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Loneking2

 あまり広くなく、窓のない部屋に、獣の匂いが微かにこもっている。警吏トニー・オーガスタスは手に持った羽ペンにインクを付けると、軽く鼻をすすり、そしてペンを持っていない手で鼻下をこする。


「風邪でございますか?」

「わざと聞いているのかそれは」


 トニーは向かいに座る者にそう答えた。オオカミの頭を持つ、異形の占星術師にトニーは選ぶ言葉を悩んだ。トニーは一つ溜息をつくと、手にした紙に書いた内容を、確認のために読み上げた。


「名はルーカス・ルーパス。齢は十六。生業は占星術師であり、自称"おおかみ星の宣星師"。出生地は言えぬが、二年前から南コロナムを拠点にサウゼクリプシャーを転々。その外見はオオカミの頭と毛皮を持つ異形だが、人間である。王都に来たのは仕事のため、と。ここまでに間違いは無いな?」

「ええ」

「で、馬車で、ここに向かう途中、突然ウマに乗った数人の男に囲まれ、馬車から降ろされたが、脅したらほとんどが逃げ出し、首謀格と思われるあの男だけを確保して連れて来たと」

「仰るとおりです」

「ふん、まぁ、よし。これぐらい書けば、まぁ、十分だろう」


 やや雑なトニーの対応に、オオカミの占星術師、ルーカス・ルーパスのそばに座っていた子グマ、アルカは少し不満そうにトニーを見上げた。

 やや大人びた顔つきにも見えるが、恐らくは十代後半か二十代前半の、まだまだ経験の浅い警吏であろう。整った顔立ちと、装飾品のような美しい黄金色の長髪には見惚れるような魅力を醸し出して入るが、それに心を奪われるには、アルカはまだ幼かった。それ以上に、感情よりも思考が成長しているアルカには、この警吏のいい加減な造作に疑念を抱いていた。

 取り調べ、しかもこちらは命を落としかけている大変な事件なのである。それが果たしてこんな内容の少ない情報で、きちんと捜査が出来るとは思えなかったのだ。


「そのクマ、アルカと言ったか? ずっと俺を見ているが」

「先ほども申し上げた通り、賢い子なのです」

「もしかすると、人の言葉も解する?」

「ええ」

「なら言うが」


 トニーはそう前置きをして一つ息をつき間を置くと、ルーカスの目を見ながら吐き捨てた。


「犯人はすぐに釈放されるだろう」


 子グマのアルカは驚いた表情を浮かべるとともに、一体どういうことかと言う勢いで立ちあがり、トニーに向かっていこうとしたが、それをすぐにルーカスが制止した。


「本当に、賢いのだな」

「事情をご説明願いたい」

「占星術師のお前にか?」

「警吏殿は、相手の職業で説明される内容を変更されるので?」

「いや、分かった。ちゃんと話をする。と言っても、大した話ではないし、それこそお前も理解しているはずのことだが」


 トニーは、他に聞かれている人間がいないか、部屋の外に声が漏れないか気にかける素振りを見せると、わずかに顔を前へと突き出し、少しばかり声を小さくして言った。


「あの男は、サリエリ卿のところの者だ」

「その予感は御座いました」

「そうか、さすが占星術師。とでも言っておけばいいか?」

「占星術によるものでは御座いません。今の王都の状況から類推した、ただの予感です」


 ルーカスが冷静にそう答えたが、アルカはまた不満そうな表情を見せた。取り調べを始める前、ルーカスはアルカに「自分の話を聞きたがっている警吏が来る」と言っていたが、このトニーと言う警吏からはそう言う素振りが無かった。

 アルカにはサリエリと言う人物の詳細は分からない。しかし、ルーカスにしろトニーにしろ、犯人と繋がりのある人物としてその人物の名を挙げたのだから、ルーカスにとって敵となる人物である事はアルカにも類推出来た。そのサリエリ卿の名を出して来るあたり、警吏としての責務を果たす姿勢が見えてこなかったのだ。


「お前の推測と、俺の推測は大体合致していると思うが、話してみてもいいか?」

「是非に」

「今ここリオカッスルでは、一人の占星術師が噂の中心になっている。僅か半年から一年ほど前に、まぁここは諸説噂立ってるが、とにかくよく当たる、よく知っている、そういう実績もさることながら、獣をパートナーとして連れ、自らも獣の頭を持つ異形の占星術師。まぁ、誰かに喋りたくもなるだろうな」

