七夕の願い
たいへんお久しぶりでございます。
この小説だけを読んでくださってる方は約5か月、神様の方も読んでくださってる方は約1か月ぶりです。
もはや言い訳は言いません。
それはそうと昨日は7月7日だったんですよね。放課後までそのことを忘れていて思い出してから「あっ、天文部で七夕についての話書かなきゃ」という謎の義務感により書き始めました。本当は日付が変わる前に投稿したかったんですが途中睡魔に負けて3時間ほど寝てたら間に合いませんでした。てへ。
というわけでもう七夕は終わってしまいましたが楽しんでいただけたら嬉しいです。
天文部部室、いつも賑やかなその場所は、しかし今は忙しそうに動き回る人たちばかりであった。
「部長~、この荷物ってどうすればいいですか?」
茜が手に大きな段ボールを抱えながら部長の紅に聞く。
「すまんが妾は手が離せんのじゃ!海人に聞いとくれ、どうせ暇じゃろうからの」
紅は書類を見て物品整理に勤しんでるところだった。確かに手が離せない状態らしいが・・・
「おい紅、俺に押し付けるな。俺だって忙しいんだぞ」
俺も紅に負けず劣らず忙しかった。次々に転がり込んでくる情報を処理してはどれが必要で、どこに運べばいいのかを確認していく。
と、部室がもういっぱいいっぱいの惨状と化していると、バンッと勢いよく扉が開かれる。
入ってきたのは残りの部員である凛と華ちゃんだ。
「ただいまです~」
「生徒会と話はつけてきたよ」
「おぉありがとの!じゃあ今からそこにある荷物はすべて中庭に運ぶでの、みんなもう少し頑張るのじゃ!」
紅の声に茜が元気に返事をしてせっせと荷物を運び始める。
茜にしては珍しく自発的に働いてくれているようでなによりだ。
「ほらっ、センパイ方も運んでください!」
荷物で両手が塞がれながらもぴょんぴょんと小さく飛んで、おそらくは運んでくださいというアピールをしてくる。
そんな茜の真似をしてか華ちゃんも荷物を持ちながら俺に対して運んでくださいアピールをする。
華ちゃんがぴょんぴょんと飛び跳ねると一緒に身体のある一部分も元気に跳ねていた。・・・どことは言わないが茜では見られない光景とだけ言っておこう。
「・・・海人」
「はい俺も今すぐ働きます、んでそんな目を向けないでください」
俺の変な視線を察知したのか凛がとても冷たい目で俺を見てきていた。それはもう冷たすぎて俺の涙も出てくる前に凍っちゃって出てこない。意味が分からない。
「ほれそこ!止まってないできびきび動く!」
部長様に叱咤されてようやく再起動して動き始める。
―――今日は7月7日、一年に一回織姫と彦星が会える特別な日・・・そう、七夕だ。
天文部は毎年7月7日に生徒会と連携して七夕企画を行っている。
企画、と言っても中庭に笹を飾り、そして自由に短冊を書いてもらうというだけだ。
一応、夜に天文講座みたいなこともしているが、こちらはあまり人気がない。というのも七夕の夜は恋人同士、二人っきりで過ごしたいとかいうリア充が多いからだろう。
・・・これだからリア充は。爆発しろっ!
話を戻す。
その毎年行われている七夕企画だがなんと今年は前日まですっかり忘れていて何もしていなかった。
いつも通りだらけている部室に突然顧問の長谷部先生がやって来た。
滅多に部室に姿を現さないから何事かと思っていると開口一番「七夕の企画は進んでる~?」なんて聞かれた。
もちろん部室にいた2年生は全員もれなく固まって、1年生の茜だけは首を傾げていた。
そんなわけで今日は朝早くに集まり昨日の放課後だけでは終わらなかった準備をしている、というわけだった。
準備を終えたのは登校が早い生徒がちらほらと見え始める頃だった。なんとかぎりぎり間に合った感じだろう。
しかし短冊の方が終わってもこれからまだ講座の方の準備が残っている。残ってくれちゃっている。わー、全然嬉しくないなー。
夜になりました!
え?なんでいきなり暗くなっているのかだって?
