PART.15
劇の幕が下り、鳴り止まない拍手と「白雪様!」という絶叫が体育館を揺らす中、俺は逃げるように舞台裏へと引っ込んだ。
「……ハァ、ハァ……マジで死ぬかと思った……」
肋骨に響く美香のヒールの感触。そして耳元で囁かれた、控室での「延長戦」という名の拷問宣告。普通なら絶望するところだが、今の俺にはそれ以上に優先すべきことがあった。
あの手紙の犯人だ。
美香の「狂犬時代」の動画をわざわざ文化祭のステージで流そうとした奴が、この学校のどこかにいる。捏造プロパガンダで無理やり「美談」に書き換えたとはいえ、火種が残っている以上、いつ美香の――そして連帯責任で俺の――社会的地位が爆発するか分からない。
「……今なら、まだ後片付けで犯人が証拠を回収に来る可能性がある」
俺は「白雪姫の控室(地獄)」とは逆の方向、体育館の放送ブースの裏側へと足を向けた。
放送ブース付近は、機材を撤収する放送部の連中でごった返していた。俺は広報の腕章を盾に、「機材の最終チェックだ」と嘘をついて、動画が外部入力された端子の周りを探る。
「……あった」
端子の影に、小さなUSBメモリが挿しっぱなしになっていた。 手がかりはこれだ。中身を確認すれば、何かしら犯人に繋がるデータが入っているかもしれない。俺がそれをポケットにねじ込もうとした、その時。
「――あれ、黒峰くん? 何をしてるんだ、そんなところで」
背後から声をかけられ、心臓が口から飛び出しそうになった。 振り返ると、そこにいたのは副会長の水口渉だった。
「み、水口さん。いや、さっきの動画のトラブルが気になって、配線のチェックを……」
「そうか。熱心だね。……でも、不思議だと思わないかい? あの動画、内容はともかく、あんなにタイミングよくBGMや字幕が重なるなんて。まるで、『何が流れるか事前に知っていた誰か』が、あらかじめ素材を用意していたみたいに感じるな」
水口の眼鏡が、逆光でキラーンと光る。 この人も、氷室会長の右腕だ。脳筋の神崎とは違って、観察眼が鋭い。
「……まあ、そうですね。事前に映像の情報は入ったので、放送部の人たちに協力してもらっただけですよ。」
「だといいけれどね。……ああ、そうだ。さっきステージ裏のゴミ箱に、こんなものが捨ててあったよ。君、広報だろ? 心当たりはないかな」
水口が差し出したのは、クシャクシャに丸められた一枚の紙。 それは、俺がシュレッダーにかけ損ねた、あの「白雪美香の正体を知る者より」という手紙の封筒だった。
「(……マズい。完全に俺のミスだ)」
「中身は空だったけどね。……じゃあ、僕は仕事に戻るよ。文化祭はまだ終わっていない。最後まで『完璧』にやり遂げよう」
水口は意味深な笑みを残して去っていった。 冷や汗が止まらない。さっきの笑みは本心なのか、それとも……俺は震える手で、先ほどのUSBメモリを自前のスマホにリーダー経由で接続した。
中に入っていたのは、動画ファイルが一つ。 そして……「B組・劇用BGM案」という名前のテキストファイル。
「……これ、うちのクラスのファイルだぞ? つまり犯人は……」
クラスメイトか、あるいはうちのクラスの共有ドライブにアクセスできる人間。 俺が画面をスクロールしようとした瞬間、背後から強烈な圧力を感じた。
「――ねえ、誠也。いつまでこんな湿気た場所でコソコソしてるの?」
そこには、ドレス姿のまま、扇子を優雅に広げた美香が立っていた。 周囲に人がいないのを確認した瞬間、彼女の微笑みは一瞬で「産卵期の肉食魚」へと回帰する。
「控室で待ってなさいって言ったわよね? あんたのその腐りかけた耳は、私の声をフィルタリングして捨ててるのかしら。……それとも、私との『濃厚な延長戦』が怖くて逃げ出した、負け犬のチキン野郎なの?」
「 違うんだ、犯人の手がかりを見つけたんだよ! これを見ろ!」
俺が必死にスマホの画面を見せると、美香は一瞥して、鼻で笑った。
「……ふん。クラスのファイル? そんなの、あの日私がPCを出しっぱなしにしてた時に誰でも覗けたわよ。……それより、誠也。あんた、大きな勘違いをしてるわ」
「……え?」
「犯人が誰かなんて、どうでもいいのよ。……大事なのは、『犯人が、今の私を見てどんな絶望を味わっているか』を、私が直接鑑賞することよ。……ねえ、誠也。文化祭の最後は、後夜祭のキャンプファイヤーよね?」
美香は俺の胸ぐらを掴み、その紅い唇を耳元に寄せた。
「犯人をあぶり出す罠、もう仕掛けてあるわ。あんたは私の『囮』として、そこで踊ってきなさい。……失敗したら、今度こそあんたの『未使用のペン』を、キャンプファイヤーの種火にしてあげるから」
俺の胃壁に、もはや穴どころか大空洞が開いた。 文化祭は、まだ終わらない。




