PART.8
二日目の一時限目、理科。 昨夜、美香が「抜き打ちで出る」と豪語していた『生殖と遺伝』。問題用紙をめくった瞬間、俺は戦慄した。
(……本当に出やがった。しかも、美香が熱弁してた減数分裂のところがピンポイントで……!)
脳内に、一昨日の彼女の熱を帯びた声が響く。
『いい? 誠也。遺伝の法則は「性癖」の戦いよ。強い方が勝つの。……あんたのその弱っちい遺伝子は、私の優性遺伝子の前ではひれ伏すしかないのよ』
俺は震える手で、細胞分裂の図を埋めていく。顕微鏡の図を見るたびに、昨夜の俺の「実技指導ってなんだよ!」という叫び声がセットで思い出されて、集中力がゴリゴリと削られる。 悔しい。彼女の「最低な例え話」と紐付けられた知識は、接着剤のように脳にこびりついて離れなかった。
続く二時限目、英語。 『英語の構文は、攻めと受けの「ポジション」で覚えなさい』 美香の教えに従って、S(主語)とV(動詞)の関係を「どちらが上で、どちらが挿入される側か」という基準で判別していく。
(……ダメだ。もう「I have a pen」が普通の文章に見えない。ペンっていう単語が出るだけで、あいつの「折れたパステル」っていう嘲笑が聞こえてくる……!)
試験監督の先生が回ってくるたび、俺は必死でポーカーフェイスを装った。もし今、俺の脳内がモニターに映し出されたら、俺は即座に警察へ連行されるだろう。英語のテストを受けているはずなのに、俺の頭の中は完全にR18指定の構文解釈で埋め尽くされていた。
そして最終時限、俺の得意科目である社会。 ここだけは美香の毒に侵されまいと、自前の知識で勝負に挑んだ。 しかし、歴史の年号を思い出そうとするたびに、美香が横から放った『この将軍、顔が絶対ロリコンよね。この法律も、実質的には自分のハーレムを守るための職権乱用よ』という勝手な人物評がノイズとして混じってくる。
(やめろ……! 徳川綱吉を「生類を慈しむフリをした究極のドS」という解釈で覚えるな俺……!)
全ての試験が終わり、放課後。 解放感よりも、精神的な汚染による疲労感が勝っていた。 生徒会室のドアを開けると、そこにはまた、「清楚」の仮面を脱ぎ捨て、神崎から献上されたであろう高級そうなチョコを勝手に食べている美香がいた。
「おかえり、誠也。……その、魂が口から半分はみ出しているようなツラ、今日のテストの結果を物語っているわね。私の『愛の指導』に、あんたの脳細胞が耐えきれなかったのかしら?」
「……お前のせいだ。……ハァ、…ハァ…全部お前のせいだ。俺は今日、一生分の『不適切な想像』を答案用紙にぶつけてきた気がする」
「いいじゃない。どうせあんたの脳なんて、普段はもっと低俗なことで埋まってるんだから、私の知性で上書きしてあげたことに感謝しなさい」
美香はそう言って、チョコを一口かじると、悪戯っぽく微笑んだ。
「ねえ誠也。もしこれで神崎に勝てていたら……昨日の『お泊まり会』の続き、してあげてもいいわよ? 今度は実技指導を、もっと……『奥の方まで』ね」
「二度と言うな! あと、生徒会室でそういう隠語を使うな!」
その時、廊下から神崎の「美香様ァー!」という絶叫が聞こえてきた。どうやら自己採点の結果に、何らかの絶望を味わったらしい。
俺は胃の痛みを感じながら、窓の外を見た。 テストは終わった。だが、俺の「嘘の彼氏」としての生活と、美香の「毒舌」という名の拷問は、これから長く続くものになった。