ただ黙々と台本を書いたり夜に天文講座を開く場所にシートを敷いたりする作業を聞きたくもないでしょ?決して考えるのが面倒くさいとかではない。断じて違う。
そんなわけで今は部長である紅が標準語で星座の解説をしている。あの紅が、標準語で。貴重なシーンだ。
『あそこに見えるのが織姫こと、こと座のベガです。次いであちらに見えるのが彦星こと、わし座のアルタイルです。皆さんがご存じの通り、七夕は年に一回織姫と彦星が―――』
紅の解説が耳にしながら俺も空を見上げる。運よく晴天に恵まれ今日は星がよく見える。
引率の長谷部先生は紅の補助のため俺たちの近くにいないが、他の部員4名はみんなで並んで静かに星を眺めていた。
「・・・みんなと一緒に楽しそうじゃったの」
「そ、そんなことはないぞ?ただ傍にいただけで特に何も話してないしな」
天文講座を終え、今は手分けして後片付けの最中だ。華ちゃんと先生がシートを片付け、凛と茜が部室の整理を行い、俺と紅が笹を運んでいる。
紅は自分が喋っている最中に俺たちが固まって星を見ていたのがどうやら気に入らないらしい。
「妾が、わ・ら・わ・ひ・と・りが話しておる最中にみんなと一緒に楽しそうじゃったの」
「だからあれはただ単に傍にいて星を見ていただけで特に会話もしてないぞ?」
「それでもよいのじゃ!なんじゃみんなと一緒で見おって!妾なんかほとんど台本しか見ておらんのに!仲間はずれにしおって!海人の変態!」
「変態って言われることをした覚えはまったくないんだが!?」
「つまりそれ以外は認めるんじゃな?楽しかったんじゃな?」
なんか論点をすり替えられたような気がするんだが・・・。
しかし今日の紅はいつもよりも3割増しでしつこいらしい。視線で『そうなんじゃろ?そうなんじゃよな!』と訴えてくる。
「・・・はぁ、正直に言うと楽しかったがそれは星が見れたからだ。それから」
そこで少し言いよどむ。これは別に伝えなくてもいいんじゃないか?そう迷っていると天文部の部室まで着いてしまった。
「それから・・・なんじゃ?」
扉の前で立ち止まり、俺に聞き返す。
俺は・・・
「いや、なんでもないよ。さっさと片付けようぜ」
結局伝えることはなかった。
だって恥ずかしいじゃないか、紅がいないとどこか物足りなくて寂しかった、なんて。
「・・・そっか」
紅は微笑みをたたえながら、何かを噛みしめるように何度か小さく頷いていた。
「よしっ、そろそろ入るかの!」
いつもの調子に戻り、ガラッと扉を勢いよく開けた。・・・と言いたいところだったが実際は手が塞がっていて開けられないので中に呼びかけて開けてもらうという、なんともかっこ悪い姿だった。
全ての片付けが終わったのは日付が変わる3時間前くらいだった。今は華ちゃんが入れてくれたお茶で部室で一休みしている。
いつものように各々リラックスしながら適当に過ごしていると短冊を見ていたらしい茜が「あっ」と小さく声をあげた。
「見てくださいこの短冊、名前書いてますよ!ってこの人ウチのクラスの人じゃないですか!『彼女ができますように』ってえぇぇぇぇ!大人しそうな子なのにこんなこと思ってたんだ!」
・・・なんか一人で盛り上がっていた。
「こら茜、他人のプライバシーに関わることはあんまり見ちゃいけないよ」
と凛が優しく窘める。しかし茜は止まらずがさがさと短冊を見ている。
「あのね茜、あなただって自分の―――」
「あっ、この短冊名前は書いてないけど凛先輩のクラスが書いてありますよ」
「自分と特定されるようなことを公共の場に晒す方が悪いのよ。それじゃあ見てくださいって言ってるようなものだわ。というわけで貸しなさい茜、今から筆跡を見て誰か調べるから」
「っておい凛さん!?」
素晴らしい速度の手のひら返しだった。
「まぁまぁ別にいいじゃろ海人よ、見たところで特に変わるわけじゃあるまいし」
「あっ、こっちには『柊 紅さんと付き合いたいです』って短冊が」
「なんじゃと!いったいどこの誰じゃ!」
「説得力皆無!」
俺は溜息を吐きながらこの部活唯一の良心であり、みんなの天使こと華ちゃんに視線を移す。・・・が見当たらない。
きょろきょろと周りを見渡してみるがやっぱりいない。華ちゃんのことだからお茶を飲みながらほわほわ~としてるかと思ったんだけど・・・。
「あ、茜ちゃん、この短冊も面白いこと書いてあるよ~」
「本当ですか?・・・あはは!なんですかこの内容、面白すぎますよ!華先輩いいの見つけますね」
「華ちゃあああぁぁぁぁん!!」
なんと天使までもがあちら側に堕ちてしまっていた。
こうなるとここは大人である顧問の長谷部先生に頼むしか・・・!