「そういうものでしょうか」

「そういうものだ。で、その異形の占星術師が王都に来るという話が巷で広がっている。仕事で訪れる、と言うことだが、その仕事が問題だ。何せ、そんな得体の知れない占星術師が、国家占星術師に任命されて招かれたんだからな」


 そこまで言って、子グマのアルカが何か鳴き声を上げながら驚いた表情でルーカスを見上げた。ルーカスはその手でアルカの頭を撫でると、ルーカスの頭にアルカの声が響いた。


『国家占星術師ってどういうこと!? 僕はただの仕事だとしか聞いてないよ!』

『どんな仕事でも、仕事には変わりないだろう?』

『でも、国家占星術師になるってことは、リオカッスルに住むってことでしょう!?』

『長い滞在になる、って言ってなかったか?』

『聞いた気がするけど、そんな意味だと思わないでしょ!』

『拠点を移すだけだ。旅は続けるさ』


 怒るアルカを、ルーカスは穏やかな苦笑い、というやや微妙な表情を浮かべながら数回撫でると、アルカから手を離し、真面目な表情を浮かべ警吏、トニーの方を向いた。


「私が国家占星術師として招かれる。と言うのは、広く知られているのですか?」

「噂、としてな」

「国として、リオカッスルとして、公にはしていない?」

「普通着任してからの公示になるだろう」

「そういうものでしょうか」

「そういうものだ。話を戻そう。で、当然そんな異形の占星術師の来訪を快く思わない連中って言うのはいる者。例えば、そう。今、王都で一番の権力を持つ占星術師様などなど、かな」

「だから、サリエリ卿が私にあの者を仕向けた。事実は分かりかねますが、あり得ることですし、私はそうではないかと、正直に申し上げれば思っております。しかし、何故殺人未遂までした男が、権力者につく人間だからと簡単に釈放を?」

「それを、俺に言わせるのか?」

「貴方が仰らずして、誰が言うのですか?」


 そう言われ、トニーは少しの間悩むような表情を浮かべ、言葉を詰まらせた。やり取りを聞いていたアルカには、今一つ会話の内容が、特に最後のやり取りにおける互いの意図が見えてこなかった。アルカは、ルーカスの言うとおり、賢い子供であるが、所詮子供であり、二人の間で交わされていた言葉の駆け引きまでは、紐解く事は出来なかった。


「サリエリ卿は、国に必要な人物だ。彼の息がかかった人間は、警吏にも多い」

「だから、正しくないと分かっていても、警吏はみすみすあの男を釈放する。それが、警吏の正義でしょうか」

「御高説痛み入る」

「も、申し訳ありません。出過ぎた言葉でした」


 トニーの皮肉めいた口調のその言葉に、オオカミの顔は、本当に申し訳なさそうな、言い過ぎたというような表情を浮かべていた。アルカには解せないことがいくつもあったが、その内の一つはルーカスのトニー・オーガスタス警吏に対する言葉遣いだった。

 普段から、パートナーであるアルカ以外には丁寧な言葉遣いをするルーカスではあるが、トニーに対してはそれがあまりにも極端であった。それに、ルーカスは取り調べの前に誰が来るのか、知っていたような口ぶりだった。とすれば、ルーカスはこのトニーと言う男を知っているということになる。

 しかし、だとしたらこのトニーと言う男は何者なのだろうか。普通の不真面目な若い警吏にしか見えないが、しかし部屋に入ってきた瞬間には、そして今も微かに、普通の人間とは思えない、すごみと言うか、オーラと言うか、アルカはそう言う"何か"をこの男から感じていた。


「ところで、ずっと気になっていたのだが、その丁寧な言葉遣いはどういう意図だ?」


 気になっていたのは、どうやらアルカだけではなかったようだ。トニー自身がそのことを切り出すと、ルーカスは真っ直ぐとトニーを見つめたが、言葉は無かった。そこでトニーが更に言葉を投げかける。


