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YES ORE NO ~ 煌めく世界の選びかた ~  作者: 菊ノ
第一章 
10/13

第10話 煌めく世界

 朝と呼ぶには曖昧な時間だった。


 拠点の奥で、どこかの金属が打たれる乾いた音が響き、少し遅れて水の流れる気配が続く。

 人の声は少ない。誰かが起きていて、誰かはまだ眠っている。

 そんな中途半端な時間帯が、ここでは日常だった。


 アシュアは廊下の壁際に立ち、天井を見上げていた。


 装飾のない石組み、補強の跡、何度も直された痕。

「住むため」ではなく、「残るため」に作られた場所だと、一目で分かる。


「……それ、気になる?」


 背後から声がして、アシュアは振り返った。


 エルトだった。

 簡素な服装に、軽装の装具。

 寝起きというほど無防備でもなく、仕事前というほど張り詰めてもいない。

 ちょうど中間の、拠点に慣れきった人間の顔をしている。


「ええ。少し」


 アシュアの視線は、エルトの胸元に下がっていた。

 細い鎖の先に、小さな石がぶら下がっている。

 澄んだ青色の結晶だった。


「それは……何ですか?」


 エルトは一瞬きょとんとしてから、ああ、と頷いた。


「階級証だよ。これは青晶(せいしょう)


 言いながら、自分の胸元の石を指でつまむ。


「レンジャーは、階級ごとに色の違う石を持つ。

 緑、黄、青……上に行くほど色が変わる。

 これは、その証明みたいなものだ」


 アシュアは興味深そうに頷いた。

 レンジャーの階級は単なる序列ではない。

 危険度、裁量、立ち入り可能な区域、任務の内容。

 すべてが、この色分けによって区切られている。


 石は装飾ではなく許可証だ。

 そして同時に、どこまで踏み込んでいい人間かを示す、首から下げる札でもある。


「そういえば、アリンさんは赤でしたね」


「あの人は凄いから。

 赤晶(せきしょう)は上澄みだよ」


 エルトはそう言って、軽く笑った。


 その時、アシュアの視界の端に通路を横切る影が映った。

 オリスだった。


 相変わらず眼帯に丸眼鏡。

 足音は小さく、動きは無駄がない。

 こちらを見ることもなく、必要な物だけを手に取ってすぐに姿を消す。


 オリスとの距離は相変わらず縮まる事はない。

 アシュアはそれが、気掛かりで仕方がなかった。




ーーー




 街へ出る道は思ったよりも静かだった。

 人の声はあるが騒がしさはない。

 石畳に反射する光が柔らかく、昼と夜の境目のような曖昧な明るさが続いている。


 アシュアは歩きながら、無意識に周囲を見回していた。

 建物の軒先、路地の奥、街灯の根元。

 あちこちに鈍く光る鉱石が埋め込まれている。


 火ではない。

 それでも、灯りは途切れない。


「……便利ですね」


 ぽつりと漏れた言葉に、隣を歩くエルトが頷いた。


「鉱石灯だよ。

 マナを流すだけで、しばらくは持つ」


 説明の口調は慣れている。

 特別なものを語る響きではなかった。


「鉱石は人々を脅かす災害……だけど。

 今はもう、鉱石に生かされている感じだよな」


 不服そうに、少し歯痒そうに、エルトが街を見ていた。


 街に溢れる鉱石は、どれも人々の生活の一部として機能している。

 恒久的な資源としての使い道が模索されてから、世界では長い年月が経っていた。


「上手く付き合って行けるなら、いいじゃないですか」


 何気なく、アシュアは本音を口にした。


「そうかもな……」


 石と人が寄り添う。

 人々はそう口にする。

 だがエルトには、人々の生活や安全、そして命が、鉱石に侵食されているようにしか見えなかったのだ。


「……あ、そういえばリンレイさんは?」


 アシュアが話題を切り替えるように聞く。

 エルトの動きが一瞬だけ止まる。


「今はいないよ。

 手術を受けに行ってる」


 淡々とした声だった。


「手術……?」


「鉱物を移植するための、鉱殖手術(こうしょくしゅじゅつ)ってやつだよ」


 鉱物を体内に取り込む行為は不慮の事故を除き、原則として禁止されている。

 正式な施設、正式な記録、正式な医師のもとで行われる。

 鉱適医師財団を通した正規ルートが存在する。


「本来は、手術を受けなきゃいけないんですね」


 アシュアは少しだけ萎縮する。

 痛みがぶり返すような気がした。


「まぁ……()()はね」


 成功率が極端に低く、危険も多い。

 鉱石は人類にとって害である為、その過酷さは死よりも重いとされている。

 それでも、レンジャーとして生きるなら避けては通れない選択肢でもある。


「……そうですか」


 アシュアはそれ以上、踏み込まなかった。


 その沈黙を切るように、奥から軽い足音が近づいてくる。


「お〜揃ってるな」


 間延びした声。

 軽く、しかし確実に場の空気を塗り替える存在感。


 メイだった。


 いつ帰ってきたのか分からない。

 いつもふらっと現れ、気付けばもう居ない。

 何を考えてるか誰にも分からない。


「少しは慣れた?」


「……まあ」


 埃も疲労も、まるで連れてきていない顔でそこに立っている。


「そうか。じゃあ依頼だ」


 メイはそう言って、二人を見た。


「お前達二人に行ってもらう。

 今回もそんなに重くない」


 重くない、という言葉を、誰も額面通りには受け取らない。

 それでも、否定も質問もなかった。


「俺も手が空いたら向かうけど。

 エルト。アシュアを頼んだよ」


「はい!」


 エルトの士気が上がっている。

 メイがどれだけ信頼されているのか、周囲の人間の反応から漏れ出ていた。


「あ……これ」


 メイがペンダントのようなものを寄越した。

 そこには深緑の石が嵌め込まれていた。


緑晶(りょくしょう)……お前の階級証だ」


 手続きは勝手に進み、気がつけばレンジャーとして登録されていた。


「ありがとうございます」


 日常は、こうして終わる。


 拠点の空気が静かに切り替わる。

 現場へ向かう、いつもの合図だった。

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