PART.31
体育祭当日。 昨日の激辛デスソース弁当により、俺の胃腸は「終末」を迎えていた。腹の底でくすぶる灼熱感に耐えながら、俺は生徒会チームのアンカーとして、部活動対抗リレーのトラックに立っていた。
「……おい、美香。あのバトン、何なんだよ。妙に重いし、なんかピンク色のシリコン素材でコーティングされてるんだが」
「あら、それは私の『特製バイブス・バトン』よ。中に加速度センサーと、私のボイスレコーダーを仕込んでおいたわ。……いい? 誠也。そのバトン、あんたが走る速度を緩めると、自動的に私の『羞恥心ゼロの実況ボイス』が内蔵スピーカーからこのイヤホンに響き渡る仕組みになっているの。ほら、さっさと付けなさい。」
「(……は!? 何そのハイテクな嫌がらせ!!)」
「さらに、あんたの握る力が弱まると……そうね、『ねえ、ご主人様……もっと強く握って……んっ♥』っていう、昨日のエロゲーの没ボイスが流れる設定よ。止まりたければ止まりなさい。全校生徒の前で、あんたが私の『玩具』であることを音声で証明してあげるから」
「お前、本当に地獄に落ちるぞ!! ……って、もう第三走者が来てるじゃねーか!」
バトンが回ってくる。第三走者の神崎が、鼻息を荒くして突進してきた。俺はしぶしぶイヤホンを付けた。
「黒峰ェッ! 貴様ぁ! 美香様のぬくもりが残るこのバトン……貴様に渡すのは断腸の思いだが、美香様の勝利のためだ! 受け取れッ! そして、その重みで圧死しろッ!」
「重いわ! ……って、うわあああああ!!」
バトンを受け取った瞬間、俺の手の中で「ピコン!」と電子音が響いた。
『――誠也、遅いわよ! もっと腰を振って走りなさい! あんたのその程度のピストン……じゃなくて、ピッチじゃ、私を満足させられないわ!』
「(バトンが喋ったぁぁぁぁ!! しかも内容が最悪だ!!)」
俺は必死で足を動かした。速度を緩めた瞬間、イヤホンからは『あぁ……誠也、そんなに弱々しいのは嫌……もっと、激しくして……っ♥』という、殺意が湧くほど甘ったるい美香の声が流れ出す。
「うるせええええ!! 止まれ! 止まれってこの音声!!」
「走れ黒峰! 止まるな! って貴様!なぜイヤホンを付けている!もしや美香様から応援メッセージでも聞いてるのか!!許さん……その声を俺に……俺の鼓膜に永久保存させろォォ!!」
背後から、バトンから漏れる美香の声を聴こうと、神崎がトラックに乱入して追いかけてくる。もはやリレーではなく、ただの変態の追いかけっこだ。
その時、放送席の氷室会長がマイクを握った。
「……生徒会チーム、随分と……独創的な走りをしているわね。黒峰くん、そのイヤホンから聞こえる『美香さんの声』、放送用マイクで全校に拾ってあげましょうか? その方が、あなたのやる気が出るのかしら?」
「(会長!! やめてください!! それだけは本当に死人が出ます!!)」
俺は羞恥心の限界を突破し、バトンから流れる『もっとぉ……誠也ぁ、もっとイってぇえ!』という絶叫をかき消すように、光速のステップでゴールを駆け抜けた。
ゴールテープを切った瞬間、俺は地面に突っ伏した。 バトンからは最後に、『ふぅ……お疲れ様、誠也。……次は、私の部屋で「本番」の二人三脚をしましょうね♥』というトドメの一撃が流れ、静かに機能を停止した。
「……俺、もう明日から学校来れない……」
「黒峰! 貴様ぁぁ! そのバトンを貸せ! 俺にその録音データを抽出させろォォ!!」
神崎がダイブしてくる中、俺は新しい筆箱を握りしめ、自分の中の何かが完全に「陥落」したことを悟った。