「みんな楽しそうでいわね~。私も混ざろうかしら」
「・・・・・・・・」
もうこの部活はダメかもしれない・・・。
俺が一人絶望に打ちひしがれていると俺の肩から茜がひょこり顔を出す。
「ほら先輩もいつまでも良い子ちゃんぶってないで一緒に見ましょうよ~」
「断る。俺はこの部活の最後の砦としてそんなことをするわけには」
「そういえばさっき『星空が・・・かっこいい・・・』とかどうとかいう内容の短冊を見たような」
「何!?なんでそれを早く言わない!その短冊はどこだ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「ふぅ、だいたいの短冊は見終わったな」
結局その場の勢いに流されてしまった俺である。
ちなみに星空・・・かっこいい・・・とかいう短冊は確かに見つかったのだが、俺の名字の星空ではなく、本当にそのままの意味の星空だった。しかも『星空を眺めている○○君かっこいい』とかいうなんともふざけた内容であった。
ついつい怒りにまかせて破りそうになったのを何とか抑え、くしゃくしゃに握りつぶす程度で止めておいた。
「短冊は性格が出る部分もあるし面白いね」
「そうですね~、私も見ていて楽しかったです~」
「うむ、妾も何か書けば良かったの」
部室に沈黙がおりる。
すでに冷たくなってしまったお茶を飲みながら再びリラックスモードに移行していく部室。
このまま今日は解散かな~、などと考えていたら誰かがぽつりと呟いた。
「それじゃあ今からみんなで書いてみるかの」
・・・誰かじゃなくて紅ですね、はい。
ってそんなことはどうでもいい。
「今からか?もう笹も片付けるぞ?」
「先生、少しくらいならこの部室に飾っても良いじゃろう」
「う~ん、まぁいいわよ」
「というわけじゃ。書いてこの部室に飾ればよかろう」
特に反対意見もないので黙っているとそれを了解と取った紅が余った短冊とペンを持ってくる。
「じゃあ全員書き終わったらみんなで結ぶかの」
というわけで短冊を書くことになった。
別に書きたいことがあるわけじゃないし・・・いや、リア充は爆発してほしいけどそうしたら織姫と彦星も爆発して七夕が無くなってしまうかもしれないから書かないけど、とりあえず急に書くとなっても特に思いつかない。
うんうん唸ってようやく思いついた願いをいつもより綺麗な字を心掛けて丁寧に書き上げる。
「みんな終わったかの?じゃあ順番に結んでくのじゃ」
言いだしっぺの紅を最初に、凛、茜、華ちゃんの順番で結んでいく。最後に俺が一番高い位置に自分の願いを書いた短冊を結ぶ。決して離れないように強く、強く。
「あ、センパイ一番上なんてずるいです!」
「そうじゃ海人!背が高いからって卑怯じゃぞ!お主の願いが一番に叶えられそうじゃないか!」
「おお、それはいいな。どうせお前らの願いなんて大したことないから俺の願いを叶えてもらうとするよ」
「海、それは聞き捨てならないな。私だって海が到底及ばないような願い事をしたんだからね」
「ふふっ、みんなの願い、お星様に届くといいですね~」
天文部部室、いつも賑やかなその場所は、しかし今は静寂に包まれている。
それも当然だろう。時計は長針と短針が重なる直前で、しかも部室には一人しか残っていないのだから。
まぁその残ってる一人が例えば紅だったら喧しくはなりそうである。
部室に残る人影はゆっくりと窓際に飾られた笹に近づいていく。
笹には5つの短冊が月明かりに照らされて見える。
小咲 華。
桜井 茜。
霧山 凛。
柊 紅。
星空 海人。
それぞれの名前が書かれた短冊にはしかし同じ願いが書かれている。
みんなは書いたあとに自分の願い事の方が優れている、みたいな会話をしていたが思わず笑ってしまう。
『このメンバーとずっと楽しく過ごせますように』
そんなみんなの願いが天まで届くように人影・・・長谷部先生は静かに祈るのだった。
今回は前書きが長めだったので特に書きたいことはありません。
というか今後は後書きは書かないようにしようかな~、と今思いました。決定するかはわかりません。まぁそんなことはどうでもいいか。
読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!