PART.26
「……おい美香、これ流石に縛るのキツすぎだろ。血が止まって足先が紫色になってきたんだが」
「黙りなさい。あんたみたいな逃げ癖のあるドブネズミは、これくらいガッチリ繋いでおかないと、私の美脚の魔力に当てられて失禁して逃げ出すでしょう? 安心なさい、もし足が腐り落ちたら、私が一生車椅子を押して『介護 (飼育)』してあげるから」
「介護じゃなくて飼育って言ったぞ今! そもそも何だよ、この密着度は!」
二人三脚の練習という名目だが、美香はわざと俺の脇腹に自分の体をこれでもかと押し付けてきている。体操服越しに伝わる体温と、柔らかい感触。そして、彼女が動くたびに漂う、甘くもどこか刺すような香水の匂い。
「何よ、さっきから心臓の音がうるさいわね。……誠也、あんたのその卑しい心臓、私の二の腕に当たってピクピクしてるわよ。……ねえ、もしかして私との密着で、あんたの『股間の聖火台』に火が灯っちゃったのかしら?」
「灯るかバカ! 緊張と恐怖だよ! そもそも『聖火台』とか言うな、体育祭をエロい文脈に引きずり込むんじゃない!」
「うふふ、いいじゃない。これぞ青春の汗と脂、そして隠しきれない性欲の祭典よ。ほら、ちゃんと私の腰を抱きなさい。……もっと深くよ。あんたのその震える指先が、私のウエストの曲線に絶望を感じるくらいにね」
美香は俺の腕を強引に引き寄せ、自分の腰に回させた。 周囲の男子生徒たちからは「黒峰死ね」「代われ」「いや、あいつのあの死にそうな顔、相当な責め苦に遭ってるぞ」と、嫉妬と哀れみが混ざった視線が突き刺さる。
「(……ねえ誠也。この状態で走るのよ。もし歩幅が合わなくて転んだら、あんたをクッションにして、私は優雅にその上に着地してあげる。……あんたの顔面に、私の『聖なるヒップ』をダイレクト・アタックさせてあげるから、光栄に思いなさい)」
「(……それはご褒美じゃなくて、ただの圧殺刑だろ! 真面目に走れよ!)」
「いっちに! いっちに!」と、美香は外向きには爽やかな掛け声を出しながら、俺の耳元では「(あんた、今鼻の下伸びてるわよ。私の汗を直接吸い込める距離にいて、興奮して脳漿が漏れ出してるんじゃない?)」と地獄のASMRを叩き込んでくる。
その時だ。グラウンドのフェンス越しに、冷ややかな視線を感じた。 見れば、そこには他校の制服を着た沙耶香が立っていた。彼女は、親密そうに密着して走る(引きずられる)俺たちを、ゴミを見るような、あるいは救いようのないものを見るような、形容しがたい表情で見つめていた。
「(……沙耶香……)」
俺の動きが微かに鈍った瞬間、美香が鋭く俺の脇腹を抓った。
「――っつ!!」
「よそ見厳禁よ、誠也。あんたが見ていいのは、ゴール地点と、私の『聖女の仮面』の裏側だけよ。……あの子、まだうろちょろしてるのね。いいわ、だったらもっと見せつけてあげましょう。……ほら、次のターンで、わざとよろけて私を押し倒しなさい。……『事故』を装って、グラウンドのど真ん中で私とパフパフする特権をあげてもよくてよ?」
「するわけねえだろ!! 事故じゃなくて事件だよそれは!!」
俺の絶叫は、体育祭の予行練習の喧騒にかき消された。 右足の束縛、身体的な密着、そして精神的な凌辱。 文字通り「美香に縛られた」俺の体育祭。ゴールの先にあるのは勝利か、それとも俺の社会的な死か。




