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YES ORE NO ~ 煌めく世界の選びかた ~  作者: 菊ノ
第一章 
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第4話 初めての調査

 鉱山の入口に立った瞬間、アシュアは空気が変わるのを感じた。

 湿った土の匂いに、金属の刺激が混じる。肺の奥が、わずかにざらつく。


「ここね。調査対象の鉱山は」


 先頭に立つアリンが、はっきりした声で言った。


 陽の光を思わせる黄金色の髪は、動きやすいように後ろでまとめられている。

 整った顔立ちで、表情は真っ直ぐ。

 立ち姿に無駄がなく、迷いがない。


 ――強い人だ。

 それも、力だけじゃない。


 言葉も態度も率直で、誠実さが隠れていない。

 ハキハキしているのにどこか柔らかい。


「侵食反応は小さいけど、ゼロじゃないわ。

 油断はしないでね」


 語尾に、ほんの少しだけ女の子らしい響きが乗る。


 レンジャーになる事を決意してから、およそ一週間後。

 アシュアは、初めての任務へ同行していた。


 鉱石の事も、世界の事も、まだ何も知らない。

 現場に出るのは、早過ぎるくらいである。


『ついでにお前もいけば?』


 メイの軽い一言で、決定した事だった。

 かなり適当な人間なのだと、アシュアは感じていた。


「鉱石って、一体何なんですか?」


 単刀直入。

 最も知りたかった事であり、核心に迫る問いであった。


「ん〜、正直わからない。そういうものがある、と認識するしかないわね」


 それはそうか、とアシュアは納得する。

 風が吹き、水が流れ、人間が生きている。

 それらと同じであり、この世界に存在する"普通"である。


「この世界にはマナっていうのが溢れてるのよ。どこにでもあるわ」


 マナ、という言葉は、任務に来る前にメイの口から聞いていた。


「鉱石はマナを吸って、蓄えて、周囲に様々な影響を与えるの」


 例えば、と口にしながら、アリンは足元で発光する結晶を指差した。

 僅かに亀裂が入った深紅の鉱物。


「これは炸裂鉱(さくれつこう)って言って、一定のマナを蓄えると勝手に爆ぜる性質があるの」


 まるで生きているかのような説明である。


 教会にいくつも飾られていた鉱石の数々を思い出す。

 その一つ一つが、特殊な性質を持っているのだろうか、とアシュアは考える。


(お婆様はあそこで、何がしたかったんだろう……)


 直ぐに辿り着けるものではないことである。


「だから鉱石は危険なのよ」


 アリンの言葉は直線的で、アシュアの心へ投げられる。

 だからこそ、レンジャーという職業が存在する。


「ふっ……」


 その後ろで、リンレイが鼻で笑った。


「そんな事も知らないでここにいるの?」


 随分と挑発的な物言いであった。


「えぇ、まあ」


 彼女の名はリンレイ。

 淡い青みがかった長い髪を、丁寧に整えている。

 服装も姿勢も上品で、所作に粗がない。

 けれど、視線だけは鋭く、どこか張り詰めている。


「あなたにはまだ早いわ」


 吐き捨てるように、アシュアの前を通り過ぎる。

 本来はアリンとリンレイ、二人での任務である。


 彼女もまだ見習いのようだが、アシュアとは比べ物にならない程の知識を持っている。


「……数値、かなり低いですね」


 坑道の奥を見つめるリンレイの声は冷たい。

 断定に近い言い方だった。


「この規模の鉱山なら、自然反応の範囲です。

 正直、過剰対応じゃないですか?」


 “過剰”という言葉に、微かな苛立ちが混じる。


 アリンは振り返らない。


「そうかもしれないね。でも“そうじゃなかった時”に困るのは現場だからね」


 淡々としているが否定はしない。

 リンレイは一瞬、口を閉じた。


 アシュアは二人のやり取りを聞きながら、自分の立場を思い出す。


 見習い。

 判断権限なし。

 今回は同行のみ。


 だから黙っていればいい――はずなのだが。


「アリンさん」


 気づけば、口を開いていた。


 リンレイが、露骨に顔をしかめる。


「……何?」


 視線が刺さる。

 鬱陶しそうに、明らかに。


「調査って、具体的にはどこまで見るんですか?」


 丁寧な口調。

 純粋な疑問。


 リンレイが即座に噛みつく。


「今それ聞く?

