PART.16
夕闇が迫る校庭。巨大な薪の山がオレンジ色の炎を噴き上げ、パチパチとはぜる音が響く。 後夜祭のメインイベント、キャンプファイヤーが始まった。
大音量で流れるフォークダンスの曲に合わせて、生徒たちが輪になって踊る。だが、俺と美香が並んで輪に加わった瞬間、周囲には物理的な「聖域」が出来上がった。
「――ねえ、誠也。ちゃんと笑いなさいよ。今、全校生徒が私たちの『美しき純愛』を網膜に焼き付けてる最中なんだから」
純白のドレスから清楚な制服に着替えた美香が、俺の手を握りながら囁く。その握力は、あきらかに「囮が逃げ出さないように固定する万力」のそれだった。
「笑えるか! 周りの男子の視線が、キャンプファイヤーの火より熱いんだよ! ……それで、犯人をあぶり出す罠ってのは何なんだ?」
「簡単なことよ。さっきの『捏造動画』で一番悔しい思いをしているのは、あの動画の真実を知っている人間……つまり、私の中学時代の知り合いに決まってるわ。あんな感動の押し売りを見せられて、吐き気を堪えてる奴がこの輪の中にいる。……ほら、次のターンで左側にくる奴の顔をよく見てなさい」
ダンスのステップに合わせて、人の輪が入れ替わる。 俺は美香に言われた通り、すれ違う生徒たちの顔を必死に観察した。憧れの眼差し、嫉妬、純粋に楽しんでいる顔。その中に一つだけ、異質なものがあった。
「(……ッ!)」
一瞬、目が合った。 それは他校の制服を着た、見学の女子生徒だった。彼女は美香を見た瞬間、顔を激しく歪め、持っていた紙コップを握りつぶした。その瞳には、恐怖と憎悪が混ざり合った「本物の拒絶」が宿っている。
「――み……美香……?」
その女子生徒が小さく呟いた瞬間、美香の口角が吊り上がった。
「あら。久しぶりね、沙耶香。……まだ私に粘着してたの? あなたのその執念深さ、実質的にストーカーの素質があるわよ。警察に相談してあげましょうか?」
「……っ!!」
女子生徒――沙耶香と呼ばれた彼女は、美香のその「聖女の仮面」越しに放たれた猛毒に射すくめられ、後退りした。
「あんた……! あの動画、あんなの嘘じゃない! あんたが……あんたが中一の時、あいつらをボコボコにして、笑いながら『ゴミ掃除は楽しいわね』って言ったのを、私は……!」
「……静かに。声が大きくてよ、沙耶香さん」
美香がふわりと、彼女の肩に手を置いた。周囲からは、旧友との再会を喜ぶ感動的なシーンにしか見えないだろう。だが、美香の指先は沙耶香の鎖骨の急所を的確に圧迫していた。
「証拠は? 動画はさっき、私の『献身的な愛の記録』として全校生徒の記憶に上書きされたわ。今さら何を言っても、あなたは『輝かしい私に嫉妬してデマを流す哀れな部外者』になるだけよ。……ねえ、誠也。この子、どう思う? 自分の人生が空っぽだから、他人の過去に縋り付くしかない、可哀想な寄生虫に見えないかしら?」
「お、おい美香、それくらいに……!」
「……っ、ふざけないでよ……!」
沙耶香は震える手で美香の手を振り払うと、そのまま闇の中へと逃げ去っていった。 俺は追いかけようとしたが、美香が俺の腕を強く引き止めた。
「……追いかけなくていいわ。あの子はただの実行犯。動画を隠し持ってただけの小悪党よ。……でも、おかしいわね。あの子一人じゃ、生徒会の放送機材をハックしたり、クラスの内部ファイルにアクセスしたりするのは無理なはずだわ」
美香の瞳から、一瞬だけ余裕が消えた。 彼女はキャンプファイヤーの炎を見つめ、不敵に笑う。
「……つまり、校内に『手引きした奴』がいるってこと。沙耶香に動画を流させた黒幕がね。……ふふ、面白いじゃない。私のこの完璧な帝国に、蟻穴を開けようとするバカがまだ隠れているなんて」
「……まだ終わってないってことかよ。勘弁してくれ……」
俺の胃の空洞が、さらに広がるのを感じた。 犯人の片鱗――中学時代の因縁――は見えた。だが、それは同時に、この学校の内部に潜む「より深い悪意」の存在を浮き彫りにしただけだった。
「――お疲れ様、二人とも。ダンス、素敵だったわよ」
背後から、いつの間にか氷室会長が立っていた。彼女の瞳は、炎に照らされて底知れない輝きを放っている。
「白雪さん、中学時代の……お友達? 随分と、熱烈な再会だったみたいね」
「……ええ、会長。少し昔話をしていただけですわ」
美香と氷室会長。二人の「完璧な女」の視線が火花を散らす。 俺は、自分がこの巨大な嵐の、ちょうど中心に立たされていることを痛感した。