「仕事柄色々な言葉遣いの人間に会ってきたが、お前ほど俺に敬語を使ってきた人間はいなかった。普段からそうか?」

「いいえ」

「つまり、相手が警吏だから?」

「それも、いいえです。貴方が相手だから、でございます」

「おい、それはどういう意味だ。何だって俺に、まるで王族と話すような言葉遣いをするんだ」

「申し訳ありません。王族と話すような言葉遣いをしているつもりでは御座いませんでした」


 ルーカスはそう言うと一呼吸を置き、続けてこう言った。


「私は"ような"などではなく、王族と話す言葉遣いをしていたつもりでしたが、"ような"ということは、私の言葉遣いがまだまだ勉強不足、と言うことでしょう。大変な失礼を」


 その言葉を聞いて、アルカはようやく今目の前にいる人間が誰なのか、心当たりに気付いた。幼いアルカは、まだ洞察力や観察力など至らぬ力が多い。それでもルーカス・ルーパスに賢いと称されるには理由があり、一つはその知識であった。

 オーガスタスと言う姓は、あまり広く使われている姓ではない。と言うより、名乗ることを許される人間は数少ないのだ。オーガスタスとは、ある名をグレーター・ゾディア風に読んだ名であり、その名とは代々王の名として使われるアウグストゥス。すなわち、王家に関係のある者しか名乗れぬ姓なのだ。

 そしてアルカがはっと気付いた瞬間、トニー・オーガスタスの雰囲気が変わっていたことに気付いた。最初に部屋に入って来た時の、言いようのない威圧感を再び醸し出していたのだ。


「ふむ、"我"が聞いているのは、そう言うことではないんだ。ルーカス・ルーパス。何故"貴様"が我にそんな言葉遣いをするのか? と言うことだ」

「私ももう子供では御座いません。仰々しいとお思いになるかもしれませんが、相応の言葉遣いはさせていただく所存です。小獅城公(レグルス・レオカッスル)、アントワーヌ二世殿下」

「堅苦しいが、まぁ、咎めるつもりはない。だが、ルーカス・ルーパス。それでも、我と貴様の仲なのだ。だから、あえてこう呼ばせてもらい、こう言わせてもらおう」


 そう言ってトニーこと小獅城公アントワーヌ二世はスッと立ち上がり、ルーカス・ルーパスに手を差し伸べる。


「遥々からよく来た、"おおかみ星のリュカ"。我は貴様を歓迎する。此度ここなる王都リオカッスルにて、お互い成長した姿で再び会えたこの喜び、星に感謝する」

「まさかこのような日が来るとは夢にも思っておりませんでした。星の導きに深く、深く感謝します」


 ルーカス・ルーパスは、恐らく普段自ら名乗るそのルーカス・ルーパスと言う名よりも、長く親しんだその"おおかみ星のリュカ"と言う名を出され、微かにはにかんだ。そしてアントワーヌ二世から差し伸べられた手をスッと握り、二人は笑みを浮かべながら握手を交わした。


「しかし、リュカ。貴様と会うのは何時以来かね」

「殿下が以前、我が師を訪ねてお見えになられたのが四年前であったと記憶しております」

「そんなに経つのか。早いものだ」

「礼を欠く言葉かもしれませんが、見違えました。すっかり王の風格を纏われて」

「まだ王ではないのだ。すぎた言葉だ。それに、貴様ほどではない。大人しい村の子供が、次に会ったときにオオカミに成り、更に次に会った時はまた人間となり、そして今、狼頭人身の占星術師として目の前に現れたのだから」

「よもやこの姿で殿下とお会いすることになるとは」


 二人の様子を見て、話を聞いて、アルカは「自分の話を聞きたがっている警吏が来る」の意味を理解した。ようは、「被疑者として話を聞く警吏が来る」のではなく「警吏になった昔の知人が思い出話を聞きに来る」と言うことなのだ。ならば紛らわしい方をしなければいいのに、こっちは子供だし、とアルカは心の中でルーカス、もといリュカに対する不満を募らせた。二人は再び椅子に腰かけると、リュカは少し上目を使うような仕草で、アントワーヌ二世に問いかけた。


