PART.1
「……はい、ここまではいいかな? じゃあ、次の問4の証明。白雪さん、やってみてくれるかい?」
数学担当の田辺が、ねっとりした声で美香を指名する。 クラス中の男子の視線が、一斉に彼女の背中に集まった。
「はい、田辺先生」
美香が凛とした声で返事をして立ち上がる。 背筋をピンと伸ばし、短いスカートの裾をわずかに整えて教壇へ向かうその姿は、まさに全男子の理想を形にしたような美しさだ。 彼女が黒板にスラスラと数式を書き込む間、教室には「ああ、やっぱり白雪さんは完璧だ……」という無言の感嘆が漏れる。
だが、隣の席に座る俺、黒峰誠也だけは知っている。 彼女がチョークを置いた瞬間、一瞬だけ俺の方を見て「中指を立てるジェスチャーを網膜に焼き付けてきた」ことを。もちろん、立てた相手は田辺だ。
「――完璧だ。素晴らしいね、白雪さん」
田辺が鼻の下を伸ばしながら、彼女の肩に手を置こうとする。 美香は絶妙な身のこなしでそれを避け、天使のような微笑みを浮かべて自席に戻ってきた。
そして、椅子に座るか座らないかのタイミングで、俺にしか聞こえない極小の「汚物」を吐き出した。
「……見た? 誠也。今のあのハゲ。私の肩を触る角度を、コンマ単位で計算してたわよ。教育者っていうより、ただの『動く性犯罪予備軍』ね。あんな奴の授業を受けてると、私の処女膜が精神的に摩耗するわ」
「バカかお前は。……あと、声がでかい。隣の奴に聞こえたら、俺とお前の社会的生命は一瞬で爆発四散するぞ」
俺はノートに計算式を書くフリをしながら、腹話術のように答える。
「あら、誠也。私の心配? 嬉しいわ。ご褒美に、後で私の使い古した消しゴムのカスでも食べさせてあげましょうか? 誠也みたいな卑屈な遺伝子には、それがお似合いよ」
「いらねえよ! どんな性癖だ! つーか、お前のその『清楚な美少女』っていう皮、そろそろ破れて中からバケモノが出てくるんじゃないか?」
「失礼ね。私はいつだって誠実よ。……ほら、あのハゲがまたこっちを見てる。今度は私の太ももを鑑定してるわね。あの視線、実質的に脱衣麻雀と同じだわ。今すぐ法廷に引きずり出して、全財産をエロゲーの重課金に回させてやりたい。誠也、あんた、私の『彼氏』として、あいつの股間にコンパスでも突き立ててきなさいよ」
「できるか! そもそも、お前の自意識過剰だろ。てか脱衣麻雀ってネタのチョイスが古いんだよ!そもそも田辺はただ、自分の出した問題が解かれたか確認してるだけだ」
「甘いわね、誠也。あんたの脳みそは、ハッピーセットのおまけより単純にできてるの? 男の視線なんて、全部『ヌルッ』としてるのよ。……ああ、嫌だ。今の湿度の高い空気、私の毛穴が拒絶反応を起こしてる」
美香はそう言いながら、机の下で俺の太ももをギュッとつねってきた。 もちろん、周囲からは「仲良く手を繋ぎそうになっているバカップル」にしか見えない角度で。
「痛っ...…! 何すんだよ!」
「愛の鞭よ。……ねえ、誠也。今日の放課後、私の家に来る? 両親は不在。つまり――」
美香が、頬を赤らめて上目遣いで俺を見る。 クラス中の男子から、物理的な殺意が飛んでくるのを感じる。
「……どうせまた、『溜まった不満を全部吐き出すから、黙って聞いてろ』だろ。絶対に行かねえ」
「正解。あんた、私のこと理解しすぎてて気持ち悪いわ。……でも、来なさいよ。来ないと、明日の朝、クラスの掲示板に『黒峰誠也くんは、実は幼女向けのアニメでしか抜けない変態です』ってデマを流してあげるから」
「お前は悪魔か! つーか、デマの解像度が高すぎて洒落になってねえんだよ!」
俺の悲鳴に近いツッコミが、静かな教室に響きそうになる。 田辺が不思議そうにこちらを見た。
「黒峰くん、どうしたのかね? 白雪さんと仲が良いのは結構だが、授業に集中したまえ」
美香がすかさず、恥ずかしそうに俯いて答える。
「すみません、先生。誠也くんが、私の髪が綺麗だって、あんまり褒めてくれるものですから……」
クラス中に「ヒューッ!」という冷やかしと、俺への激しい憎悪が充満する。
(こいつ……っ! 自分で油を注いでおいて、被害者面かよ!)
俺は、隣でクスクスと(邪悪に)笑う「聖女」の横顔を見ながら、今日という日が平穏に終わることを、もはや諦めるしかなかった。
こいつの本性はこれでわかったことだろう。せっかくだし、次は彼女と俺が所属する生徒会についても話しておこう。すくなくても、周りでは、勉強スポーツ共に万能、成績はオール5の超超優秀な高校一年生。次期生徒会長候補として、凄まじい人気を持っている。