 事前に説明されたでしょ」


「そうですね」


 アシュアは素直に頷く。


「でも、現場でしか分からないこともあるかと。例えば、優先することとか」


 一瞬、リンレイが言葉に詰まる。


 アリンが、くすりと笑った。


「いい質問ね。

 まずは鉱脈の状態、次に侵食の痕跡。

 人為的な加工がないかも見るわ」


「人為的、というのは?」


「誰かが意図的に鉱石を扱った可能性、ね」


 アシュアは小さく息を吸う。


「なるほど……。

 じゃあ、何もなければここで終了ですか?」


「そうね」


 アリンは即答した。


「“何もない”のが一番いい結果ね」


 それを聞いたリンレイが、ふっと鼻で笑う。


「だから言ったじゃない。

 今回は空振りね、評価にもならないわ」


 “評価”という言葉に、妙な重さがあった。

 アシュアは少し考えてから言う。


「でも、調査が入ったってことは、何かが“想定外”だった可能性もありますよね」


 リンレイの視線が、一気に冷える。


「……あなた」


 言葉が鋭い。


「分かったようなこと言わないでくれる?

 現場経験もないし、()()の予定だってないでしょ」


「手術?」

 

 完全に見下している態度であった。

 “自分の方が先にいる”という前提が、隠れていない。


 アシュアは、あっさりと答えた。


「そうですね。まだ何も」


 拍子抜けするほど、率直だった。


「だから、聞いているんですが」


 静かに続ける。


「分からないまま動く方が危ないと思ったので」


 一瞬、坑道に沈黙が落ちる。


 アリンがアッシュを見る。


「まぁ、その通りね」


 軽く肯定する。


「知らないなら聞く。

 それが見習いの仕事よ」


 リンレイの唇が、きゅっと結ばれた。


 自分の方が詳しい。

 自分の方が進んでいる。

 ――そのはずなのに。


 アシュアは、二人の間に生まれた空気を気にすることなく、坑道の奥へ視線を向けた。


 静かすぎる。

 音が、吸われている。


 何も起きないかもしれない。

 でも、起きないとは限らない。


 その違和感だけが、胸の奥に残ったまま、

 三人は鉱山の中へと進んでいった。




ーーー



 坑道の奥へ進むにつれて、音が消えていった。

 足音は確かに立てているはずなのに、反響が返ってこない。

 まるで、空間そのものが音を拒んでいるみたいだった。


「……静かすぎない?」


 リンレイが、苛立ちを誤魔化すように言った。


「鉱山って、もう少し音があるものよね。

 水の滴る音とか空気の流れとか」


「……そうね」


 アリンは立ち止まり、地面にしゃがみ込む。


 露出した鉱脈の一部が、粉状に崩れていた。

 自然な風化とは違う。

 削られたというより、砕かれた痕跡。


「……爪、ですか?」


 アシュアが覗き込みながら尋ねる。


「可能性はあるわね」


 アリンは肯定も否定もしない。

 指先で粉をつまみ、軽く擦る。


「でも、獣にしては深すぎる」


 リンレイが眉をひそめる。


「鉱石を……噛んでる?」


 その言葉が、坑道の中で妙に重く落ちた。


 さらに進むと、今度は壁に擦れた跡が見えた。

 獣の胴体がこすれたような痕。

 だが、その周囲が――白く硬化している。


「……侵食してる」


 リンレイが、思わず声を低くする。


 生き物が触れただけで、周囲の鉱石が変質している。

 そんな話は資料でしか見たことがない。

 アシュアの背筋に、じわりと冷たいものが走る。


「アリンさん」


 声が少しだけ慎重になる。


「これも調査の範囲……ですか?」


 アリンは即答しなかった。

 視線を坑道の奥へ向け、静かに息を吐く。


「……いいえ」


 それから、はっきりと言う。


「これは“調査”じゃないわね」


 その瞬間だった。


 奥の暗がりで、何かが動いた。


 ず、と。

 石を引きずるような音。


 アリンが素早く警戒体制へ移行する。


 次いで、獣の息遣い――いや、違う。

 呼吸というより鉱石が擦れ合う音。


「……下がりなさい」


 アリンの声が低く鋭くなる。


 闇の中からゆっくりと姿を現したのは、獣だった。


 だが、普通の獣ではない。


 毛皮の隙間から鉱石が露出し、四肢は不自然に太く硬化している。

 顎の内側まで白い結晶が侵食し、唸るたびに粉が舞った。


 目は濁り、焦点が合っていない。

 理性も、恐怖も、そこにはない。


「……鉱獣(こうじゅう)


 リンレイが息を呑む。


 言葉にした瞬間、それが事実として確定した。


 鉱獣は一歩踏み出した。

 その足跡が地面を白く染めていく。


 アッシュは動けない。

 ――正確には、動かなかった。


 自分に出来ることは何もない。

 それをはっきりと理解している。


「二人とも後退!」


 アリンの声が飛ぶ。


 その声に従いながらも、アッシュは目を逸らさなかった。


 これが、この世界の“現場”。

 何が起こるか分からない。

 そして起こる時は一瞬だ。


「私が対処する」


 調査から処理へ変わる瞬間であった。

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