PART.17 二人だけの特別講座
キャンプファイヤーの喧騒を離れ、校舎の裏手にある小さな中庭へと逃げ込んだ。 炎のオレンジ色は遠のき、頭上には冷ややかな月が浮かんでいる。遠くで響くフォークダンスの曲は、まるで別世界の出来事のようにぼやけて聞こえた。
美香は「聖女」の仮面を脱ぐどころか、ドレス姿から制服に着替えた後も、どこか張り詰めた空気を纏っていた。
「……ふぅ。マジで虫唾が走るわ。あんな過去の遺物に、私の貴重な文化祭のフィナーレを汚されるなんて」
美香は校舎の壁に背を預け、乱暴に髪をかき上げた。月光に照らされたその横顔は、神々しいまでに美しいが、その口から漏れるのは相変わらずの猛毒だ。
「おい美香。あの沙耶香って子……相当怯えてたぞ。あの子一人じゃ無理だって言ってたけど、本当に校内に協力者がいるのか?」
「そう言ってるでしょ、この鳥頭。……いい? 外部の人間が放送ブースの端子にUSBを挿す隙なんて、あの一瞬しかなかった。内部事情に精通して、かつ私の捏造工作を予測……あるいは失敗を期待していた奴がいる」
美香は冷たい瞳で俺を射抜いた。
「ねえ誠也。あんた、さっきの会長の目を見た? あの女、私のことを『面白い玩具』を見るような目で眺めてたわ。……もしかしたら、沙耶香をけしかけたのは……」
「……会長が? いや、いくらなんでもそれはないだろ。会長は学校の秩序を一番に考えてるはずだ」
「甘いわね。完璧な秩序を保つ人間ほど、その裏で『崩壊の瞬間』を特等席で見たがるものよ。……まあいいわ。誰が黒幕だろうと、私の足元に跪かせてあげるだけだから」
美香は一転して、獲物を追い詰める捕食者のような笑みを浮かべ、俺に一歩歩み寄った。 石鹸の香りと、彼女が纏う刺すような殺気が、狭い空間に充満する。
「それより誠也。……あんた、今日一日よく頑張ったわね。捏造動画に、劇での『家畜』の熱演。あんたのその卑屈な才能が、私の帝国を守り抜いたわ」
「……お世辞ならいいよ。胃がボロボロだ」
「お世辞? 冗談。これは正当な評価よ。……だから、約束通り、ご褒美をあげるわ」
美香が俺の胸ぐらを掴み、強引に壁へと押し付けた。逃げ場のない「壁ドン」の形。彼女の紅い唇が、吐息が触れそうなほど近くにある。
「……テストの結果の『実演』、まだ終わってなかったわよね? 沙耶香のせいで不機嫌になった私のこのストレス、あんたがその『未使用のペン』の代わりに、全身で受け止めなさい」
「おい、待て……! ここは学校の――」
「静かにしなさいよ。……もし声を出したら、明日の朝、全校生徒のスマホに『黒峰誠也くんは、実は白雪美香の履いたストッキングのデニール数を当てるのが趣味の変態です』って一斉送信してあげるから」
「デマの解像度を上げるな! つーか、お前、さっきから距離が近すぎ――」
美香の指が、俺の唇をそっと塞いだ。 冷たい指先。だが、そこから伝わる微かな震えを、俺は見逃さなかった。 最強で、最悪で、傍若無人なこの幼馴染が、ほんの一瞬だけ見せた隙。
「……本当の私は、あの動画よりも、今のあんたが思っているよりも、もっとドブ川の底みたいに汚いのよ、誠也。……それでも、あんたは私の『管理人』でいられるかしら?」
挑発するような、それでいて縋り付くような、矛盾した瞳。 俺はため息をつき、彼女の細い手首を掴み返した。
「……知ってるよ。お前が般若みたいな性格だってことも、口を開けば18禁だってことも、全部。……今さら汚いなんて言われても、俺の精神はもうお前の毒に対する耐性ができちゃってるんだよ」
美香は一瞬、呆然と目を見開いた。 だが、すぐにククッと喉を鳴らして笑い出す。
「……ふん。やっぱり可愛げのない男。……いいわ、だったら死ぬまで耐え続けなさい。私の『毒』に一生侵されて、他の女じゃ満足できない体にしてあげるから」
夜の校舎裏。キャンプファイヤーの遠い爆ぜる音をBGMに、俺たちの嘘まみれで、けれどどこか真実よりも濃い「呪いの時間」が流れていった
最後まで読んでくれて、ありがとうございました。新作のほうに集中したいので、一週間程度更新をストップします。




