PART.13
文化祭当日。体育館は、異様な熱気に包まれていた。 ステージ上には「生徒会公開裁判所」の文字。中央の豪華な椅子には、絶対君主の如き威厳を放つ氷室由井会長が座り、その隣には「慈悲深い聖女」として、一点の曇りもない微笑みを浮かべた美香が控えている。
俺、黒峰誠也は、体育館の隅にある放送ブースに潜り込み、震える手で映像ミキサーのレバーを握っていた。
(……いい、誠也。タイミングは一度きりよ)
インカム越しに聞こえる美香の声は、ステージ上の天使のような声とは裏腹に、ドブ川の底より冷たかった。
「(あいつが動画をハックして流そうとした瞬間、あんたが用意した『特製字幕』と『感動的なBGM』を被せなさい。……失敗したら、あんたの人生の『残高』をゼロにしてあげるから)」
「(簡単に言うな! タイミングがコンマ秒単位だぞ!)」
公開裁判が始まった。 神崎が「美香様に叱られたい」という救いようのない悩みを、美香が「神崎さん、自分を責めないで。その弱さこそが、あなたの優しさなのですから……」と、吐き気のするような聖女ムーブで捌いていく。
そして、その時は来た。
「――では、最後の悩み相談です。これは投稿者不明ですが……『白雪美香の、真実の姿を見せてほしい』とのことです」
氷室会長の声が響いた瞬間、体育館の巨大スクリーンがノイズに包まれた。 ざわつく観客。ステージ裏の「犯人」が、ついに例の動画を外部端子から送り込んできたのだ。
映し出されたのは、夜の公園。 短髪で凶悪な目つきをした中一時代の美香が、巨漢の不良の胸ぐらを掴み、地面に叩きつけている衝撃的な映像。彼女が中指を立て、不良の顔面にローキックを叩き込もうとしたその時――。
「(今だ、流せッ!!)」
俺は叫びながら、犯人が用意していた動画を全開で上書きした。
BGM:壮大なオーケストラと、泣ける合唱曲『アヴェ・マリア』を最大音量で投入。
特殊エフェクト:画面全体に「セピア色のフィルター」と「キラキラした光の粒子」を散りばめる。
字幕:画面下部に、涙を誘うフォントで捏造ストーリーを流す。
『それは、ある冬の夜の出来事でした。』 『捨てられた子猫を、無慈悲に踏みつけようとする暴徒たち。』 『白雪さんは、たった一人で立ち向かったのです。』 『「やめて! その小さな命に、これ以上傷をつけないで!」』
映像の中の美香が、不良の腹を蹴り上げ、何か汚い言葉(「二度とツラ見せんなカスが!」等)を吐いているシーンには、「……ごめんなさい。でも、私はこの子を守りたいの……!」という吹き出しを被せた。
さらに、美香が中指を立てた瞬間には、「(光の加減で指が六本に見えるバグを装い、花びらのエフェクトで隠蔽)」という神業 (???)を繰り出す。いや、こんな風に普通のようにこなしているが、正直やってる自分としては生きるか死ぬかの間に挟まれた気分だ。自分でも、とんでもない無茶をしていることがわかる。
「……おおおおお……!」 体育館に、どよめきが走る。
「白雪さん……なんて、なんて勇敢なんだ……!」 「自分を犠牲にしてまで、弱き者を守るなんて……! まさに聖女、いや、戦う女神だ!!」
観客席から、すすり泣く声すら聞こえてくる。動画を流した犯人の絶望した顔が目に浮かぶようだ。 ステージ上の美香は、伏せ目がちに、少しだけ肩を震わせる演技 (実際は俺の捏造の出来栄えに爆笑を堪えているだけだ) を披露している。
「……皆さん、申し訳ありません。……隠すつもりはなかったのです。ただ、暴力でしか解決できなかった自分の未熟さが、恥ずかしくて……」
「白雪さん! あなたは間違っていない!!」 「美香様ァー!! 俺がその子猫になりたかったァー!!」
神崎の叫びと共に、体育館は割れんばかりの拍手に包まれた。 ……勝った。俺は、美香の「狂犬時代」らしきものを、学園の新たな「伝説」へと書き換えたのだ。
一時間後。ステージ裏の更衣室。 「白雪姫」の衣装に着替えるため、俺は美香に呼び出されていた。
「……ふん。やるじゃない、誠也。あの中指を『祈りのポーズ』に繋げる編集、あんたにしては80点の出来だったわ」
ドレスのジッパーを俺に上げさせながら、美香が鏡越しに不敵に笑う。
「……おかげで俺は、人生で一番汚い仕事をした気分だよ。……おい、次はクラス劇だ。準備しろよ」
「わかってるわよ。……ねえ、誠也。さっきの捏造動画、保存しておきなさい。……あんたがもし私を裏切ろうとしたら、字幕なしの『本物』を、あんたが主犯だってことにして流してあげるから」
「……どこまでも悪魔だな、お前は」
「うふふ。……さあ、行きましょうか、猟師さん。……全校生徒の前で、私に徹底的に踏みにじられる、最高のステージへ」
文化祭の幕は、まだ上がったばかりだった。