「しかし、私がおおかみ星のリュカであると、いつお気づきになりましたか」

「サウゼクリプシャーに現れた狼の頭を持つ占星術師の話を聞いて、真っ先にリュカ、貴様だと感じた。そうに違いないと確信したのだ。我は悲しみを背に、前に進まなければならない時であり、貴様もまたそうであろうと思っていた。だが、確信があったが、証左が無かった。だからつまり、おおかみ星のリュカ、貴様を国家占星術師として、占星術院の院生として、我は招いたのだ」

「殿下の御署名の入った書をレプサムで受け取った時は、血が止まったのか、巡り過ぎたのか、分からなくなる様な、めまいに似た感動を覚えました」

「予期していなかったのか?」

「そうではありません。正直に言えば。ただ、分かっていても、知っていても、心は反応してしまうこと、ございませんか? たとえば、何度も聞いたおとぎ話で、同じところで驚いたり、怖くなったり、感動したり」

「無いな。経験していないだけだと、考えよう」


 リュカは申し訳なさそうに何か言いかけたが、その言葉を呑みこんだ。アントワーヌ二世はその様子を見て「話を戻そう」と言うと、一呼吸置き、言葉を続けた。


「よもや此度の様な事が起こるとは、サリエリがこのような手を打つとは、我の浅はかさ故であり、貴様には深く謝らねばならぬが、しかし同時に、一つ芝居を打って見るのも面白いかという気になったのだ。警吏として取り調べに来れば、任命式を待たずとも貴様に会えるとな」

「その目で、私がおおかみ星のリュカであると、確かめるため?」

「そうだ、そして紛れもなく貴様は、おおかみ星のリュカであった」

「オオカミの顔なのに、お分かりになりましたか?」

「オオカミの姿の貴様のことも、忘れることなく記憶している。よくケモノの顔の見分けがつかぬという話を聞くが、とんでもない話だと我は思う。ケモノもそれぞれまるで顔つきが違うし、親子はやはり顔が似る」


 アントワーヌ二世はそう言ってリュカの隣にいる子グマを見て、一つにやりと笑みを浮かべる。


「そう、親子はやはり顔が似る」


 その言葉に、アルカは全身の毛が逆立つような、言い知れない感覚に陥った。この男は、この皇太子は一体、何なんだろう。得体の知れないオーラ、気配。アルカはその幼い年齢にしては、怖ろしい経験を重ねてきているが、一人の人間に気押される感覚は初めてであった。


「アルカ、と言ったな? いい名だ」

「母に名付けられた名らしいです」

「母、か。つかぬ事を確認するが、その母と言うのは」

「お察しの通り、かと」


 アントワーヌ二世はそう言われ、アルカをまじまじと見る。アルカは慣れないことに戸惑い、恥じらう様子を見せた。


「面影はある」

「そうお思いになりますか?」

「思わないのか?」

「いえ、そうではなく。"この姿"で面影を感じますか、という意味でして」

「思うさ。さっき言った通り、ケモノの顔にも個性はある。あの女の面影は、人のそれでも、クマのそれでも、変わらん」


 アントワーヌ二世の言葉にリュカは感嘆の溜息をもらした。その反応にアルカは納得できなかった。友人なのか知人なのか知らないし、心酔しているだとか、そういうわけではないのだろうが、この人外は目の前の皇太子にいささか酔っているのではないかと感じた。


「さて、積もる話もあるが、一旦切り上げさせてもらう。"俺"も仕事があるんでな」

「仕事?」

「警吏の仕事だよ。何も今回のために警吏になり済ましたわけじゃあない。本当に、警吏として"お前"の取り調べをしているんだからな」


 そう言ってアントワーヌ二世は、警吏トニー・オーガスタスとして自らが書いた書類に署名をすると立ち上がる。


「他の取り調べも終わるころかもしれない。だとすれば、面白い人間に会えるかも知れんぞ」


 そう言ってアントワーヌ二世は資料とランプを手に部屋の扉の前まで移動する。おおかみ星のリュカも立ち上がり、子グマのアルカも彼について歩く。

 部屋を出て廊下を歩いていると、来る時以上に目線が三人に突き刺さる。取り調べの最中に異形の占星術師の話は警吏達の間に伝わったであろう。そして、同僚であるトニー・オーガスタスがこの国の皇太子であることは周知の事実であろう。

 その二人が、異質を擬人化したような二人が、揃って場内を歩いているのだから、注目の的になるのはある意味で自然な事であった。自然なことであったが、アルカにはこの注目が、非常に恥ずかしさを感じるものだった。


