突然の…
残酷な描写があります。
赤竜の麻痺したような思考の中で、本能が騒ぎ出す。
番を救え! 彼はまだ生きている。
卵を救え! 子竜たちを諦めるな!
本能のままに黒竜を追う。風を捕まえ、翼で加速し、真っ逆さまに落下していく。
--番、番、わたしの大事な。
生きていて。
その瞬間。切り裂くような胸の痛みが伝わってきた。そして、完全な絆の消失――感じ取ったのが先か。それとも目で認識したのが先か。
目の前に広がる光景。立派な体躯の黒竜の胸から貫通して鋭い鋼のような切っ先が飛び出ている。
あれは、何? 引き裂かれた木々のような、鋼色の何か。竜の身体を貫くなど、あり得ない。
茫然としつつもさらに加速し、近づく赤竜。そんな彼女は、脱力した黒竜の腕からこぼれ落ちる卵を目にした。
卵を、双子を、子竜たちを救え!
本能がさらに騒ぎ立てる。
黄金の絆で結ばれた番を失った竜は、その衝撃を乗り越えることは難しい。大半の者はさして時間をかけずに番の後を追うことになる。
その例外ともいえるものに子竜の存在がある。子育て中の竜が子育てを放棄することは、あり得ない。子竜の存在は、時にして番を上回るのだ。あくまでも、究極の選択においては。
--卵、わたしの子竜たち。
お願い、待って。
掴んでいる卵を保護するようにしっかりと胴に腕を巻きつけつつ、必死にもう片方の腕をのばし、落ちていく卵を掴もうとする赤竜。けれど、――カシャッ。無情にも目の前で卵は、割れた。
ドクン。巣から持ち出した卵が熱い。ドクン、ドクン。親子の絆が揺れている。赤竜は卵をしっかりと抱きしめた。そして、割れてしまった卵に震える腕を伸ばす。
愛しい、愛しい子竜。潰れてしまった卵の欠片から鮮やかな、小さな赤い鱗が見えた。ふるふると身体全体が震えている――それに合わせて真紅の絆も。
まだ、生きている。でも、どうしてやることも出来ない。卵を、子竜たちを救えなかった後悔と悲しみに飲み込まれそうになる。
子竜たちから、痛み、憤り、悲しみ、様々な負の感情が伝わってくる。そして、お互いを案ずる優しい気持ちも。赤竜の琥珀の瞳からほとほとと涙がこぼれた。
--ごめんね。母さんを許して。
みんなで父さんのところへいこう。
大好きだよ。
ふるふる震える小さな鱗を触ることも出来ず、ただ精一杯の想いを込めて赤竜は見つめていた。今、この瞬間、赤竜にとっての世界は子竜たちと自分のみ。
終わりを待つのみの世界は、突然の〈声〉によって破られる。
『助けて。わたしの赤ちゃんを助けて! あなたが助けてくれるならば、わたしもあなたの子を助けてあげる』
読んで頂きありがとうございました。