幸せの箱
よくわからないものを書いてしまいました。
お付き合いいただけると幸いです。
男は箱にいた。
誰もいない狭い、暗い四角い箱に。
男は面のひとつに背中をあずけながら、体育座りをしてうつむいている。
シワがよっているスーツや針のように飛び出ているあごひげを気にも止めず、男は薄暗さの中にいた。
男はごく一般的な人間だった。
中学校を卒業し高校を出、大学に進学し就職。
就職先は中小企業。
どこにでもいる平均的な収入のサラリーマン。
マンション暮らし。妻はない。
両親は既に両方共他界している。
毎日夜九時頃には家に帰り、誰もいない部屋に「ただいま」と言う。
夕飯を準備し、その合間に風呂を沸かす。ひとつだけ買った椅子に腰をかけ、実家から持ってきたこの部屋には不釣り合いな程高級感を出す机に並べた夕食を食しながら、テレビに映される芸能人、動物、ニュースを右から左に流していく。
食べ終われば風呂に入り就寝の準備をし、シングルベッドに身を委ねた。
朝起きれば、また朝食を用意し、会社へ出かけ夜になれば帰宅する。
それの、繰り返し。
大した事件も、幸せな出来事も、出会いも、ない。
帰って食べ、寝、起き、出かける。
その繰り返し。歩く様に回る様に、巡る日々。
ーその夜も、いつもと同じ様なものだった。
いや、同じ様なものになるはずだった。
目覚めると男は、ここにいた。
寝巻きではなくスーツを着て、四角い正方形の真ん中に寝ていた。
男は困惑した。声を上げた。壁を叩き、床を叩き、最後には自分の頭を叩いた。
返ってくるのは暗闇の静寂。男は絶望した。
同時に男は諦めた。脱出する手立てがないのなら、もうしかたがない、と。
その意思を小さく鼻から吐き出し、壁によりかかる。
そして考え始めた。
ー自分は、幸せだったのだろうか、と。
繰り返す日々繰り返される日々。
だが、不幸せ、というわけではなかった。
幸せを感じていたと言えば嘘になるが、生きるのが嫌になるほどの辛さは感じなかった。
では、自分が過ごしてきた毎日はいったい何を掴むためにあったのだろうか、どんな意味があったのだろうか。
その問が頭を駆け回っても広がるのは暗く冷たい箱の質感だった。
では人間にとっての幸せとは?
それは食べ、寝、働く事だ。金を得て食料を買い住まいでそれを食べ、寝る。これが人間の元来の幸せだ。
そうなると、自分は幸せだったのだろうか?
生きる目的はないにしろ、人間の『動物』としての幸せは満たしている。
では『動物』としてではなく『人間』としては?
人間は娯楽を得、本能を捨てた動物だ。
趣味も持たず、生きる以外の試行をしてこなかった彼に、その定義を満たすことができる見込みはなかった。
ーなら、自分はどう生きるべきだったのだろうか。
ここはもしかしたら天国とか地獄とか、いわゆる『あの世』で、自分は死んでしまったのではないのだろうか。
もしかしたら今までの人生は夢で、自分は最初からここにいたのではないのだろうか。
様々な予想が出てくる中で、男は思った。
人間は他の生命の上に立つ生物だ。他のどの生物でもそう。他の命を得て、自分を生きながらえさせる。
では人間の幸せは他を蹂躙する事で得るものなのだろうか。
犠牲の上でないと成り立たないものなのだろうか。
奪い合っての中でしか幸せは掴めないのだろうか。
恋人や仕事、選ばれなかった者は地の底へ落ちる。
その上で成功者は笑い、敗者は歯ぎしりをしながら涙を流す。
それを見て第三者は同情をする。ひどい、と言う。
だがその第三者すらも、他人の上に立っているのだ。
勝者が敗者に同情をする。残酷な世界だ。
そこにどんな幸せが生まれるというのだろうか。
いや、幸せなんて元々ないのかもしれない。
それはただ、勝者が敗者をできるだけ見ないように、遠ざけるために考えた、現実逃避なのかもしれない。
『人にはその人の幸せがある。』
なんて言葉も、これを証明する決定打ではないか。
では、自分は?
自分は敗者なのか、勝者なのか。
男は考えた。
同じ問を、また、繰り返し、繰り返し。
あの毎日のように、繰り返し。
だがそこにはあれとは違う感覚があった。
彼は、幸せを実感していたのだ。
勝者と敗者が存在する世界で、まやかしの概念に踊らされていた日々の横にいて、幸せについて考える。
幸せについて考える時間こそが、彼にとっては最高の『幸せ』だったのだ。
さて
あなたは幸せだろうか。
勉強、就職、仕事。成功者は下を見つめ、失敗者は上を睨む。
ただその繰り返しになってはいないだろうか?
幸せを考えず、「生きる」事だけを考えていると
いつか彼のように、『箱』に入れられてしまうかもしれない。
ストレスたまった結果でしょうか。