「仮に私が国家占星術師として、占星術院の院生として、この城で働くとして、私は常にこの目線を浴びて仕事をするということになりますかね」

「数日もすれば慣れるさ。互いに」

「そういうものでしょうか」

「そういうものだ。おっ、話をすれば出てきたぞ。面白い人間が」


 アントワーヌ二世がそう言うとある部屋から二人の男性が警吏と共に出てきた。そしてリュカ達に気付くと、二人の男の内、年上と思われる男が笑みを浮かべながらリュカ達に近づいてきた。


「これはこれは! これはこれは殿下、ああいえ、オーガスタス警吏! このようなところでまたお会いすることになってしまうとは、お恥ずかしい限りでございます!」

「いやいやサリエリ卿、あんた程配下の人間を従えていれば、こういうことも少なくないでしょうから。しかし、立場上あんたは、被害者には直接話をする必要があることは、あんたなら御理解いただけるだろう」


 そう言ってオーガスタ警吏、すなわちアントワーヌ二世は、サリエリ卿と呼ばれた男が自らの隣に立っているおおかみ星のリュカの方を見るよう目配せをした。


「これはこれは! 此度は私の配下の者が大変な失礼をしてしまい申し訳ありませんでした! 私はクレート・サリエリ、占星術院アジュール院の院長でございます!」


 サリエリがそう言いながら手を差し出してきたので、リュカは彼のことを見つめながらその手を握り返した。やや痩せ、長い髪を後ろでまとめたその風貌は、三十代前半と聞く実年齢からはやや老けて見えるが、声の張りや、雰囲気などからは、如何にも野心めいた若々しい気配を感じていた。


「お初にお目にかかります、私はルーカス・ルーパス。星の声を聞き、星の声に従い、星の声を広めるために旅をする、”おおかみ星の宣星師”に御座います」

「宣星師! なるほどなるほど! そのお姿を見てよもやと思いましたが! そうでしたかそうでしたか!」

「ところで、いきなり不躾に伺うことをお許し願いたいのですが。私を襲ったのはサリエリ卿の配下の方だと聞きました。詳しい事情はまた別途、警吏から報告を受けますが、是非サリエリ卿の口から一度お話をお聞きしたい」


 ルーカス・ルーパスことリュカは、これから仕事を共にするであろう相手であり、自らの命を狙った者の上に立つこの男に、オオカミの顔で笑みを作りながらも、顔と合わぬ強い口調で問いかけた。聞かれた瞬間、サリエリは如何にもわざとらしい大げさな身振り手振りを加えながら、大きな声で嘆いた。


「全く、全く! 本当に恥ずかしい話です! 確かに、確かにですよ、私は言ってしまったのですよ! 新たな占星術師が、異形の占星術師が来ると聞いて、そのような得体の知れない占星術師が何故招致されたのか、分かりかねるし、来ればもしかしたら、もしかしたら私の敵になるかもしれない! まして、招致したのが小獅城公アントワーヌ二世殿下であり、かのブラン院の院生として招かれたとあれば、これはね、ルーパス卿、ルーカス・ルーパス卿、大変なことだと、配下の者たちにはね、漏らしてしまっていたのですよ! 私の弱さでした、浅はかさでした! 私がそんなことを言ってしまったがために、私の配下の人間がよもや私の言葉を極端な捉え方をし、独断でこの様な凶行にでるとは! いえいえよもやなどと言う言い方はしてはなりません! 私はそれを予期できなければならなかった! 仮にも私は占星術師! 仮にも私は指導者! 私があの時きちんと説明をし、或いはあの者の様子をきちんと管理できていれば或いは」

