PART.32
体育祭が終わり、学園内は「黒峰と白雪の熱愛(と、黒峰の謎の爆走)」の噂でもちきりだった。俺の精神はすでに磨り減り、新しい筆箱のチャックは神崎との揉み合いで完全にバカになっていた。
そんな放課後、俺は生徒会室に呼び出された。 そこには、美香の姿はなく、氷室会長と、いつになく真剣な表情の水口副会長が待っていた。
「お疲れ様、黒峰くん。今日の走りは……ええ、ある意味で学園の歴史に刻まれたわ」
「会長、その節は本当に……勘弁してください……」
「ふふ。……でも、冗談はここまでよ。水口くん、例のものを」
水口がタブレット端末を俺の前に差し出した。そこには、数枚の戸籍抄本の写しと、美香の家庭に関する調査レポートが表示されていた。
「黒峰、驚くなよ。……白雪美香の妹、結菜ちゃんだが……彼女、白雪家の実子じゃない。……それどころか、白雪家との血縁関係が一切存在しないんだ」
「……は? 何言ってんだよ。あんなに美香と似て……いや、似てないけど、あんなに仲が良いのに」
俺の脳裏に、スーパーで見た結菜ちゃんの無垢な笑顔が浮かぶ。
「正確には、白雪美香の『両親』も、彼女の本当の親ではない可能性があるわ。……黒峰くん。彼女が中二の冬に『聖女』という鎧を纏ったのは、単にあなたへの執着だけが理由じゃない。……彼女は、自分の居場所を――『白雪美香』という器を完璧に演じきることで、あの家族を守ろうとしているのよ」
会長の言葉が、重く室内に響く。 美香が言っていた「あの子の綺麗な世界を守るためなら、一生仮面を被り続ける」という言葉。その真意は、俺が想像していたよりもずっと切実で、綱渡りのような「嘘」の上に成り立っていたのだ。
その時、生徒会室の扉が勢いよく開いた。
「あら……。私のいないところで、随分と面白い『読書会』をしているのね」
そこには、息を切らせた美香が立っていた。 いつもの余裕たっぷりの笑みはない。その瞳には、獲物を追い詰めた猛獣のような鋭さと、今にも崩れそうなガラスのような脆さが同居していた。
「白雪さん。……少し、お節介が過ぎたかしら?」
会長が静かに問いかける。美香は一歩、また一歩と俺の方へ歩み寄ってきた。
「……ねえ、誠也。あんた、聞いた? 私の正体。……私はね、名前も、過去も、全部『嘘』で塗りつぶした怪物なのよ。……結菜も、お父様もお母様も、私がこの完璧な『聖女』を演じているからこそ、幸せな家族でいられるの」
美香が俺の胸ぐらを掴む。指先が、微かに震えていた。
「あんたが、私の『管理人』だっていうなら……この汚い真実も、全部飲み込みなさい。……そして、明日からもまた、私の『嘘の彼氏』として、全校生徒の前で私を崇めなさい。……できるわよね? できないって言ったら、今ここで、あんたの耳元で……昨日のバトンの続き、生声で喉が枯れるまで囁き続けてあげるんだから……っ」
強気な言葉とは裏腹に、美香の瞳から一筋の涙がこぼれ、俺の制服に染み込んだ。 美香の「嘘」は、もはや彼女自身の命そのものになっていた。
「……分かってるよ。お前がどんなバケモノでも、俺が隣で毒を食らってやるって言っただろ」
俺がそう言うと、美香は一瞬だけ、毒気を抜かれたような顔をした。 ……が、次の瞬間。
「……ふん。流石は私の駄犬ね。……ご褒美に、今日の晩ご飯はあんたの家で、私が『裸エプロン』で唐揚げを揚げてあげてもよくてよ。……もちろん、嘘だけど。あんたがその妄想で鼻血を出して倒れる姿、動画に撮って結菜に見せてあげるわ」
「(……一瞬でも感動した俺がバカだったよ!! あと俺の家に来るな! 裸エプロンとか親に殺されるわ!)」
「あら、嫌なら今すぐ会長の前で私たちの『契約』を暴露してもいいのよ? ……さあ、どっちがいい? 私の裸エプロン(空想)か、社会的死か」
美香の「下ネタ&猛毒」エンジンが再点火する。 会長と水口が呆れたような視線を送る中、俺は確信した。 この女の「嘘」を守る戦いは、これからが本番なのだと。




