?」
「...いだ」
「ん?なんだ?」
「嫌いだ!魔法使いなんて!大っ嫌いだ!乙女の敵!」
そのまま本を投げ出し自分の部屋に飛び込んだ。魔法使いじゃなくて、魔導師なんだが。
ちっくしょー!!!
乙女の夢を踏みにじりやがって!これは八つ当たりだけど...
この世界も大っ嫌いだーーーっ!!!
運命論者ではないけれど、女の子だもの。素敵な恋や結婚を夢見て何が悪い。
素敵な人と運命の出会いをして大恋愛して結婚して二人は末永く幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし。...で何が悪い!
同じ相手と何百年も一緒に暮らして何が悪い!
......むぅ
百年先の愛を誓うとか、百年後も愛してるとか、歌の世界だけだって言うの?
一生変わらぬ愛とかって笑い話?おかしい?
一人相手じゃ飽きちゃうって?確かにあっちの世界でも離婚する人もいるし少なくはないけど、当たり前みたいに言われたら悲しいよ。
何百年かあ...
本当に愛し合ってたら何百年なんて何でもないって...思えないかなあ...本当に好きな人となら、ずっと一緒に居たいと思うものだと思っていたけど男の人は違うのかなあ。
「はあ...」
そりゃあ、お伽話みたいな恋ばかりじゃないのはわかってるよ。
でも、でもね。それじゃ別れるの前提みたいじゃない
最初からそんなこと!...寂しくない?
私、何熱くなってんだろう...
「バカみたい」
ベッドに腰掛け足をぶらぶらしてみる。
トントン。
ノックの音。ユシャさん怒ってるかな....
乙女の敵とか、魔法使いなんて大っ嫌いなんて言っちゃったからなあ。
恐る恐るドアを開ける。
「はい...」
「ほい」と、私が居間に投げ出してた本をユシャさんが渡してくれた。
「せっかくの絵本、放っていくなよ。」
そう言うと背を向けた。
「ユシャさん...」
「ぁん?」
「絵本ありがとう、それと魔法使いなんて大嫌いなんて言ってごめんなさい...」
しばし沈黙。
後ろ姿のユシャさんの肩が震えてる?もしかして笑ってる?
「ユシャさん?」
「お前...」
ユシャさんが振り向いた。
笑顔だ...うっ言葉を失うキラキラ笑顔。す、素敵過ぎる。
「意外と可愛いとこあるな。」
「えっ!」
顔が赤くなるのが自分でわかる。可愛いって
しかも、あんな笑顔するなんて反則!
「お、おやすみなさい!」
バン!とドアを締めて本を抱きしめる。
な、何?...ドキドキしてる。何なの?これ
「クーン」
「ああ、アルク。何でもないよ。喧嘩してるわけじゃないから心配しなくていいよ。」
乙女の敵.....か。
あちらの世界の人間も魔法の使えないヒト族も似た考え方を持っているのかもしれない。
ふっ...
下手に長い命を持っていると余計な事を考えてしまうものだな。
『生き物は限りある命だからこそ今を大事に一生懸命生きようとするのだよ。愛そうとするのだよ。ユシャ...私達はもう少し時間を大切にすべきかもしれないね』
師匠はそんなことを言っていたっけ...
あちらの世界では人の寿命はたかだか100年弱...だから繁殖力も強いのか。
我々の長すぎる寿命はなんのためなのだろう...
エルフの血を引いているからという説もあるが、定かではない。
いや、あのアホ親父はもしかしたら、本当にエルフの血を引いてるかもしれないな。
未だに元気で旅をしているんだろう...
思い出すと腹が立ってきた。クソ親父め。
柄にもなく昔のことを思い出してしまった。
さて、今日はもう寝るとするか。
「クーン」
「大丈夫だよ。おやすみアルク」
アルクを心配させてしまったな。
ふぅ...オレはあんな子供相手に何をやっているんだ。
そう言えば、気になっていたが、あいつには何故か微かに魔法の気配がしている。
この世界には大気に魔力が存在する。
それを操り魔法を発動させる方法や、妖精や精霊を使う魔法や聖獣等を召喚する召喚魔法等がある。
この世界にいたら魔法を使えなくても、いくらか大気の魔法を纏うことがある。ヒナも微々たる量だったので大気の魔力がと纏わりついたのかと見逃していたが、召喚者が何かギフトしているのか?
しかし、いつだ?
こちらに来てから俺以外とは、そんな接触は無かったはずだ。
こちらに来る前に与えていたのだとしたら、それほど魔力レベルが高いヤツが召喚者だという事なのか?
それとも、どこかの組織なら複数でかなり大掛かりにやったのか。
....石。
そういえば、石を拾ったとか言っていたな。宝石のような光る石。
結構大きい宝石のような石を見つけて、それが光を発して...
まさか!?古代魔法?
確か、昔読んだ本に魔力や魔法を他人に譲れる方法があるらしいとあった。
...ふぅむ...
これは、調べてみる必要がありそうだ。
読んで下さってありがとうございます。
出来るだけ一週間更新したいと、いや、できればいいなあ~