「いや、サリエリ卿、わかりました。分かりましたからそのあたりで。そのあたりで十分です。そのあたりの詳しくは、警吏から聞きますから」


 大げさな言葉。大げさな挙動。場内に響き渡る声で喋るサリエリに、さすがのリュカも、アントワーヌ二世も、やや圧倒された様子だった。


「しかし、しかしですよルーパス卿! ルーカス・ルーパス卿! 貴方を危険に晒したのは私の責である事は事実なのです! 私の気持ちも声もこれでは収まらないのです!」

「収まらないのであれば、犯人に厳しい罰をおねがいできますでしょうか?」

「いいえ、いいえ違います! ルーパス卿違うのです! 罰では人は救えないのです! ルーパス卿、ご納得いただけないのは承知の上ですが、かの者は改めて私が引き取らせていただくのです! 此度のこと私が言い聞かせ、必ずや更正させ、改めて占星術師としての道を歩ませてやろうとそう思っているのです! 一度の過ちで、罪で、罰で、咎で、人が道を失うのは悲しむべきことではありませんか! そうお思いになりませんか! そうでしょう! そうなのです! 彼は私の元で、もう一度星を学ぶのです! 学ぶべきなのです! 二度とこういうことは起こらないように、彼は、いや何より私が学ばねばならぬのです!」


 サリエリの息巻くような物言いに、リュカは言葉を失っていた。おおかみ星のリュカは十六と言う年齢の割には、師に鍛えられたこともあってか、言葉は"たつ"方だと自分では思っていたが、しかしこれほどまでに言葉に隙のない人間がいるのかという驚きも手伝って、リュカは話すべき言葉を探すことさえ忘れていたのだ。


「ルーパス卿! ルーカス・ルーパス卿! 貴方の命が今もあることが、私にとっても彼にとっても何よりの救いです! 私に出来ることがあれば、何でも致しましょう!」

「何でも、何でもと仰いましたか?」

「申しました申しましたとも! おっと勿論その揚げ足を取られて無理難題を言われると勿論致せぬのですが!」

「無理難題などではありません。ただ、一度、ゆっくりと貴方と二人きりで、食事でもしながらお話をお伺いしたいと思っているのです。これから共に、時に協力しながら、時に対立しながら、仕事をしていく上で聞きたい話がありますし、それを今この国の占星術師の、事実上の頂点とも言えるサリエリ卿から話を聞ければ、私にとってこれほど心強いことは無いのです」


 リュカからの思いがけない提案に、初めてサリエリはわずかな間であったが、言葉を止めた。そして一瞬だけ考えるような表情を浮かべた後、すぐに満面の笑みを浮かべ、リュカに答えた。


「そのような事でよいのであれば、喜んでお話をさせていただきましょう! 最大限の協力はさせていただきましょう! ルーパス卿、貴方がここで仕事をするために出来ることは協力いたしますとも!」


 サリエリのその言葉に、嘘は無いだろうと、リュカはオオカミの本能で感じた。その事実が、リュカにとっては少しばかり恐れるものだった。


「さて、では会食は私の方で準備させて頂きましょう! ラディック君! ラディック・ヴァン・エインドーヴェン君! 手配を頼む!」

「分かりました。任命式の翌々日にでも」


 サリエリは連れていた若い青年に命じると、ラディック・ヴァン・エインドーヴェンと呼ばれたその青年は、小さく礼をすると、ちらりとリュカを見た。リュカも青年を確認するが、犯人であったあの若い占星術師とは別人であることに気付き、それをうけてリュカは一つ咳払いをした後、サリエリに訪ねた。


「そちらの方は?」

「ああ! そうでした! ご紹介が遅れました! 彼は、ラディック・ヴァン・エインドーヴェン卿、私と共に学ぶアジュール院の院生です!」

「エインドーヴェンです」

「ルーカス・ルーパスです。以降宜しくお願い致します。エインドーヴェン卿」

「こちらこそ」


 師のそれとは対照的な口数の少ないエインドーヴェンに、リュカは妙な肩すかしをくらった気分だった。栗色のカールのかかった髪に、整った顔立ちではあるが、目つきが鋭く、あまりいい印象をリュカは抱かなかった。


「さて、私はこの後また研究に戻らなければなりません! 誠に、誠に惜しいのですが! 近々会食させていただくとして今日は早々と引き揚げさせていただきます! 殿下、ああいえ、オーガスタス警吏! くれぐれもルーパス卿をよろしく頼みますよ! さあ、ラディック君、参りましょう!」

「はい」


 エインドーヴェンが一礼すると、二人はリュカ達に背を向けて城の奥に通じる廊下を進んでいった。


「そう、か。占星術院も今は城内にあるのでしたね」

「あぁ。しかし、いつ会っても、騒々しい男だ」

「殿下に、どうしてもあの方の力が必要なのですか?」

「我にではない、国にだ」

「サリエリ卿には、色々な話があるのを耳にします。初めてお会いして、なるほどなと思う部分も少なくありませんでしたが、想像以上に隙のない方でした。そして、並々ならぬ野心の匂いをかぎ取りました。殿下、サリエリ卿は危険です」


