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くらい研究室にて。

作者: ロッッカ

 「関係者以外立入禁止」と書かれたプレートが打ち付けられた扉を開け、男は研究室に足を踏み入れた。部屋の中にいた、色あせた茶色をしたぼさぼさの髪の白衣を着た男は、入って来た男に見向きもせずに口だけを動かす。彼は机に向かい、一心に何かを書いていた。

「また来たのか?」

「暇だからね」

 部屋に入ってきた、緑の髪をした着流しの男は、適当に椅子を引っ張ってきて腰掛けた。彼は紙や本の連なる机に手を伸ばしては、資料やらレポートやら、簡単なメモやらを斜め読みしては元の場所に戻していく。

 回転式の椅子をくるくると回しつつ、特に面白くも無さそうに彼はひたすらに紙を読み進めた。するとある瞬間、ぽんと男から猫の耳と髭と尻尾が現れたのだが、本人は全く気にする気配はない。そして白衣の男も、その状態を一瞬だけ横目で見ただけで、自分の研究に没頭してしまった。二人にとってはごく普通の事だろう。その男が幽霊、いや化け猫である事など、会った時から知っているのだから。

「コーヒー出してよ」

「自分で淹れろよ」

 化け猫の男はしかめっ面を作ってひとしきりごねた後、自分で勝手にコーヒーを作り始めた。道具の場所も覚えているであろう、手慣れた手つきで。その間も白衣の男の方は手を休める事はない。

 化け猫は、コーヒーを待ちながらにやにや微笑みかけた。

「相変わらずの無愛想で何よりだねー?」

「大きなお世話だよ、こちとら夢に向かって日々忙しいんでね」

「夢って言っても不老不死になりたい、でしょう? 世界征服と同じくらいに無理なんじゃないのー?」

 彼の笑顔は絶えない。貼り付けている、と言っても良い程に、その笑顔が崩れる事はなかった。一段落ついたのだろう、白衣の男はペンを置き、机に肘をつく。白衣の男は化け猫の方に向き直ると、彼と同じような、どことなく歪んだ笑顔を見せた。眼鏡の奥の目が、少し釣り上がる。

「そろそろ君を解剖させてくれると有り難いんだが?」

「嫌ぁだ。私は化け猫。もう死んでんの。解剖できないの。お分かり?」

「だが、傷つける事はできるんだろう?」

「おーおー、趣味の悪いお方だこと」

「今更言う事か」

 白衣の男は足を組みかえた。化け猫はコーヒーができたのを確認すると、部屋の主にお構いなしに啜り始める。

「言っておくけどさあ」

 彼は尻尾と足をゆらゆら揺らして、白衣の男を見据えた。男も化け猫の方を見て腕を組む。

「不老不死もたいがいにしとかないと痛い目見るよー? それとも痛い目見たい子かにゃ?」

「何を言うんだ。私からあの研究を取るなど、生き甲斐を取るのに等しい行為だよ。死に値するね」

 二人共に言いたい事を言ってから、沈黙。議論もする必要が無いと言わんばかりに、先に白衣の男の方から視線を逸らした。彼は再びペンを取り、作業を続ける。

 化け猫は再びコーヒーカップに口をつけ、一口飲んだ。

「止めとかなくて、後悔しても知らないよ?」

「心配御苦労様。私に何を言っても無駄だという事が分からんかね?」

「忠告はしたからね、せいぜい死ってのはなんなのかを受け入れながら過ごしなさいな」

「お互いにな」

 彼は返事をせず、コーヒーを一気に飲み干す。口の周りを舐め、彼はコーヒーカップを置いて立ち上がった。彼は椅子を元の位置に戻すと、そそくさと扉に向かう。白衣の男は無反応。化け猫は一度舌を出して下まぶたを引っ張り、典型的な「アッカンベー」をしてみたものの、そもそもそちらを向いていないので白衣の男は何の反応もなかった。

 化け猫はドアノブに手をかけ、軽く手を振る。

「ばいばーい。二度と来ないよ」

「ああ、さようなら。二度と来るな」

 扉が閉まっても、白衣の男はそちらを見なかった。




 数十年後。また化け猫は、あの白衣の男がいた研究室に来ていた。部屋は数十年前と変わっておらず、彼の研究の産物がそのまま残っている。

 そこにまだ、彼はいた。本当に不老不死になった、あの白衣の男だった者を見て、化け猫は言う。

「あーあ。だから忠告したのに。私にはよほどのマゾヒストとしか思えないねぇ。二度と見たくない」

 そしてまた、彼は研究室を後にした。

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