 そう言ってリュカはアントワーヌ二世と鋭い目でお互いを見つめた。それ以上何も口にしないが、サリエリとアントワーヌ二世、アントワーヌ二世とリュカ、そしてリュカとサリエリでそれぞれ、大小の違いはあるにしろ、意識に隔たりがあるのはこの一瞬で感じとれた。


「その話はまた今度にしよう。長旅で疲れた上に、あんな疲れる男と話をしたのだ。寮に案内しよう」

「殿下がなさることではありません、恐れ多い」

「折角だ、させてくれ。それに俺は、あまり王だ民だと言って距離を作りたくは無いのだ。だから喋り方にも気をつけるし、警吏の仕事にも着いたのだから」


 そう言われるとリュカももう何も言えず、アントワーヌ二世に連れられてこれから生活の拠点となる寮へと揃って歩いていった。

 一方、占星術院アジュール院に戻ったサリエリとエインドーヴェンは、サリエリの研究室にある椅子に腰をかける。そしてサリエリは先ほどまでと打って変わった落ち着いた口調でエインドーヴェンに語りかけた。


「率直な意見を聞きたいな、ラディック君。君は、彼らを見て、どう思った?」

「どう、ということは。顔がオオカミだろうが、人は人、かなと」

「それは、ルーパス卿を見てのことだな。では、そばにいた子グマについては、どう考えるかな?」

「ルーパス卿について従う様子を見る限り、普通のクマという感じではないとは思いましたが、だからと言って、別に、どうということは」

「ふむ、君がいささかキレ者であるせいか、他人の評価には君は向いていないようだ」

「そうかもしれません」


 謝る様子や悪びれる様子も無いエインドーヴェンに、サリエリはどこか嬉しそうでもあった。


「しかし、ルーカス・ルーパスなどと、およそ偽名とさえ言えない名で、よく舞い戻って来たものだ」

「先生は、ルーパス卿を御存じで?」

「互いに認識があるわけではない。彼の幼いころに、見たことがあるだけだ。六~七年ほど前か。もっとも、完全なオオカミの姿だったが。飼い主について回るただの飼い犬かと思っていたが、随分と度胸の据わった"男"になって。まぁ、ただ、そう言う意味で言えば、より気になるのはあの子グマだな。ラディック君」

「はい」

「小ウルサムに人を出す準備もしてくれ。調べたいことがある」

「小ウルサムにですか? しかしあそこは」

「分かってる。分かってるんだが、とりあえず人を出す準備をしてくれ」


 そう言ってサリエリは両腕を大きく広げ椅子の背もたれにもたれかかった。


「これから十年、大変な時代になるかもしれない。私が十年それを守り導ければ、国は安定する」

「ルーパス卿は、そのための障害になる?」

「分からん。分からん以上、願わくば排除したいところだが、一度失敗した以上、二度とチャンスは無いだろう」

「犯人について、本当にお切りにならず、配下に置くつもりですか? 失敗した人間ですよ」

「使えないから切る。弱いから切る。無駄だから切る。そんな指導者に、民がついてくるものか。よしんばついてきても、いやむしろそれでついてきた民こそ、切るべき民かもしれぬ」

「先生、私は、先生を信じています」


 エインドーヴェンの言葉にサリエリは起き上がらず、そのままの姿勢で親指を突き立てて答えて見せた。サリエリは天井を見つめながら、考えていた。ルーカス・ルーパスを名乗るオオカミの頭を持つ占星術師、その彼が連れる子グマ、そして、小獅城公アントワーヌ二世。そして今自分のそばにいる若き占星術師ラディック・ヴァン・エインドーヴェン。


「大変な時代が来るな。大変な時代が」


 繰り返しまるで呪文のように唱えるサリエリを、エインドーヴェンは怪訝そうに見つめていた。若いエインドーヴェンにはまだ、サリエリが見据えているその未来を、そしてその未来に自分が大きく影響してくることを、まだ理解していなかった。

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